浅葱の煌 | ナノ


▼ 12:緋色の心二つ

朝当番でいつものようにみや、ふみと屯所へ向かう。
石段の脇に咲いている青花が朝露に濡れて、花弁が鮮やかな色を発している。

「ゆず、その後沖田とは何もあらへんの?」
「ん……、うん、ないよ」
「ほんまに?」
「うん、ない」

何もなくはないけれど、関係性は変わっていない。
沖田さんは新選組の一番隊隊長、私は新選組に奉公している賄方、今まで通り。

「今日一緒に洛内の薬屋に行くんやろ?」
「そうだけど……」
「そろそろ正直に言うたら?」
「へっ?!」
「もう恋仲やんか。なぁ、ふみ」

問いかけられたふみが大きく首を縦に振る。
聞けば私が沖田さんと長屋で別れる様子を二人でこっそり陰から覗いていたらしい。

「の、覗き見なんて趣味悪いよっ!」
「『またな、ゆずちゃん。おやすみ』やて! キャーッ♪」
「沖田さんの真似しなくていいからっ!」
「あまり待たせると、他の女性に取られますよ」

ふみの一言に、私をからかっていたみやも「そうやで」と急に真剣な顔つきになる。大袈裟だよと笑ったら考えが甘いと怒られた。

「少なくとも一人、沖田さんに心惹かれている賄方の女性がいるのは知ってますか?」
「う、ううん……、知らない」
「うちら聞いてしまってん。『どうしたら、沖田さんの気ぃ引けるやろか?』って相談しとったで」
「美少年とまではいかなくとも、それなりに顔は整ってますから彼を好む女性もいるでしょうね」
「まぁ、顔は別として、悔しいけどうちもあの鍛えられた肉体は魅力的や思うわ。それに性格も別として、新選組の一番隊隊長やで? 祇園にも行っとるさかい馴染みの女でも出来たら終わりやで。遊女は目の色変えるやろからなぁ」

以前、谷さんが女も金も好きにできると言っていたのを思い出し、石段の途中で足が止まってしまった。
京の街では今をときめく新選組。男は憧れ、女は心なびかす。しかも隊長となれば猶のこと惹かれるのは当たり前……。

「ゆずさん、あまり難しく考えずに」
「せやで。今日、沖田といろいろ話してみるとええわ。さ、早よ行かな!」

みやに手を引かれて石段を上る。
一段一段上るたびに不安が押し寄せてきて、みやの手を強く握った。





「忘れ物はあらへんか?」
「は、はいっ」

八ツ半(午後3時)、沖田さんと私は屯所を出て洛内の薬屋へと向かう。
新選組の羽織では目立つとのことで、沖田さんは葡萄色の着物を着ていた。
いつも肌を曝け出している人がしっかり着込んでいると別人に見えた。

「ええ天気で良かったなぁ」
「そう、ですね」
「なんや、元気ないやんか」
「そ、そんなことありませんよ! 元気です」

朝のみやとふみの話があり、先日のこともありで私の緊張は極限に達しているというのに、沖田さんは至って普通。まるであれが夢だったかのように。
薬屋に到着するまでの間、どこの店の何が美味しいとか、どん・きほーてで売っている商品の何がいいとか、沖田さんはたくさん私に話しかけてきて、私は頷きながらその横顔を見ていた。
血の羽織を着ていて近寄りがたい雰囲気だけれど、彼が斬っているのは悪人たちだけで、女子供にはとても優しいし、男らしい。
私は……沖田さんに惹かれている。けれど、沖田さんは新選組の隊長で私は新選組に奉公する賄方。彼が娶る女として相応しくないことはわかっている。
楽しそうに話している沖田さんの眩しい笑顔から目を逸らした。


薬屋に到着し、必要な数の薬草と傷薬を仕入れて店を出る。

「せっかくここまで来たんや。他にどっか寄りたいとこないか?」
「一件だけ……いいですか?」
「もちろんええで。どこや?」
「こっちです」

向かったのは柳陽屋。
以前沖田さんが買ってきてくれた人気の饅頭屋。
食べたことが無いと言っていたから食べて欲しかったし、これだけはどうしても私から手渡したかった。
相変らず行列ができていたが、なんとか売り切れる直前に一つだけ買うことができた。

「ここの饅頭、気に入ってくれたんか?」
「はい。すごく美味しくて」
「後ろのヤツに遠慮せんと全部買えば良かったんやで」
「一つでいいんです」

はい、と私は包み紙を沖田さんに差し出した。

「ワ、ワシに?」
「本当に美味しくて。沖田さんに食べて欲しかったんです」
「ゆずちゃん」
「だから、どうぞ」
「……ほな、半分こして鴨川でも眺めながら一緒に食べようや」

鮮やかだった空の青が赤黄色へとなり、鴨川はきらきらとその光を反射して輝いている。
手を引かれ、川辺に腰を下ろして沖田さんから半分に割られた饅頭を受け取った。

「私は沖田さんに食べて欲しかったのに」
「一人で食うても美味くないやろ。さ、食うで!」

いただきます、と声を上げた沖田さんは大きな口を開けて饅頭に齧りついた。

「んんっ、美味い! こりゃ最高やで!」

もぐもぐと沖田さんは夢中になって食べている。
とても美味しそうに、幸せそうに食べているその表情は、一番隊隊長だなんて思えないほどに無防備で、失礼ながら可愛らしいと思った。
私の作った屯所のご飯もこんな風に食べてくれてるのかな──。

「ゆずちゃんも食べ」
「あ、は、はい!」

横顔に見とれていたことを悟られないように、私も大きな口を開けて饅頭を食べる。
こうして沖田さんと同じものを一緒に食べるだなんて今までしたことがなかったから、なんだか前に食べた饅頭よりも素直に美味しくて、嬉しくて。
黄金色に輝く鴨川がとても綺麗に見えた。

「ヒヒッ、ゆずちゃんは美味そうに食べるのう」
「だって美味しいです」
「すごく可愛えで。……好きや」

夕日が照らした沖田さんの表情はとても柔らかかった。
橋を行き交う人々の声も、船を漕ぐ櫓脚の音も、草むらで鳴いている虫の声も、何も聞こえない。
聞えるのは激しく打つ鼓動と呼吸の音だけ。

「自然体のゆずちゃんがホンマに好きで好きでたまらんのや」
「わ、私……」
「はぁ〜、ホンマはもうちょい格好つけて言うつもりやったのになぁ」
「沖田さん……」

照れくさそうに笑う沖田さんに、私は無意識のうちに一口分残った饅頭を沖田さんの口許へと差し出していた。
沖田さんは一瞬驚いた表情をしたが、すぐさま優しく微笑んで、そのままそれを口に含んだ。

「私も……美味しそうに食べる沖田さん、好きです」
「何も食っとらんワシは嫌いっちゅうことか?」

必死に首を横に振ると、沖田さんは嬉しそうに笑って顔を近づける。

「ほな、好きか?」
「……はい、好きです。私で、いいの?」
「当たり前やんか! ゆずちゃんやないとあかんねん!」

名前を呼ばれて力強く抱き締められた。
何度か抱き締められたことはあったけれど、私は初めて沖田さんの背に手を回し、同じように彼の身体を抱き締めた。
燃えるような緋色の空の下で、二人の気持ちが一つになった。

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