浅葱の煌 | ナノ


▼ 01:動き出した運命

ザーッと強雨が地面を打ちつける音の中に言い争う人の声が聞こえる。外に出てみれば男たちがずぶ濡れで刀を抜いて立っていた。
斬られて絶命したと思われる男三人の血が流れ、夜なのに土が赤く見えた。

「……見られちまったなぁ、アンタにも」

その言葉に背を向けていた三人の男が一斉に振り向いた。その中の一人が慌てて私に駆け寄り、一面に広がる惨状を見せまいと大きな身体で私の視界を覆った。

「ゆずちゃん、見たらあかん!」
「もう遅えよ、五郎。この現場を見られちまった」
「近藤殿! どうか、どうかこの娘だけは見逃してやってください!」
「鴨さんの頼みでもそうはいかねぇ。……アンタも災難だなぁ。ここに来て二日だろう? なのにこんなことに巻き込まれちまって、人生とは何が起るかわからねぇもんだな」

そう、私がここに来たのは二日前。そして明日、ここを出て新たな暮らしを始めることになっていた。





二日前――

はぁ、はぁ、はぁ、……もう、走れない。
誰か、助けて。

「女ぁ、いくら逃げても無駄やでぇ」
「おらっ、追いついた!」

ぐいっと腕を掴まれ、川辺の草むらの中に引きずり込まれる。叫ぼうにも口を塞がれ声が出ない。
時刻は五ツ半(夜21時)、ちらちらと行灯の火は見えるものの人通りは少なく、女の私にはもう為す術もない。

「いい夢見せてからお父つぁんの所に送ってやっからよぉ〜。大人しゅうせぇや」

母は早くに亡くなり父と二人暮らし。父は京で町医者をしており、私は父に頼まれた傷薬を買いに家を出て、戻ると父は斬られて亡くなっていた。そしてこの男たちと鉢合わせ。強盗だった。
私は今からこの男たちに犯され、斬られるのだろう……。
帯が解かれ、着物を乱され、荒い息が肌にかかったその時――

「ぎゃあぁぁぁ」

断末魔の叫び声と共に温かい飛沫が降り注いだ。強盗たちの血であった。
力が抜けた強盗の身体を押し退け視界がはっきりすると、男か女かわからない覆面姿の人間が私をじっと見ていた。

(もう、ダメ……。お父様、お母様、ゆずもそちらに……)

意識を手放し、気づいた時には布団の上に寝かされていた。夢かと思ったが着物に付着した血が現実であることを教えてくれた。
身体を起こし部屋の様子を探っていると、襖が開いて三人の男たちが入ってきた。
一人は体格のいい坊主頭、もう一人は左目を刀の鍔で隠した髭面、最後の一人は二人よりも年上に見える落ち着いた男。

「気ぃついたか!」
「ここは……」
「屯所だ。安心しろ、誰もお前を斬ったりしない」

私が気を失った後、夜廻り中の壬生浪士組が倒れている私を見つけて屯所に運んでくれたらしい。
意識が戻り次第家に帰すとのことだったが、父が斬殺され身寄りがないことを伝えると三人の顔が曇った。

「ホンマに誰もおらんのか? 親戚とか知り合いとか」
「私の出身地は蝦夷なんです。小さい頃にすぐこちらに来たのであまり蝦夷でのことは覚えていませんが」
「蝦夷て……、あの蝦夷地のことかいな?! エラい遠くから来たもんやで!」
「なぁ五郎、蝦夷地て何処にあるんや? 俺ようわからんで」

どうやら隻眼の男は五郎という名前らしい。
二人のやり取りをもう一人の男が何かを考えるように黙って聞いていたが、ゆっくりとその口を開いた。

「お前のことは明朝に局長に相談する。行く当てがないのであればここを出て行ったところで路頭に迷うだけだろう」
「見ず知らずの私にそこまで……感謝いたします」
「あんた、名前は?」
「ゆずと申します」
「ほなゆずちゃん、今日はゆっくり休みや」

三人が部屋を出て行く。その去り際、隻眼の男が「ワシは平山五郎や」と名を教えてくれた。
そして今、その男たちは自らの名前を失おうとしている。





雨はいつの間にか上がり、風も止んで針を落とせばその音が聞こえそうなくらいの静寂が辺りを包んでいた。

「今日からアンタたち、"第二の人生" ってヤツを生きてみねえか? ……ゆずって言ったか。アンタも含めてだ」
「ゆずちゃんは関係ないやろ!」
「そうはいかない。現にこうして総司たちの骸を目の当たりにしてるんだ。万が一ゆずが口を滑らせてこのことが幕府の人間の耳に入れば……俺たちは終わりだ」

どうしてもアンタたちの力が必要だと近藤は表情を変えずに言った。
どんな犠牲を払ってでも絶対にこの国を変えるという強い意思があるらしい。
近藤は平山たちにこの絶命した男に成り代わるよう命じた。もちろん平山たちは反発したが鴨さんと呼ばれた男がそれを制して受け入れた。

「さて、ゆずさんよ、アンタ、料理は得意か?」
「……人並み程度、だと思います」
「いや、それでいい。他に何ができる? 聞いたところによるとアンタの父親は町医者だったそうじゃねえか。医学の知識はあるのか?」
「いいえ……。ただ、薬草を使った治療や薬膳の知識なら多少。それも見様見真似でしか……」
「いいねぇ。それじゃあこの刀傷、アンタならどう治す?」

近藤が顎で指し示したのは鴨の顔面にできた斬傷だった。
血は吹き出ていないものの浅い傷でもない。完治までにはしばらくかかるだろう。

「焼酎か温め酒で傷を洗い、灯心を傷口に当てて止血、落ち着いたらヨモギの葉汁を塗布して布を巻きます。……父ならそうしたかと」
「こりゃあたまげたねぇ。俺の想像していた以上だ」

近藤は隣に立っている腕組みをした男と目配せをした後、大きく頷いた。

「本来なら明日、世話人を欲しがってた役人にアンタを引き渡す予定だったんだが、それは無しだ」
「では、私は……」
「今後俺はこの組織を拡大しようと思ってる。アンタには賄方として働いてもらいたい。そして傷を負った者や病にかかった者の面倒を頼みたいんだ」
「で、でも先ほど申し上げたとおり、私に医学の知識はありません」
「いや、十分だ。医者が来るまでの間、応急処置をしてもらえれば命が延びるってもんだ。……どうだい? 頼めるか?」

私には首を縦に振ることしかできなかった。
拒めば待っているのは死のみだということはわかっている。もしここを無事に出れたとしても、世話人の話が無くなった今、あるのは女衒に引き渡され遊女として売られる未来だ。
そんな未来を選択するくらいなら、ここで奉公したほうが亡き父にも恥じない生き方ができるだろう。

「決まりだな。それじゃあ、今からよろしく頼むよ……新八、源さん、総司、ゆず」

これをきっかけに壬生浪士組は新選組へと生まれ変わり、私の新たな人生が始まった。


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