浅葱の煌 | ナノ


▼ 14:告白と審判

目を覚ますといつの間にか行灯の火は消されていて、部屋の中は薄っすらと明るくなっていた。
私のすぐ右横で沖田さんの規則正しい寝息が聞こえる。見れば安心しきったような表情で眠っていて、私は彼の腕枕の中で目尻を下げた。
本当に沖田さんは約束を守って無理矢理抱くようなことはしなかった。その分、愛された唇はジンジンしていて今もまだ熱い。
身体を起こして乱れた着物や髪を整えていると、寝ていたはずの沖田さんが私の腰に抱き着いてきた。

「もう起きたん?」
「すみません、起こしちゃいましたか?」
「いや、大丈夫や。……夢やなくて良かったわ」

普段の沖田さんからは想像できないような可愛らしい台詞。
私もですと伝えると、そのまま腕を引っ張られて布団の中に引きずり込まれてしまった。

「沖田さんっ」
「まだ早いやろ」
「で、でも」
「これから、毎日ゆずちゃんと朝を迎えられるんやな」

チュッと音を立てて当てられた唇。
私の唇が少し腫れていることに気づいた沖田さんはやりすぎたな、というような表情でフッと笑みを漏らし、私の唇を指でなぞった。

「ゆずちゃんの唇、ぷっくりしとる」
「……沖田さんのせいです」
「痛なってしもたか?」
「いえ、大丈夫です。それに、すごく幸せです」
「ワシもやで。なぁ、まだ時間あるやろ? もうちょい明るくなるまでこのままでいよや」

再び沖田さんに腕枕をされ、お互いに見つめ合う。
きっとまた髪も着物も乱れるだろう。
でも、それでいい。私は静かに目を閉じた。





「本当に何もしてないんだろうな?」
「しっつこいのう! ひょっとしてハジメちゃん、聞き耳立ててたんとちゃうか?」
「た、立てるワケねぇだろ……」

屯所に向かいながら男二人が大声で下卑た話をしている。
沖田さんは斎藤さんを煽るし、斎藤さんも沖田さんの言うとおりしつこいし、私だけが恥ずかしい思いをしながら歩いている。

「ゆずちゃん、どないしたんや? 顔真っ赤にして」
「お、お二人のせいです! もうすぐ屯所なんですから静かにしてください!」
「沖田、お前のせいで叱られたじゃねぇか!」
「ワシのせいにすんなや。そもそもハジメちゃんがワシらのこと助平な目で見とるのが悪いんやないか」

壬生に入っても二人の言い合いは止まらなかったが、長屋が見えてくると沖田さんの表情が変わり、それに気づいた斎藤さんは口を噤んだ。
しばらく無言のまま長屋の横を通る。
私はここでイワさんに頬を叩かれ、勘当された。荷物を届けてくれたみやとふみは大丈夫だろうか? イワさんから同じ目に遭ってないだろうか?

「ゆずちゃん、大丈夫か?」
「……はい」

たくさんの不安が脳裏を過ぎるが、沖田さんがいれば大丈夫。
彼が手を握ってくれるだけで心強かった。

「こっちは大丈夫じゃなさそうだぞ」

屯所に向かう石段に差し掛かったところで斎藤さんが足を止めた。
目線の先に見覚えのある人影が見える。

「歳ちゃんや」
「やっぱり俺を巻き込むんじゃねぇか」
「ここまで来たらとことん付き合うてもらうで、ハジメちゃん! ゆずちゃんも、行くでっ!」
「は、はい!」

私たちは三人横並びで一歩ずつ石段を踏みしめながら上へと進む。





土方さんに「ついてこい」といつもの表情で言われ、辿り着いた先は彼の私室。
中に入ると広いとは言えない部屋に源さん、そして普段は姿を見せない局長がすでに座っていた。

「よお、ゆず。久しぶりだな。まぁ、そう緊張するな、そこ座ってくれや」

私は声も出せず、沖田さん、斎藤さんと一緒に局長たちと向かい合うように座った。
ここに呼ばれたのは、やはりイワさんとの一件のことだった。

「聞いたよ、イワさんから。俺ぁびっくりしちまってよぉ」
「勇ちゃん、源さん、歳ちゃん。ワシはゆずちゃんのことが好きや。ええ加減な気持ちなんかやない。ワシにとってゆずちゃんは大切な人なんや」
「ほう、それで?」
「ワシら二人のことを認めてもらいたいと思うとる」

沖田さんが土下座をしたので私も同じように頭を下げる。
すると、我慢していたのか痺れを切らしたように源さんが怒りを含んだ声を上げた。

「お前たち、昨晩は何処にいた?」
「寺田屋や」
「寺田屋?」
「イワ婆はゆずちゃんに手ぇ上げよった」
「言いつけを破ったんだ。それくらい当たり前のことじゃねぇのか?」
「痛めつけたり傷つけたりするやり方は間違うとる。ワシは何があろうとゆずちゃんを守るし、手ぇ上げたイワ婆は許さん」
「散々人を斬ってきた人間とは思えねぇような言葉だな」

沖田さんの目は真っ直ぐ、貫くような強い視線で源さんを見ていた。
彼の熱い想いに涙が零れそうになるのを必死に堪えていると、ずっと沈黙していた斎藤さんが口を開いた。

「沖田はゆずを休ませてやりたいからとずっと俺と一緒にいました」

思いがけない斎藤さんの言葉。そしてそれに動じることなく一切表情を崩さずにいる沖田さんの姿。
ついに堪えきれなくなった涙がポタポタと落ちた。

「へぇ〜、そりゃ驚いたな。てっきり総司のことだからお楽しみだったのかと思ったのに予想が外れちまった」
「失礼にも程があるで、勇ちゃん」
「二人は本気です。俺からもお願いします」

斎藤さんも姿勢を正して頭を下げてくれたが、問題はそこではない、と土方さんが静かに話し出した。

「総司もゆずも新選組という組織の中に身を置いている。二人がそのような関係になることで隊士や賄方の風紀が乱れるのではと懸念を抱いている」
「ワシらが新選組をぶち壊すっちゅうんか?!」
「そういう意味ではない。お前たちにその気が無くとも、他の連中がそうなる可能性があるという話だ」
「与えられた任務をワシらがしっかりやればええだけの話やろ? そんくらいワシもゆずちゃんもわかっとるわ」
「しかし」

声色が荒くなってきた二人を遮るように、もういいと局長が手をパンパンと強く叩いた。

「それで、これから二人はどうするつもりなんだ? ゆずは長屋追い出されちまったろう?」
「出来れば……、ゆずちゃんをワシの休憩所に──」
「そう簡単に一緒にさせられねぇよ。周りの目もあるしなぁ。まずは誠意ってもんを見せてもらわねぇと」
「誠意?」
「寺田屋にはしばらく泊まらせてもらえるのか?」
「金さえ払えば部屋はそのまま使ってええ言われとるで」
「それならゆず、そこから……そうだな、七日間屯所まで毎日通えるか?」

局長は言う。今まで屯所に難無く通えていたのはイワさんがいて、一緒に寝起きする友達がいたからだと。
たしかにイワさんにはたくさん怒られてきたが、それがあって規則正しく生活できていたし、みやとふみがいたから賄方の仕事を頑張れた。
それに長屋から屯所は目と鼻の先だったのに比べ、寺田屋から屯所に通うとなるとかなり距離がある。そうなると朝起きる時間は相当早くなり、帰りももちろん遅くなる。となれば、身体に負担が掛かるのは目に見えている。
それでも私は──。

「通えます。しっかり日々の仕事もやらせていただきます」
「よし、よく言った! 護衛の関係もあるだろうから、総司、お前も寺田屋にいて構わねぇよ」
「局長、七日間というのはいささか短いのでは?」
「ゆずは真面目な女だ。七日あれば充分。それに俺もそこまで鬼じゃねぇよ。歳、よく考えてみろ。惚れてる女が同じ宿にいるってのに七日間も我慢できると思うか?」
「…………」
「総司、俺の言ってる意味、わかるだろ?」
「チッ……、わかっとるわ」

すごく不機嫌になった沖田さんの声。顔を見れば局長を睨んでいて、逆に局長はそんな沖田さんを見て楽しそうに笑っている。
沖田さんを休憩所に帰さず寺田屋に残したのは、彼が私に手を出せば私が仕事に来られなくなるだろうから、お前にその誠意があるか試してやる、ということなんだと思う。

「じゃ、お二人さん、七日後楽しみにしてるよ」

腰を上げて立ち去ろうとした局長が、あ、そうだ、とわざとらしい素振りで私に向き直った。

「イワさんからみやとふみをなんとかしてくれって言われちまってよ。かなり荒れてるみてぇだから、その辺ゆず、任せたよ」
「……すみません。わかりました」
「それじゃ、またな」

局長が部屋を出て行き、土方さんから持ち場に着くように言われて沖田さんたちも腰を上げた。

「ゆずちゃん、大丈夫か?」
「私は大丈夫です」
「もう泣いたらあかんで。前向いて行こな」

あとでハジメちゃんにお礼言うとくわ、と私の耳元でこっそり囁いた沖田さんは斎藤さんと共に部屋を出て行った。

「ゆず」
「源さん」
「ちょっと話があるんだ。お前は夜当番だったな。一緒に来てくれないか?」
「……はい」

源さんはいつもより硬い表情のまま。
きっと沖田さんと恋仲になったことをあまりよく思っていないのかもしれない。
私は源さんの背中を追って、土方さんの部屋を後にした。

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