浅葱の煌 | ナノ


▼ 11:甘い毒

隊長たちが戻ってきたのは夜九ツ(0時)になろうかという頃だった。
私は負傷した隊士たちを引き受け、応急処置に専念した。
予想通り、大量に仕入れた薬草や傷薬は見る見るうちに減って、近いうちにまた仕入れに行かなくてはと思いながら、隊士の斬傷に薬を塗った。
しばらく屯所内はバタバタしており、隊長たちも忙しい様子で声を掛けることはできなかったが、無事に帰って来たようだ。……ただ一人、松原さんを除いて、だけれど。
土方さんが『心配ない』と話していたから、きっと、そういうことだろう。

最後の隊士の処置を終え、それぞれの症状を書きまとめていると、源さんと沖田さんがやってきた。

「ゆずちゃん!」
「沖田さん! 源さん! お二人ともご無事で良かった」
「遅くまでご苦労だったな」

今日は隊士たちのお世話をするのに泊まり込むつもりでいたのだけれど、源さんが交代してくれるらしい。

「疲れただろう。後のことは俺に任せてくれ」
「でも……」
「俺じゃ頼りないか?」
「そ、そういう意味じゃありません!」
「お前は働き過ぎだ。ゆず、少しは周りの人間を頼れ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」

源さんに隊士たちの症状を伝え、急いで帰り支度をした。

「ほな、行こか」

いつものように沖田さんが足元を照らしてくれる。
夜の色が深いせいか、行灯の橙色がいつもより明るい。

「あ、歳ちゃんが『明日は昼からでええ』言っとったで」
「そうなんですか? いいのかな……」
「これは歳ちゃんからのお達しや」

ゆっくり休んでな、と笑う沖田さんの顔を見ると、ほんの少し前まで勤王志士と戦っていたようには思えない。
激しい斬り合いだったはず。それでもかすり傷一つ無いのがやはり一番隊隊長なのだろう。

「沖田さんはお身体大丈夫ですか?」
「ワシか? 見てのとおりピンピンしとるで」
「大きなお怪我も無くて……本当に良かった」
「心配してくれてたんか?」

ああ、まただ。
首を傾げて顔を覗き込まれて、トクンと心臓の音が身体中に響く。
ヒヒヒと悪戯っぽい笑みを浮かべている沖田さんは、きっと私のことをからかってそう言ったに違いない。

「心配しちゃ駄目でしたか?」

ちょっぴり怒った顔をして沖田さんを見た。
すると沖田さんの目が丸くなり、すぐさま横に目を逸らされた。

「だ、ダメなことあらへん」

失礼なことを言ってしまったかな……。
足元を見ずに沖田さんの顔色を伺って歩いたせいで、石段を一つ飛ばしてしまい、体勢が崩れる。

「キャッ」
「っ! 大丈夫か?」

すぐに沖田さんが身体を支えてくれて、なんとか転がり落ちずに済んだ。

「すいません。……あ、あのっ」
「ゆずちゃんのほうが怪我しそうやわ。……行くで」

突然沖田さんの手が私の右手を掴んだ。
繋がれた部分が熱くてトクトクと速く脈打ってるのがわかる。
それが恥ずかしくて握る力を緩めると、沖田さんにぎゅっと強く握られた。
しばらくそのまま手を引かれて無言で歩いていたが、長屋の近くまで来ると「イワ婆に見られたら殺されてまう」と言ってその手は離された。

「ホンマに今日はお疲れさんやったな」
「お、送っていただいてありがとうございました」
「なぁ……、また風呂にいれる薬草、貰いに行ってもええか?」
「え? もちろんです!」
「ほな、ゆっくり休んでな」

私の耳に「おやすみ」と残して、沖田さんは背を向けて屯所へと勢いよく駆けて行った。
耳も手も心もジンジンと熱い。





昼に屯所の看護部屋に入ると、部屋には誰もいなかった。
比較的斬傷の深い隊士を三人ほど休ませていた。休ませるといっても雑魚寝のような状況で、ひょっとしたら源さんが別の部屋へ移したのかもしれない。
まずは話を聞かなければと部屋を出ようとした時――

「ゆずちゃん……」
「っ!」

急に現れた沖田さんとぶつかりそうになった。
薬草を貰いに来たのかと思い、まだ準備ができていないと伝えると「ちゃうねん」と顔を歪ませた。
左側の羽織の襟を掴んで何やら苦しそうにしている。

「ハチに、刺されてもた」
「えっ?!」
「稽古しとる最中に一匹まとわりつくのがおって、手で追い払っとったら羽織の中に……」
「どこを刺されたんですか?!」
「ここや」

沖田さんは掴んでいた羽織の襟を徐に捲った。
ちょうど左肩より少し鎖骨寄りの部分が赤く腫れあがっていて、まだ蜂の針も刺さったままだった。
沖田さんを座らせて、急いで薬草箱の中に入れてあった毛抜きで蜂の針を抜く。父が生前、沖田さんのように蜂に刺された人の針を抜いたり、植物の棘を抜いたりするのに使っていた。

「抜けました」
「はぁ……、ほ、ほな、ゆずちゃん……、思い切りやってくれや」
「え?」
「ワシ、ここの奴らに小便かけられるなんてご免や! せやから……ゆずちゃんになら、ワシ、後悔せぇへ――」
「そ、そんな治療はしませんっ!」

たしかにそういう治療をする人たちもいるけど!
わ、私が沖田さんに……そんなことできるはずない!
開かれたままの襖をぴしゃりと閉め、沖田さんと向き合って座った。

「早く毒を抜かないと」

何人か蜂に刺された人を見たことがある。全員ではないけれど、呼吸困難になったり全身に蕁麻疹が出たりした人がいた。
沖田さんの羽織に手を伸ばし、羽織を左半分脱がせて肌を露出させて、腫れているところに唇を寄せる。

「な、何しとんねん!!」
「毒を吸い出します。まだ刺されたばかりだから、今ならまだ血の中に毒は多く流れてないはず――」
「せやけどっ」

抵抗していた沖田さんだったが、蘭方医のやり方だと伝えると諦めたのか静かになった。
そのまま近づいて針が刺さっていた所に吸い付くと、じんわり汗と血と蜂の毒なのか水分を舌に感じた。

「ん……、」
「少し我慢してください」

出てきた毒を吸い出して、懐紙に吐き出すというのを繰り返す。
正直どれくらいやればいいのかわからない。

「ゆず、ちゃっ……」
「ごめんなさい! 痛いですか?」
「い、いや……、そうや、なくて……」
「あと一回だけ吸い出しますから」

最後に強く吸ってから唾液で濡れた箇所を拭き取り、すり潰した魚醒草を患部に塗った。傷口に滲みたのか沖田さんの肩がびくりと揺れた。

「毒下しの効果がある薬草です。効くと思いますが、痛みが強い場合は冷やすと楽になりますから」
「ゆずちゃん」
「はい?」
「口の中は毒……、残ってないんか?」
「私はだいじょ、う……ぶ」
「ワシが、吸い出したろか?」

毒を出すことに必死で何も考えていなかったけど、私、沖田さんの肌に吸い付いて……。
見たことの無い沖田さんの悩ましい表情と、発せられた言葉の意味に力が抜けてしまいそう。

「の、残ってません! ちゃんと吐き出してたので。あ、ああ、そうそう、薬草お渡しする約束でしたよね」

沖田さんに背中を向けてなんとか冷静になろうと薬草箱を漁るが、すぐに後ろから抱すくめられて、再び身体の力が抜ける。
熱いのは私の身体か、それとも沖田さんの身体か。

「お、沖、田さんっ」
「ゆずちゃん、ワシ……、ワシな……、ずっと――」

沖田さんの息が耳にかかってぎゅっと目を閉じた。

「ゆず入るぞ。……! そ、総司っ、お前何やってんだ!」

暴れている心臓の音で全く気付かなかったが、気づけば源さんが襖を開けてこちらを見て固まっている。

「ちゃ、ちゃうねん! 源さん、誤解やねん!」
「半分羽織脱いで襲ってるじゃねえか! 誤解も何もあるかっ!」
「ワシがゆずちゃん襲うわけないやろ!」
「じゃあなぜこんなことになってんだ? 俺に納得のいく説明をしてみろ!」
「そ、それはやなぁ、経緯っちゅうもんがあってぇ……」
「その経緯とやらをじっくり聞いてやる。すまなかったな、ゆず。総司が迷惑をかけた」
「ちゃうねん、源さん。ちゃうねんてぇっ!」

私は放心状態のまま、沖田さんが源さんに引きずられていくのをぼんやり眺めていた。

口の中には残ってる。
沖田さんの汗の味も血の味も。

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