浅葱の煌 | ナノ


▼ 08:理由

朝起きて、準備をして、みやとふみと一緒に長屋を出て……。
それは今までとあれから結局三日仕事を休んだ、というより強制的に休まされた。
イワさんから「そんな状態じゃ逆に迷惑を掛けるだろう!」と叱られ、みやとふみからは「いつもの元気なゆずになるまで休んだほうがいい」と諭され。叱られなくても諭されなくても、そんなことはわかってる。
野盗に襲われた翌日、にぎり鋏でイワさんが髪を整えてくれた後に鏡を見た。背中辺りまであった髪は肩に触れるか触れないかくらいの長さに切られた。額の上に結っていた前髪は一番短い髪に合わせて眉の下辺りまで。
髪なんてまた伸びてくるんだから今だけの辛抱。そう自分に言い聞かせていたのに思わず泣いてしまった。
鏡の中の私はあまりに悲しそうな顔をしていた。

早起きをして、準備をして、みやとふみと一緒に長屋を出る。
何も変わらない朝。けれど感じる違和感は額や頬に触れる髪のせい。

「変、だよね……」
「外国の女性がそのような髪型をしています。大丈夫ですよ、ゆずさん」
「そうやで! それにまた髪は伸びるんやから今だけやって」

屯所に向かいながら二人が励ましてくれるが……きっと笑われるんだろう。
沈んだ気持ちで石段を上っていると、門の前で土方さんが腕を組んで立っているのが見えた。
表情は相変わらずの無表情。じっと私が石段を上がってくるのを待っている。

「土方はん、ゆずのことすごく心配しとったんよ!」
「そうなの?」
「『ゆずに負担をかけ過ぎた』って。やっぱ素敵やわぁ! 土方はん」

斎藤さんに土方さん……、みやの本命は誰なのかと思いつつ急いで石段を上り土方さんに頭を下げた。

「副長、この度は大変ご迷惑をお掛けいたしました」
「身体は大丈夫か?」
「はい。おかげさまで」
「先日の件で確認したいことがある。……彼女を借りてもいいか?」

土方さんの問いかけにみやが輝く笑顔で「はい」と返事をした。

「それでは。ゆず、こっちだ」

みやとふみに軽く手を振り、先導する土方さんに付いて行く。向かっているのは幹部会を行っている広間だ。

「危険な目に遭わせてしまったな。いつも君には無理をさせてしまっている」
「そんな、滅相もございません! 私は無理をしているつもりはありません。隊長様や隊士様のお役に立てて嬉しく思っています」

本当に私のことを気に掛けてくれていたんだ。
普段の物静かで無表情な土方さんからはそんな様子はまず読み取れない。だからこそ副長としての役割を熟せるのだろう。

広間に到着して中に入るよう促される。
失礼します、と襖を開けると中には例の法渡の真実を知っている源さん、沖田さん、永倉さん、藤堂さん、そして私を助けてくれた斎藤さんがいて一斉に私を見た。

「ゆずちゃんっ!」

広間に入った瞬間、沖田さんが勢いよく駆け寄ってきて、しっかりと身体を抱き締められた。とても力強くて、苦しい。

「無事で良かった……生きとってホンマに良かった……」

頭の中が一瞬にして真っ白に。
頬が沖田さんの胸板に触れている。
肌の香りや鼓動を感じて全身が一気に熱くなっていくのがわかる。

「やっぱりワシが一緒に行ったればこんなことにはならんかった。すまん、ゆずちゃん」
「お、沖田さん……っ」
「総司、ゆずが苦しがっとるやろ! 離してやれ!」

永倉さんに叱られ、渋々という感じで沖田さんは腕の力を弱めて私の身体を解放したが、そのままじっと私の顔を見つめている。
真剣な眼差しに頬がますます紅潮していくのがわかり、恥ずかしくて視線を逸らした。

「ゆずちゃん……髪、めっちゃ可愛えなぁ〜!」
「え?」
「今までのもええけど、こない洋風の髪型も似合うなぁ〜、ええなぁ〜!」
「本当……ですか?」
「ワシ、嘘嫌いやねん。さ、まずは座ろか」

こっちやでと手を引かれ、用意されていた座布団の上に座る。
この髪でも大丈夫なんだ……。
なんだか胸が熱くなって涙が滲んだ。

「あまり時間を掛けていると他の者に怪しまれる。手短に話そう」

土方さんから先日のことについて、いつ頃、何をしに、どういう状況で襲われたのか質問されて詳細を説明した。

「ゆず、記憶にあればでいいのだが、ここ最近君のことを探ってきたりするような隊士はいなかったか?」
「私のこと……ですか?」

たくさん隊士が看護部屋に来ていろいろ質問されたりしたが、そんな人は……。

「あ……」
「誰かおったんかいな?」
「関係ないかもしれないですが……、四番隊隊長の松原さんに私の出身地や賄方になった経緯を聞かれました」
「あー、やっぱりなぁ」

藤堂さんが天井を見上げるようにして大きな溜め息をついた。何か思い当たるふしがあるのだろうか?

「アイツ……、ワシが叩き斬ったる!」
「総司、落ち着け! まだそうと決まったわけではない」

興奮した様子で立ち上がった沖田さんを源さんが一喝した。源さんの隣に座っている永倉さんも何か知っているようだが、斎藤さんだけは私と一緒で状況が呑み込めていないようだった。

「一体どういうことだ? 松原のことと今回のゆずの件と何か関係があるのか?」
「ああ。どうも松原が三ヶ月程前から複数の情報屋と接触しているようなのだ。今、監察の山崎に調査させているが……松原は長州の人間なのではないかと」
「なんだと? じゃあ、ゆずが狙われたのは……」
「おそらく新選組の兵站(へいたん)能力を衰えさせるのが狙いだろう」

武器や食糧の配給、補給などの後方支援をしている部隊を襲撃して、組織自体を機能不全に陥れるのが目的で、土方さんの予想では襲ってきた男たちは松原さんと繋がっている勤王派の人間ではないかということだった。
私がいなくなれば大量の負傷者が出てもすぐに治療できなくなる。私がいることで救われるはずの隊士は死に、医者が来るまで持ちこたえられない者も出てくるだろう。

「賄方も危ないということですか?」
「君の前で申し訳ないことを言うが、賄方を失っても隊士たちで補うことができる」
「お前の代わりは誰もいないっちゅうことや、ゆず」

誰もいない……。永倉さんの言葉に私が背負った責任の重さを痛感した。
女で襲いやすいという理由も相まって、最初に私が狙われたのだろうということだった。
真実が明らかになるまで、夜当番を終えて長屋に帰る際にはここにいる隊長たちが交代で護衛してくれることになった。

「ちなみに洛内の薬屋へ買い付けに行く際は――」
「歳チャン、それ、ワシがやらせてもらうわ」
「まだ何も言っていないが」
「買い付けの護衛やろ? ワシがやる。もちろんええやろ? ゆずちゃん?」

首を傾げて沖田さんに顔を覗き込まれる。
じっと見つめられる瞳……コクリ、と頷くことしかできなかった。

「なぁ、一つ聞いてもいいか? なぜ松原以外の他の連中にはこのことを知らせないんだ?」
「斎藤君、それは――」

斎藤さんの質問に土方さんがいろいろ話をしているが私の耳には入らない。
源さんも永倉さんも藤堂さんも土方さんを見ているのに、沖田さんだけが私に視線を寄越しているのが分かる。

『恋、ですね』

ふみの言葉が思い出されて、私は隣にいる沖田さんを見ることができなかった。


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