浅葱の煌 | ナノ


▼ 10:背水の陣

人斬り以蔵は奉行所の役人に捕縛されたが、七番隊隊長の谷三十郎と九番隊隊長の鈴木三樹三郎は以蔵に斬られて死んだ。
彼らとその隊士たちは賄方に暴言を吐いたり、下心を隠しもしない色目で私たちを見ていたので、内心いなくなってくれて良かったと思っている女たちも多いだろう。
源さんと斎藤さんもその場にいたらしく、二人に何事も無く良かったというのが正直な気持ちだった。

『緊急の幹部会が開かれたんやって?』
『土蔵に長州の男が捕らえられとるらしいなぁ』
『どうも夜に戦が始まるらしいわ』

朝当番の女たちとすれ違った際に聞こえてきた話を思い出し、数えていた甘茶の葉の枚数がわからなくなってしまった。

(戦、か。……いけない、集中しなきゃ)

本来今日は朝当番だったが、昨日の帰り際に副長から夜当番をするよう命ぜられた。
やけに隊士たちが屯所内に留まっていると思っていたが、戦に備えて待機させられているのだろう。

(大量の薬草が必要になるかもしれない。私も準備しないと)

気を取り直して一から葉を数え始めた時、部屋の外から私の名前を呼ぶ声がした。

「ゆず、いるか?」

声の主は四番隊隊長の松原さんだった。
一瞬怯んだものの、普段どおりに接しなければ怪しまれてしまう。
返事をする声が震えそうになったが、必死に腹に力を入れて平静を装った。

「松原さんですか? 中へどうぞ」

襖を開いた松原さんは「話がある」と言ったきり部屋の中に入ろうとせず、別の場所がいいと私を連れ出そうとする。

「ここではダメなんですか?」
「邪魔者が入りかねない。二人きりで話したいんだ。頼む、すぐに終わる」

頭を下げられ、断るにも断れない。

(何かあったら大声で叫べばいいよね)

さすがに屯所内で私を殺すことはできないだろう。
「わかりました」と言われるがまま松原さんの後を着いていった。
連れていかれたのは土蔵の前。事前に人払いしたのか隊士は誰もいない。

「あの、お話って……」
「この中に拷問に掛けられた男がいる。俺たちが屯所から出たらその男を手当てして逃がしてやってくれないか」
「な、何を言って――」
「シーッ、大声を出すな! ……あんたは看護する立場の人間だろう? 怪我をした人間を助けるのがその役目ってもんだろうが」
「で、でも、捕えられているのは勤王志士の密偵だと聞きました。私が勝手にそんな――」
「だからこうして直々にあんたに頼んでるんじゃねぇかっ!」

松原さんの手が伸びて私の肩を土蔵の壁に押し付ける。
じりじりと顔を近づけられて思わず目を顔を背けると、耳にフッと鼻で笑った松原さんの息がかかる。

「あんたのそういう顔もいいもんだな」
「は、離して、ください」
「中の男を助ける、と言ってくれたらいいぜ」
「っ……」
「睨んだ顔もたまらねぇな。新選組に忠義を尽くしますって顔だ」
「松原さんは……違うんですか?」
「俺か? あぁ、違うなぁ」

状況が悪くなってきた。
声を上げようとした瞬間に大きな掌に口を塞がれてしまい、一層強く身体を壁に押し付けられて肩に痛みが走る。

「それはあんたにとっても、あんたのお友達にとっても、いい選択ではない」
「ごほっ……、はぁ、はぁ、ど、どういう意味?」
「頭のいいあんたなら、俺の言っている意味がわかるはずだが」

してやったりとほくそ笑む松原さんを思いきり睨みつけた。
私が指示に従わなければ、みやとふみを仲間に襲わせるつもりなのだろう。

「この話はもちろん他言無用。誰かに一言でも話したら――」
「こないな所でコソコソ話か? ……松原」

血相を変えて振り返った松原さんの後ろに、眉間に皺を寄せた沖田さんが腕を組んで立っていた。その表情は殺気に満ちていて、今にでも刀を抜いてしまいそうな様子だった。

「お、沖田」
「ゆずちゃんから離れろや!」

沖田さんは私を庇うように目の前に立ちはだかり、松原さんと向かい合った。

「何の話しとった? わざわざゆずちゃん連れ出して何の用や?」
「お前には関係のない話だ」
「ほう、そりゃますます気になるのう」
「……こ、告白をしていた!」
「あぁ?」
「今夜、例の件を控えているだろう。……自分に何かある前に想いを伝えたかった。それだけだ」

本当か? と言いたげな沖田さんの視線が私に向けられる。
違うと大きく横に首を振りたかったが、今ここで首を振ってみやとふみに何かあっては困る。
私は無言のまま俯くしかなかった。

「そりゃご苦労さんやったなぁ。せやけどそれがホンマの話なら……無駄やで」
「な、なぜだ?」
「ゆずちゃんは、ワシの女や」
「な、何だと?!」

松原さんの嘘に切り返すための嘘だとわかっている。
わかっているけど……、沖田さんに自分の女だと言われて全身が熱くなってしまった。
「なー」と言いながら笑顔で振り返る沖田さんに、私も必死に応えて首を縦に振った。

「せやから……、ここで斬り殺されたなかったら、さっさと消えろや!」
「チッ」

大きく舌打ちをして、松原さんは逃げるように去って行った。

「ゆずちゃん! 大丈夫か? 何もされんかったか?」
「お……沖田さんっ」
「っ?! ゆず、ちゃんっ」

沖田さんが来てくれなかったらどうなっていたんだろう――
そう思うと急に恐怖に襲われて、気づけば私は沖田さんの胸に飛び込んでいた。

「沖田さん……、こわ、かった……」
「……もう大丈夫や。遅なってすまんかった。よう頑張ったなぁ」

身体の震えが止まるまで、ずっと沖田さんは優しく私を抱き締めてくれた。

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