Zig-Zag Taxi | ナノ


▼ 07:愛に飢えた男【真島交通】

潤は後部座席で車に揺られながら眠っている。
緊張が少し解けたのだろう。身体も疲れているはずだ。特に行き先を決めずに車を流す。
コンシェルジュに潤の服と下着を用意させて着替えてもらった。あの男が触れたものを再び着させたくなかった。しかしスカートだけは捨てたくないと頑なに譲らず、理由を聞けば俺が褒めたからだと言った。

『真島さんに似合うと言われて、嬉しかったんです』

もし潤がそのスカートを履いていなければ、男にあんな乱暴をされることはなかったかもしれない。
男が潤をトイレに連れ込んだのは、自分が指示した服を潤が着なかったことに腹を立てたのが原因だという。
いつもは出張で男がいない時にだけ好きな服を着ていたと。でも、どうしても俺に褒められたそのスカートを履きたかったと。
服さえ選べない自由のない生活。
暗い表情なのは仕事が上手くいっていないとか、職場の人間関係が辛いとか、そういう類のものかと思っていたが、まさか上司に強姦や盗撮までされていたとは……。
桐ケ谷については西田たちに調べさせている。少しでも早く潤をあの男から解放してやらなければ。

神室町から少し離れたほうがいいかと港にやってきた。
波止場に車を停め、潤を起こさないように車から降りて真っ黒な水面に浮かぶ街の燈火をぼんやり眺めながら煙草を吸う。

「人っちゅうのは外面だけではわからんもんやなぁ」

ぼそりと呟いた言葉が過去の自分を思い出させて思わず苦笑いした。
傍から見れば幸せそうであっても、本人にしてみれば地獄のどん底。決してそれは誰にもわからない……。
だからこそ潤が地獄にいることを知った今、そこから救い出せるのは自分しかいないのだと思う。
そんなことを考えていると、車のドアが開く音がした。
目を覚ました潤が車から降りてきて、俺の隣にやってきた。

「大丈夫か? 寒いやろ」
「真島さんのジャケットお借りしてますから。真島さんこそ、寒くないですか?」
「俺はこれでちょうどええ」

潤が刺青をまじまじと見るので「怖いやろ」と言うと、首を横に何度も振った。

「真島さんが優しいって知ってますから」
「俺、ヤクザやで」
「……気にしない。私にとって真島さんは天使です」
「墨入れとる天使なんて聞いたことあらへんな」

否定しながらも潤にとって桐ケ谷は悪魔でしかないことはよくわかっている。
表情を横目で伺えば、少し和らいだとはいえあの暗い表情で黒い海を見つめていた。

「潤ちゃん、誰にも相談できへんかったんか?」
「はい」
「家族にも、か?」
「はい。……というより、私、産みの親と育ての親が違うんです」
「…………」
「産みの親のことはわかりません。就職が決まったと同時に育ての親の許を離れたんです。兄弟もいないから、もう気軽なお一人様なんですよ」

ふふ、と潤は軽く微笑んだ。その微笑みの中に背負ってきたであろう苦労が垣間見えた気がした。
煙草の火を消して寒くなってきたからと車の中に戻ると、潤はまだ話したいと言って二人で狭い後部座席に並んで座った。
なんだか心が浮つく感じがして気を紛らわせるのにラジオをつければ、タイミングがいいのか悪いのか洋楽のR&Bが流れてきた。どんな歌詞なのかは正直わからないが甘ったるいメロディなのだけはわかる。

「後ろは随分と窮屈やなぁ! 潤ちゃんよう大人しくここに乗っとったで。……身体冷えたやろ? 暖房つけたるわ」
「大丈夫です」
「せやけど」
「寒くない」

潤と目が合った。その目の色は俺の知らない、今流れている音楽のような甘ったるい色。

「な、なんや俺の顔についとるか? そないに見つめられたら顔に穴開いて――」


チュッ――


耳に届いた唇の音、頬に感じた柔らかい唇の感触。
ああ、やっぱ俺も寒かったんや。
頬が熱い、めちゃ熱い。

「潤、ちゃん」
「初めて身体の関係になったのがアイツで……。好きな人にキスするってどういう気持ちになるのかなって……。きっと夢みたいな気持ちになるのかなって……。真島さん、私、真島さんがす――」

言葉を聞き終える前に潤の唇を塞いだ。
抱き締めた身体は冷えていて、頬には涙が流れていた。

上書きしてやりたい、何もかも。

prev / next



◆拍手する◆


[ ←back ]



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -