Zig-Zag Taxi | ナノ


▼ 06:ヤクザの優しい真実【Wa-B梶z

心も身体も痛い。
強く私の手を握る大きな手も、肩に掛けられたジャケットから香る香水と煙草の匂いも辛い。だらしなく涙が流れた。
今起こっている出来事が夢なのか現実なのかわからないまま、抜け殻の私は真島さんに支えられながら車に乗った。
何処に連れていかれるのか? いや、何処でもいい、アイツのいない何処かへ。
隣に座る真島さんは終始無言で、ずっと私の手を握っていた。
私の知っている真島さんは白い手袋をして、緑色のジャケットと白いワイシャツにネクタイを締めたタクシーの運転手だった。でも本当の真島さんは黒い皮手袋に金の蛇柄ジャケット、見えた背中には般若の刺青が施されていた。
あんなに毎日食事をしてたくさん話をしていたのに、真島さんのことを何も知らなかった。

「歩けるか?」

どこかのホテルに到着し、再び身体を支えられながら車を降りて中に入った。
真島さんが慣れた様子でコンシェルジュに声を掛け、カードキーを受け取る様をぼんやりと見ていた。きっとここのお得意様なんだろう。そもそも刺青を晒しているのに、何もなく通されること自体そういう人向けのホテルなのかもしれない。
乗ったエレベーターは時間をかけて上昇し、降り立った先は神室町の夜景がよく見えるスイートルームだった。

「身体、ツラないか?」
「…………」
「潤ちゃん」

部屋に入ってすぐ、初めて聞く低い声色で名前を呼ばれ、ずっと伏せていた目を恐る恐る上げて真島さんを見ると、ヤクザらしからぬ切ない表情で私を見つめる片目は憂いを帯びて悲しげだった。

「もう一人で頑張るなや」
「まじ、ま……さん」
「何もかも隠さんで話して欲しいんや。もう、俺の素性はわかったやろ? 潤ちゃんのこと、教えてくれや」

誰にも話したことの無い辛い話――。
私が俯くと、真島さんは私の肩を抱いてシャワールームへと促した。

「まずは身体洗ったほうがええ。あの男に潤ちゃんが汚された思うと腹立ってしゃあないんや!」

その声は怒りに震え、拳が強く握られた皮手袋はきしきしと軋んだ音を立てていた。
言われた通りに私はシャワーを浴びた。タイルに落ちる水音が大きく聞こえ、蛇口をさらに捻ると音はもっと大きくなった。
強い水圧に頭を打ちつけられながら、私は声を上げて泣いた。





シャワー室を出ると、真島さんが紅茶を用意してくれていた。窓際のソファに向かい合うように座ったが、まさか真島さんの前でバスローブ姿を晒すことになるとは思っても見なかった。
恥ずかしいというよりも情けなくて、また真島さんの顔が見れなくなった。
しかし紅茶を一口、二口と喉に通すと、乱れていた呼吸も心も不思議と静かに穏やかになっていく気がした。

「少し落ち着いたか?」
「……本当に、少しだけ」
「せやろな。辛いかもしれへんけど教えてくれ。あの男は何モンなんや?」

私は少しずつ桐ケ谷のことを話した。出会った経緯からこういう関係になるまで。言葉に詰まれば「ゆっくりでええから」と話せるようになるまで待ってくれた。

「あの日、足怪我しとったのもあの男のせいなんか?」
「無理矢理裏路地に連れ込まれて……。そしたらたまたま入ってきた知らない男がカメラを取り出したんです……なんとか逃げ出して……」
「そないなことがあったんか」
「真島さんにあの時乗せていただけなかったら、きっと私は……」

本当の真島さんがヤクザだったとしても、間違いなくあの日、私は真島交通の真島さんに助けられた。
思い切ってなぜタクシー運転手に扮していたのか聞いてみると、前に見かけた桐生という人に会うためで、決して私を騙すつもりではなかったと真島さんは頭を下げた。

「なんとなく、タクシーの運転手さんじゃないんだろうなって思ってました。運賃メーターがないタクシーなんてやっぱりおかしいですから」
「ほんなら、なんで俺に付き合うてたんや?」
「真島さんといたら……自分が自分でいられるから」

今の会社に入ってから、私は完全に人間不信に陥っていた。
他人を蹴落として自分の結果が良ければそれでいい。他人の不幸は見て見ぬ振り。そして上司からの凌辱。
そんな中、真島さんと過ごす時間が初めて楽しいと思える時間だった。一人になると辛いことばかりを考えてしまうから、少しでもそのことを忘れさせてくれる真島さんと一緒にいたかった。

「そないな会社、さっさと辞めたらええやろ」
「本当はすぐに辞めたいんです……何もないなら」
「どういう意味や?」
「……盗撮されてるんです」
「なんやて?!」

桐ケ谷から社宅だと渡されたあのマンションには、部屋の至る所に隠しカメラが仕込まれていて私の生活を監視されている。カメラがどこについているのかはわからない。
その証拠に着替えているところや入浴しているところの動画や写真を見せられた。

「『誰かに助けを求めたり、会社を辞めたりすることがあったら、わかっているな』と……」
「脅されとったからなんも話せんかったんか」
「……はい」

思わずまた涙が零れそうになると、真島さんが前のめりになって大丈夫やと私の両手を握る。

「心配せんでええ。俺が助けたる」
「真島さん……」
「疲れたやろ。俺はここにおるから、潤ちゃんはベッドで少し休んだほうがええ」
「休める気分じゃないです……」
「ほな、潤ちゃんの気ぃ少しでも軽くなるような話でもしよか?」

真島さんと二人きり。
でもこんな広い部屋ではなんだか落ち着かないし、桐ケ谷がどこからか覗いている気がして。だから――

「真島さん」
「なんや?」
「ドライブが、したいです」
「フッ、ええでぇ! それで潤ちゃんが元気になるなら何処でも連れてったるわ。ほな、タクシー用意せなあかんな」

真島さんは少し照れたように後頭部を掻いて、携帯電話を手にした。

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