浅葱の煌 | ナノ


▼ 09:湯屋でのひととき

しばらく屯所と長屋を行き来するだけの生活を送り、隊士や賄方から好奇な目つきで見られなくなった頃、人斬り以蔵が出たと屯所内が騒がしくなった。

「もう〜、何なん! やっと湯屋に行けると思っとったのにっ!」
「そうですね……。私もさすがに限界です」

看護部屋に昼の膳を持ってきてくれたみやとふみがぼやいている。
住んでいる長屋には賄方のために用意された風呂場が一応あるのだが、狭くてゆっくり湯に浸かる、という感じではないので私たちは湯屋に通っていた。
しかし、私の件があってから外出を控えるようイワさんから言われ、渋々長屋の据え風呂を使っていたが、ただ汗を流して急いで出る、の繰り返しに疲れてしまい、三人で湯屋に行こうと話していた矢先にこの人斬り以蔵の話が出てきてしまった。

「なぁ、ゆず専属の沖田はん、護衛してくれへんの?」
「せ、専属じゃないよっ!」
「専属やん。いっつも長屋までゆずを送ってくるの沖田はんやろ?」
「そんなことないよ。斎藤さんや永倉さんだって送ってくれてるよ」
「斎藤さん1回、永倉さん1回、沖田さん5回、ですね」

ふみの回数を数える癖、なんとかならないかなと思いつつ、私も不思議に思うところがある。
土方さんは勤務表に従ってと言っていたはずなのに、仕事を終えて部屋を出ると大抵沖田さんが待っている。
私を送るためにわざわざ勤務内容を変えているんだろうか? ……なんて考えると顔が熱くなってきた。

「私たちの癒しのために頼みます、ゆず様!」
「……私だけじゃないし、イワさんのこともあるから……副長に聞いてみる」
「ひ、土方はん?! ほな、私も行くっ!」

みやに急かされ、昼ご飯をかき込むように食べて副長の部屋へ。
こんな個人的な願いを許してくれるとは思えないが……。





「ワシも湯屋に行きたい思てたとこやったんやぁ! 奇遇やなぁ〜」

上機嫌に私の隣を歩く沖田さんは私服の浴衣を身に纏っている。
松模様の入った錫色の浴衣姿は新鮮で、羽織姿の沖田さんとは別人のようだ。

「それにしてもよう歳ちゃんが許してくれたのぅ。イワ婆に源さんが頭下げてくれたのも効果があったんやろうけど」

土方さんに湯屋に行きたいと話をすると、なぜか一緒についてきたみやが泣き出した。
そんなに行きたかったのか、と湯屋に行くことを許してくれたのだが、みやが泣いた理由は土方さんが男前すぎて緊張したから、らしい。
イワさんは土方さんをあまり良く思っていないため(女たちが大騒ぎするから)、源さんが説得してくれた。
私たちが湯屋に向かう時、イワさんは源さんをお茶に誘っていた。源さんがそれを受けたのかどうかは知らないけれど。

「みや、具合でも悪いのか?」
「い、いえっ! だ、大丈夫です!」

私たちを湯屋に行かせるのに、隊長二人を護衛に付けるよう条件があった。
そして今、沖田さんの隣に斎藤さんがいて、みやは完全に舞い上がり顔が真っ赤に染まっている。

「熱があるなら無理するなよ」
「は、はいっ」

他愛無いことを話しながら伏見まで来た。
日はすっかり落ちてしまっているが、伏見は夜でも人通りが多く、たくさんの提灯の灯がゆらゆら揺れている。
久しぶりに壬生の外に出て気持ちが良かったが、すれ違う人たちが私を見て笑っている。きっと髪型のことだろう。
それに気づいた沖田さんが何度も気にするなやと言って、笑った人たちのことを鋭い目で睨んでいた。

「さあ、着いたぞ」
「ここか? ハジメちゃんおすすめの湯屋っちゅうのは」
「ああ。ここはいい湯だぜ」

幕府が風紀の乱れから入込湯(混浴)を禁止したが、未だそれは多く存在している。
もちろんイワさんが入込湯を許すわけがなく、斎藤さんが知っていた男女別になっている伏見の湯屋まで来たのだ。

「ほな、上がったらここで」

入口で沖田さんたちと別れ、それぞれ男湯と女湯の暖簾をくぐり中へと入る。
湯銭を払い、衣服を脱いで洗い場へ。

「わぁ〜、広いなぁ!」
「本当ですね! あ、見てください。天女の絵が描いてありますよ」

閉業間近のせいか貸切状態の洗い場。
身体を洗い、大きな湯船に浸かって足を伸ばせばスッと身体が軽くなった。

「ええなぁ、ゆず。めっちゃ色白」
「そうかな? みやちゃんだって肌キレイだよ」
「うち地黒なんよ。ほら、ここも黒いやろ? 気にしてんねん。ゆずみたいな桃色になりたいわ」

いくら立派な湯屋とはいえ板を隔てた反対側は男湯。
気をつけようと声を潜めて話すが、この広い風呂の開放感が徐々に声を大きくさせる。

「ニンジンやニンニクに美肌効果があるそうですよ。たしかトマトも」
「へぇ〜知らんかった。さすがふみは物知りやな。ほな、今度の献立それにしよ。ちなみに……胸を大きくする食べ物は知らんの?」
「気にしてるんですか?」
「大きいほうが男は喜ぶやろ? うちの理想の胸がゆずやねん。絶対男好みの胸やと思うわ」
「な、何言ってるの?! わ、私別に大きくないよっ」
「いえ、ゆずさんは大きいです」

女たちだけで話す内容というのは時に赤裸々で生々しいと感じるのは私だけだろうか。
熱い湯の中でふみとみやは胸を大きくする食べ物の話で盛り上がり、話題はどんどんおかしな方向へ。
熱いのとは別の汗をかいている気がする……私は一人先に上がることにした。

「ゆず、もう上がるん?」
「二人はゆっくり入ってて。ちょっとのぼせそうだから」

湯船を出て、手拭いで濡れた身体を拭き浴衣を着る。
早く夜風に当たりたくて外に出ると、既に沖田さんが湯屋の入口で涼んでいた。

「お、おう」
「沖田さん! もう上がったんですか?」
「ああ。一風呂浴びてスッキリしたわ」

さっきの話、聞こえてたんじゃ……。
そう思うと涼むどころか身体が火照ってきて、沖田さんのほうを見ることができない。

「その浴衣、似合うとるな」
「ありがとう、ございます」
「髪、洗ったんか?」
「はい。番台さんが『もう今日は客が来ないだろうからいいよ』と言ってくださって」
「そうか。結っとる髪もええけど、下ろした髪もええな。……可愛えで」

耳元で囁かれて顔を覗き込まれた。
沖田さんは背が高いからこのような体勢になるのだろう。
通りに人はおらず、湯屋から漏れている灯りと沖田さんが持っている手提げ提灯の灯が、目を細めた沖田さんの顔を照らしている。

「ゆずちゃん……」
「……っくしゅ」
「あ……、な、なんや、身体冷えてしもたか?」

ゆっくりと顔を近づけてきていた気がする。
間が良いのか悪いのか、急にくしゃみがしたくなって顔を背けてしまった。
沖田さんは苦笑いをしながら私の肩を抱いて自分のほうに引き寄せた。

「あっ……」
「髪、冷たくなっとる」
「だ、大丈夫ですっ」
「あかん! ゆずちゃんに風邪引かせてもうたらイワ婆に殺されるわ」
「まだ……、二人とも出てこないと思います……」
「ほんなら、それまでこうしとったらええやろ」

嫌か? と聞かれて私は自然と首を横に振った。
時折、私の身体が冷えないよう肩を擦り、強い風が吹くとギュッと身体を寄せてくれた。
斎藤さんとふみが湯屋から出てくるまでずっと無言のままそうしていた。

「沖田! お前っ――」
「おっそいわぁ、ハジメちゃん! ゆずちゃんが風邪引いてまうわ」

斎藤さんが出てきて、沖田さんの身体は私から離れていった。
くっついていた部分が急に冷えて、いかに沖田さんの身体が温かかったのかとその部分をそっと撫でた。
その後すぐにふみも出てきたが、みやはそれからしばらくしても出てこなかった。
ひょっとしたらのぼせて倒れているのではと様子を見に行こうとした時――

「お待たせしました〜」
「み、みやちゃん?!」
「そ、その顔……、化粧してたんですか?!」

せっかく湯屋に来たというのに出てきたみやの顔は完璧に化粧が施してあった。
巾着袋を持ってきているのは知っていたが、まさか化粧道具が入っているとは思わなかった。
そういえばいつかの夜、寝る前に『好きな人の前でスッピンは晒せない』と言っていた記憶がある。

「はぁ……。ほな、風邪引かんうちに帰るでぇ」

私たちは壬生の長屋までまた他愛無い話をしながら帰る。
沖田さんはいつもの沖田さんのまま。
速まった私の鼓動もそのまま。
長屋に着いて隊長二人と別れた後、みやとふみから何があったのかと質問攻めに合うこととなった。

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