Zig-Zag Taxi | ナノ


▼ 05:暗い表情の真実【真島交通】

左足はまだ治っていないはずなのに、目が合った途端逃げ去って行った背中。
そして素っ気ない断りのメール。『いつもありがとうございます』『運転、気をつけてくださいね』そんな気遣いの言葉が必ず添えてあったのに。
刺青丸出しで桐生チャンと喧嘩しているところを見られてしまっては弁解のしようがない。

「しゃあないよなぁ……」

気を紛らわせるために吸った煙草なのに頭の中には潤しかいない。
所詮は桐生チャンと喧嘩する為の作戦、所詮はタクシーの運転手ごっこ。
それでも潤と食事をして、笑わせて、無事に家に送り届けるのが日常になりつつあって、結構潤のことは気に入っていたのに――

「……やじ? ……親父っ!」
「あぁっ?! 西田、お前何勝手に俺の部屋入っとんねん!」
「いくらノックしても返事が無かったんで倒れてるんじゃないかと……ブヘッ」
「俺はそないにひ弱な男ちゃうわ! デカい声出すなやボケッ!」

西田の頭をブッ叩きながら隙が出来ていた自分に反省する。いつ西田が入ってきたのか全く気付かないほど考え込んでしまっていた。

「親父、言われてた車のガソリン、満タンにしてきたんでいつでも大丈夫っす」
「タクシーの運ちゃんはもう辞めや」
「え? あんなに気に入ってたのに辞めちゃうんすか?」
「……飯食うてくる。誰も付けんでええ」

人の気も知らんと、そんな質問すんなや。

短くなった煙草を灰皿に押し付けて事務所を出た。
空は夕日で赤く染まっていて、ちらほら仕事を終えたサラリーマンやOLの姿が見えるが潤はまだ仕事中だろう。
当てもなく街の中をダラダラとうろつけば、赤かった空はすぐさま黒へと変化して、人工的に作られた色の眩いネオンの光が一気に神室町へ流れ込む。
こういう時に桐生チャンが現れてくれれば気晴らしに喧嘩の一つでも出来るのだが、そう都合よく現れるはずもなく、結局どこかに潤がいないかと思いながら歩いている。

(腹減った……)

とりあえず飯でも食おうと店を探す。
あぁ、あの店まだ一緒に行ったことなかったな。そういやこの店で腹抱えて仰山わろたなぁ。たしかそこのバーで酒飲む約束しとったはずや……。
無意識にそんなことを考えてしまっている自分を鼻で笑った。いい歳したオッサンがまるで失恋したみたいじゃないかと。
せめてヤクザであることは自分の口から伝えたかった。そして騙されたと潤に思い切り引っ叩いてもらえばこんな未練がましい気分にならずに済んだのではないか。

「はぁ……アホくさ」

一杯気晴らしに酒でも飲もうかと店に向かっている途中、少し前方に男が女の肩を抱いて歩いているのが見えた。
見覚えのあるロングスカート、左足を庇うように歩く姿。間違いなくその女は潤だった。そして隣には今日も高級なスーツを身に纏ったあの男。
やっぱりアイツは潤の男なのかと思ったが、楽し気に話している男の態度は一方的で、潤は怯えたような表情でよそよそしい素振りを見せていた。

(無理矢理付き合わされとるんか?)

もうすぐ潤のマンションだ。二人が中に入ってしまう前に声を掛けようとバレないように距離を取って尾行していたが、児童公園に差し掛かったところで急に男が嫌がる潤を引きずるように公園へと連れ込んだ。
ただならぬ様子に急いで後を追いかけた。ところが公園に辿り着くまで1分も経っていないのに男の姿も潤の姿もなく、辺りを見渡してみても人の気配すら感じられない。

「どないなっとるんや……」

呆然と立ち尽くしているとわずかに人の声がした。耳を澄ませると、どうやらそれはトイレの方向から聞こえているようだった。できるだけ足音を立てないようにトイレに近づき様子を伺う。

「や……っ、めて」
「どうしてお前は俺の言うことが聞けないんだ? このスカート、似合わないって言ったよな?」
「ん、ん、……んんんっ」
「静かにしないと誰か来ちゃうだろ。それとも見られたいのか? 汚ねぇトイレでこんなことされて感じてるんだもんなぁ」

はらわたが煮えくり返り、男子トイレに飛び込んだ。
男は身体を密着させて潤の口を手で塞ぎ、首筋に吸い付きながらスカートをたくし上げて下半身を弄っている。

「オドレ何しとんのじゃあぁ!!!」

男のジャケットを掴んで潤の身体から引き剥がし、力いっぱい殴ってトイレの外に蹴り飛ばした。地面に倒れた男は鼻や口から血を垂れ流しながらも素早く立ち上がって逃げて行く。
追いかけて気が済むまで痛めつけるはずだった。しかし背後から潤の嗚咽が聞こえ、振り返って見たその姿に息が止まった。
抜け殻のように力無く床にへたり込んだ潤……白い首筋に主張するような赤い痕。乱暴に開かれたブラウスのボタンは弾け飛び、露になった肩にずり下がったブラジャーの紐。右足首に引っかかっているショーツ、そして捲れ上がったスカートから覗く内腿を伝う粘液。
髪も顔もぐしゃぐしゃになり、虚ろな目でどこか一点を見つめながら泣き続ける潤を力いっぱい抱き締めた。

「助けに来たで! もう大丈夫やから」
「……い、で」
「ん? なんや?」
「……み、ない、で……」

その言葉に驚いて顔を覗くと、潤の絶望に囚われた目と目が合った。
あの可愛らしい笑顔からは想像できないほど、恐ろしく悲しい表情だった。

「すぐに気づいてやれんで……、今まで助けてやれんでホンマに申し訳ない! そして、潤ちゃんのこと騙しとって申し訳なかった!」

動けない潤に俺のジャケットを羽織らせ、ショーツをある程度のところまで履かせて西田に連絡して車を回す。

あの男だけは、絶対に許さん。

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