浅葱の煌 | ナノ


▼ 17:心からの言葉

八日目の早朝。
この寺田屋から屯所を行き来する七日間を無事に終え、気持ちが高ぶったのか朝早くに目が覚めてしまった。
布団を畳み、身形を整えているところに外から沖田さんの声が聞こえた。

「ゆずちゃん、起きとるか?」
「はい、起きてます」

私の返事にそっと襖が開いて沖田さんが部屋の中へ。
少し前に夜廻りから寺田屋に帰ってきたはずで、さすがの沖田さんにも少し疲れの色が伺える。

「少しは眠れましたか? ちゃんと休まないとっ──」
「眠れるはずないやん……。やっと、終わったんやで」

苦しいくらいに強く抱き締められ、その腕の力強さに沖田さんがどんな思いで今日まで過ごしてきたかをひしひしと感じる。
七日間休みなし。沖田さんも私も、どちらかの朝が早い時も夜の帰りが遅い時も「おはよう」「おやすみ」の挨拶は欠かさなかったし、体調や仕事のことなどしっかり報告して励まし合ってきた。
屯所でばったり会っても、源さんや土方さんに目をつけられないよう駆け寄りたい気持ちを我慢して仕事に専念した。
そんな試練の日々がようやく終わろうとしている。

「局長や土方さんに許してもらえますでしょうか」
「当り前や! ダメや言われてもワシは絶対に引かへんで」
「沖田さん……」
「よう頑張ったな、ゆず」

沖田さんの唇が唇に優しく重なると、不安だった心がほろりとほどけて涙が零れた。





今日は沖田さんも私も非番で、五ツ半(午前九時頃)に土方さんの部屋に来るよう言われている。
朝食をとり、お登勢さんとおりょうちゃんにお礼を言って屯所に向かう。
この七日間でおりょうちゃんとはたくさん話をして仲良くなった。寺田屋には斎藤さんもいるし、沖田さんとまた遊びに行くからと約束をして、手を振って別れた。

「いよいよですね」
「ああ。……怖いか?」
「少し」
「手ぇ、繋ごか」

大きな手に右手が包まれ、沖田さんの温もりが伝わってくる。
幸せだけど、すれ違う人たちの視線を感じて少し恥ずかしい。

「恥ずかしいんか?」
「……はい」
「見せびらかしたらええねん。ワシはゆずちゃんを離すつもりも、離れるつもりもないで」

言葉と一緒にぎゅっと強く握られた手。私も同じ気持ちですと握り返した。


──屯所 土方の部屋──


「おう、来たな。待ってたよ」

部屋に入ると以前と同じように局長、土方さん、源さんが座っていて、私たちは局長の前に座り頭を下げた。

「二人共、真面目にやってたみたいじゃねぇか。特に総司、よく我慢できたもんだ」
「アホか。ワシは本気やで」
「わかってるよ。さ、いい加減頭上げろ」

言われた通り頭を上げると、先程の硬い表情から少し柔らかくなった局長が私たちを見つめている。
何かを考えるように少しの間が空き、しん、と辺りが静まり返って胸の鼓動と震える呼吸音だけが大きく聞えた。

「ゆず、お前さんに訊きたいんだが……、本当に総司でいいのか?」
「も、もちろんです!」
「簡単に返事をするけどな、俺たちゃ人斬りだ。明日、いや、今日の夜にでも戦に行くかもしれねぇんだ。もちろん生きて帰って来れるかなんてわからねぇ。それに総司は新選組一番隊隊長、最前線で戦ってる男だ。もし、今日総司が死んじまってもお前さんは幸せだと言えるのか?」

視界の端に沖田さんの膝が見える。そこに置かれた握り拳にグッと力が入ったのがわかった。

「そんなの、わかってます」

私は真っ直ぐ局長を見た。
死は誰しもに与えられた平等なもの。人斬りだろうが農民だろうが、子供だろうが老人だろうが、必ずそれはやってくる。
それなら……。

「沖田さんがこの世で一生懸命生きている間、私はそれを支えたい。苦しい時は励まし合って、嬉しい時は一緒に笑って。あの日、私は彼の人生が変わる瞬間を見ました。そして私の人生も変わった。だから、今度は私が彼の人生を変えてあげたい。死を迎えるその時に、幸せだったと思ってもらえるようなそんな人生に。私は、沖田さんが好きです。沖田さんと共に生きることが私の幸せです」

心からの言葉だった。
隣から「ゆずちゃん」と呼ぶ沖田さんの声はわずかに震えていた。

「はぁ〜、こりゃ参った。ゆずがこんなに腹据えてんなら、源さんはもう認めてんだろう?」
「はい。私からもお願い致します。他の幹部や隊士たちには決して迷惑をかけさせません」
「どうだい、歳」
「ここで反対したら総司どころかゆずにも斬られてしまいそうだ。節度を守り、新選組としての任務をしっかり果たしてもらえれば、異議はない」

勢いよく私と沖田さんは顔を見合わせたが、局長が「ただし」と付け加える。

「浮かれ気分になられちゃ困る。今は新選組にとって大事な時期なのは総司もわかってるだろう?」
「ああ。そんくらいわーっとる」
「少しでも怠惰であったり成果を上げられない様子が見られた時には……別れてもらう。それでいいな」
「ゆずちゃんと別れなあかんようになることなんぞ絶対せぇへんわ! ほな、今日からゆずちゃんはワシの休憩所に連れていくで」
「約束だったからな。けどよ、ゆずを連れて行ったところで生活なんかできる状態じゃねぇんじゃないのか?」
「ヒッヒッ! 勇ちゃん、ワシがこの七日間を無駄にすると思とったんか?」

沖田さんは屯所での仕事の他に休憩所の掃除をしたり、寝具や椀の調達などをして私が住めるよう一人で準備していてくれたらしい。

「まったくよくやるよなぁ。総司、今度お前んちに飲みに行くからなぁ! さてと、俺の出番はここまでだな」

よっこいしょ、と腰を上げた局長は土方さんと共に部屋を出て行った。

「源さん、おおきに」
「ゆずを泣かせるようなマネするんじゃねぇぞ」
「お天道様に誓うてゆずちゃんを泣かせるようなことはせぇへん」
「ゆず、総司を頼む」
「はい」

源さんにも頭を下げ、ようやく私たちは許された身となった。
イワさんのことは気になるけれど……。

「なぁ、さっそくワシのとこ行かへん?」
「はい」
「おい、お前ら! ……屯所の中で手ぇ繋ぐんじゃねぇ」

源さんに叱られ苦笑いした私たち。
屯所から少し離れたところで手を繋ぎ直し、沖田さんの休憩所へと向かった。

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