浅葱の煌 | ナノ


▼ 06:喧騒と静寂の中で

手提げ提灯の灯りがゆらゆら揺れ、ざりざりと砂利を踏む二人分の足音が闇夜によく響く。

「お……、お疲れ様です。沖田隊長」
「なんや? なんか言いたそうな顔しとるなぁ」
「い、いえ、何もありませんっ!」
「ほーう、まあええ。屯所戻ったらじっくり聞いたるわ。ゆずちゃん、石段踏み外さんよう気ぃつけや」
「はい」

二人の門番が驚いた顔をしてお互いの顔を見合わせていた。隊士に恐れられている一番隊の隊長が私の足元を照らしながら歩いているのだから、そんな表情になるのも仕方ない。

「ゆずちゃんは明日仕事か?」
「いえ、明日は非番です。なので洛内にある薬屋で薬草を買ってこようと思って。手当てに来る隊士の方が多くなってきたので補充しないと足りなくなりそうで」
「あかんでぇ! そんなん非番やないやろが。休める時にちゃんと休まなホンマに倒れてまうで」

沖田さんに叱られて、そうですねと苦笑いをした。
屯所に訪れる商人から買うこともできるが、仕入れられる数に限りがあるし、欲しいものが無いことのほうが多い。洛内の薬屋は父が世話になっていたお店で、どんな薬草を使って治療をしているのか店主が分かってくれているので話も早い。

「私なら大丈夫です」
「せやけど……」

ふと、もうすぐ長屋に到着するというところで沖田さんが足を止めた。

「も、もし、どうしても買いに行くっちゅうんなら、ワシが一緒に――」
「誰が一緒にだって?」

沖田さんの声をかき消すような大きな声が静かな夜を裂き、虫たちは一斉に鳴くのを止めた。
私の帰りが遅いことを心配したイワさんが長屋から出てきたのだ。

「ゆず、随分遅かったじゃないか。しかも新選組の隊長と帰ってくるとはどういうことなんだい?」
「仕事が長引いてしまって。夜道を一人で歩くのは危険だと沖田さんが送ってくださったんです」
「そうかい。危険な夜道の割に楽しそうに歩いていたようだがね」

どうやらイワさんは相当ご立腹のようだ。
硬い表情のまま淡々と話すイワさんに思わず後退りすると、沖田さんが私をかばうように前に立った。

「すまん、婆さん。ワシが引き留めてしもたんや」

(え? 沖田さん、どうして?)

「訓練中にワシんとこの隊士が怪我してなぁ。帰り支度しとったゆずちゃんに無理言うて傷の処置してもろたんや。そのせいで遅なってしもた」
「それで一番隊の隊長様がわざわざ屯所からこんな近くの長屋にゆずを送り届けたと」
「最近、辻斬りが増えとるんや。そんな中、夜遅くに一人でゆずちゃんを帰せんやろ」
「おまえも辻斬りみたんなもんじゃ」
「……なんやと?」
「人間の血で汚れた羽織を平然と身に着けるなんぞ頭が狂ってるとしか思えないね。『狂犬』の呼び名はあんたにピッタリだ」
「ほう、よう知っとるやないか婆さん」
「お、沖田さん……、イワさんもやめてください」

今にもイワさんに斬りかかりそうな沖田さんを宥める。
最近女たちが隊士との色恋の話をしたり、好みの隊士や隊長に黄色い声を上げることが多くなった。もちろんそれをイワさんは厳しく叱る。だから私が沖田さんと一緒に帰って来たことを良く思わないのも当然なんだけれど……。

「イワさん、沖田さんは本当に心配して私をここまで送ってくださっただけです!」
「フンッ、どうなんだか。わしには盛りのついた犬にしか見えないがね」
「ちぃと口が過ぎるんやないか? 婆さん」
「幸い女たちはお前の名前は一言も口に出しておらんようだから、特に気にもせんがね」
「ほう……。好き勝手言うてくれるやないか!」
「はぁ、くだらん男と話して損したわい。ゆず、早く入って今日はもう休みなさい」

イワさんが鼻を鳴らして長屋へと入っていく。
その姿が見えなくなったところで沖田さんに深々と頭を下げた。

「沖田さん、申し訳ありませんっ! イワさんが失礼なことを……」
「はぁ〜、相変わらず強烈な婆さんやで。大丈夫や、気にせんでええ」
「でも」
「ゆずちゃんはなんも悪いことしとらんやろ? イワ婆が新選組を嫌っとるのも知っとるしな」
「でも、イワさんって局長の知り合いでここを任されたって聞きましたけど」
「さすがにワシもその辺はよう分からんなぁ。別にイワ婆のことを知りたいとも思わんしな」

さっきまでイワさんに言われたことを思い出したのか、沖田さんは不貞腐れたような顔をしている。
今日は沖田さんに迷惑をかけてばかりだ。

「かばってくださってありがとうございました」
「ゆずちゃんが仕事頑張っとったのはホンマのことやろ? せやのにイワ婆に怒られたんじゃ割に合わんで」
「沖田さん、優しいですね」
「当り前や! 新選組一番隊隊長、沖田総司やで?」
「ふふ、そうですね」
「一番隊隊長はな、いつでもゆずちゃんの味方や」

虫たちが再び鳴き出した。
仄かな提灯の灯りが沖田さんの真剣な眼差しを照らしている。

「ほな……、早よ行かんと今度こそ本気でイワ婆に怒られるで」
「……はい」

私は長屋へ、沖田さんは屯所へ行かなければならないのに、この優しくて心地よい時間を断ち切れない。それは沖田さんも同じだったようで目が合うと同時に頬を緩ませた。

「明日はちゃんと休まなあかんで。ええな!」
「わかりました」
「さ、もう中に入り」

沖田さんは私の背中を押して長屋に入るよう促してくれた。

「ほなな」
「あの、沖田さん」
「ん? なんや?」
「おやすみなさい」
「っ……、おやすみ、ゆずちゃん」

私が部屋に入るまで、沖田さんはずっと見送ってくれていた。





「沖田総司に送ってもろたやてえぇぇぇ?!」

外での言い合いが部屋の中にも聞こえていたらしい。しかし、イワさんが誰と言い合いをしていたのかはわからなかったようで、私が沖田さんに送ってもらったことを伝えると、みやは叫ぶように声を上げた。

「シーッ! みやちゃん、声が大きいよっ!」
「沖田ってあの? 髭で隻眼の? 自称美少年って言うとる? あのがさつで乱暴な?」
「みやさん、言い過ぎです……」
「せやかてふみ! あの沖田やで? ゆず、何があったん?!」
「し、仕事が遅くなってすっかり暗くなっちゃったから……」
「それは分かってんねん! なんで沖田がゆずを送ることになったん?」
「えぇっと、それは……」

居眠りしてたら、いつの間にか沖田さんが私の身体を抱き留めてくれていて……なんて言えない。
返答に困っていると、ふみがニヤリと口の端を上げた。

「恋、ですね」
「え?!」
「は?!」

私とみやは間の抜けた声を出した。ふみだけが何かを納得したように一人頷いている。

「沖田さんはゆずさんに恋をしている、と」
「な、な、何言ってるのふみちゃんっ!」
「そうやでふみ。あの沖田やで?! 斎藤はんちゃうで。あの、沖田やで?!」
「最初は気のせいかと思っていたんです。しかし私は気づいてしまった。ゆずさんに向けられた沖田さんの視線に」
「ふ、ふみちゃんは書物の読み過ぎなんだよ」
「だからこそ、だからこそわかるんです! 恋をした男は好きな人を見つめてしまう生き物なんです!」

こんなに熱く語るふみを初めて見るかもしれない。
たしかに恋愛小説やら心理学やらの幅広い書物をたくさん読んでいるふみにそう言われると……。

「ちなみにみやさんは斎藤さんが好きなんですか?」
「う、うち? うちは別にっ!」
「先ほど『斎藤さん』と言っていました」
「き、気のせいちゃう? せやったらふみはどうなん?!」
「私は好きな人なんていません」
「そんなんズルいわぁ! ほんまのこと言い!」

(はぁ、私から話が逸れて良かった……)

話はイワさんが「早く寝ろ!」と部屋に突入してくるまで続いた。
どうしてこう女は色恋の話が好きなんだろう。
着物を脱ぎ、用意してくれていた布団に横になると頭の中は沖田さんのことでいっぱいになった。

私の顔を見たら元気になるとか、一緒にお風呂に入ろうとか、からかっていたんですよね?
お饅頭を買ってきてくれたり居眠りしていた私の身体を支えてくれていたのは、私が疲れた顔をしていたからですよね?
沖田さんが私のことを好きだなんて……。

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