Zig-Zag Taxi | ナノ


▼ 04:暴いた秘密【Wa-B梶z

何食わぬ顔をして。何も知らない振りをして。
もうすぐ仕事が終わるという時に同僚から最悪の一声が掛かる。

「九条さん、桐ケ谷リーダーが呼んでるわよ」
「っ! ……はい」
「機嫌悪いから気をつけて」

機嫌が悪いのは私のせいだということはわかっている。
桐ケ谷はグループリーダー、所謂課長で、この会社はグループサブリーダーから上の役職はそれぞれ個室を持っている。
部屋に向かっている最中にも自然と手足は震え、血の気が引いてく。でも急いで行かなければもっと機嫌が悪くなる。
すれ違った数人の同僚は、また私が大きなミスをして桐ケ谷に呼ばれたんだと思っているはずだ。それくらい私は頻繁に呼び出されている。
和柄を扱っているアパレルブランドらしく部屋のドアも和柄になっていて、桐ケ谷の部屋は黒塗りに金の線で書かれた亀甲の模様だった。
大きく息を吐いてドアをノックすると「どうぞ」と中から冷たく低い声が聞こえた。

「……お呼びでしょうか」
「座って」

ドアを開けたままその場を動かずにいると、桐ケ谷は私の許にやって来るや否や、身体を中に引きずり込むようにしてドアを閉めた。そしてすぐさま私の肩を乱暴に押して、皮張りのオフィスソファに座らせた。

「やっぱり似合ってる、そのワンピース」
「……」
「昨日履いてたスカートよりずっといいだろ? 俺が選んだ物を着てりゃいいんだよ」

この会社は規則として仕事中は自社製品の服を着なくてはならない。
私が着る服はほとんどこの男が選んでいる。私に選択権はない。桐ケ谷が出張で会社に来ない日だけは自分の好きな服を着られる。昨日履いていたロングスカートは自分で選んだ物で、真島さんに似合うと褒められて本当に嬉しかった。

「それで……、どうしてこんなものを?」

首に貼り付いた絆創膏を型取るように、厭らしく桐ケ谷の指がそれをなぞる。ぞわりと全身に寒気が走り、その指から逃れようと身体を引いたが、執拗に指は私の首を這う。

「このワンピースを選んだ意味ないだろう」

笑いながら桐ケ谷は絆創膏をベリッと剥がした。そして満足そうな眼で私を見る。
絆創膏の下にはうっ血した赤い痕がくっきり残っていた。昨晩桐ケ谷に付けられたものだった。

「見られたら恥ずかしいです!」
「見せつけるために着せたんだから、こんなもの貼られちゃ困るよ」
「……私はあなたの女じゃない」
「へぇ、そういうこと言うんだ。潤ちゃんは誰のおかげでこの会社にいれるんだ?」

そう言って桐ケ谷は嫌がる私の首を無理矢理強く吸った。
私は入社した時から桐ケ谷に目を付けられていた。最初はミスをしたり困った時に助けてくれる頼れる上司だと思っていた。しかしそこには見えない大きな下心があった。
Wa-Bの商品が目標額よりも大きく売上を伸ばしたり、若い女の子たちが読む雑誌でWa-Bが大きく取り上げられたりする度に桐ケ谷は私を持ち上げた。
見事な広報戦略の賜物であるとか、若いからこそ若者の視点で物事を考えられるとか。そういうことをされればされるほど、同僚たちからは嫉妬の眼で見られるようになり、桐ケ谷からは逃れられなくなる。

「や、めてっ」
「お前のやめては『もっとして』だもんなぁ。ご希望通りにしてやるよ」

興奮した男の手が身体中を弄る。
桐ケ谷が服の中に無理矢理手をねじ込もうとしたところで内線が鳴った。

「……なんだよ、しらけちまうなぁ。はぁ、今日はもう行っていい。あ、これも返す。一個じゃ足りないだろうけど」

意地の悪い微笑みを口元に浮かべて、剥がした絆創膏を指先に付けてゆらゆらと動かした。
私はそれをぐしゃぐしゃに丸めて桐ケ谷に投げつけ、逃げるように部屋を出た。





試作中のスカーフを首に巻いて退社した。
きっと数人の同僚に首の痕を見られているだろうが、この会社は見て見ぬ振りをする。誰も優しい声は掛けてくれない。自分のポジションが危うくなるからだ。
桐ケ谷の横暴な振る舞いは誰しもが知っているし、私が桐ケ谷から一方的な深い関係を持たされていることも知っているだろう。でも、誰も助けてくれない。
真島さんには朝に『接待の為、今日は迎えいりません』とメールをした。
こんな痕を付けられてしまっては真島さんに会えるはずがない。彼だけには知られたくない。

「カイロ、売ってるかな」

インターネットで温めると血流が良くなってキスマークが早く消えるというのを見た。少しでもこの所有物であるかのような気持ち悪い痕を消したい。
ことぶき薬局に寄ろうと泰平通りに差し掛かったところで人集りができていた。
遠くから覗くとヤクザ同士が喧嘩しているようだった。

(ま、真島、さん?!)

彼のタクシー運転手以外の姿を見たことがないから、本人かどうかはわからない。派手なジャケットと黒のレザーパンツで刺青を隠すことなくドスを振り回している。手にはいつもの白手袋ではなく黒の皮手袋。
タクシー運転手なのに、あんな格好……。まさかと思いながらも眼帯をした横顔を見ると真島さんにしか見えない。

「俺の勝ちだな」

どうやら勝負がついたらしい。
土埃を払っているヤクザはヒヒヒと聞き覚えのある笑い声を立てた。

「やっぱごっついのぅ、桐生チャン」

間違いなく真島さんだった。
足を怪我してタクシーに乗せてもらった日から毎日聴いてきた声を間違えるはずがない。
真島さん、ヤクザだったんだ。
ショックよりも納得のほうが大きかった。運賃メーターが付いていないタクシーなんてどう考えてもおかしいし、今まで一度もお金を取られたことは無かった。
あんなに優しくて面白い、話上手な真島さんがヤクザだったなんて。
ボーっとしながらそんなことを考えていると真島さんと目が合ってしまった。

「お……、ちょお、待てや!」
「兄さんの知り合いか?」

そんな会話が聞こえたような気がするが、私はその場から全速力で逃げた。
見てはいけなかった気がする。見てしまったら今までの関係が失われてしまうことは歴然としていた。
しかし、見てしまったことよりも、この首の痕を見られてしまうことのほうが怖くて私は逃げた。寧ろ、知られたくないのは私のほうだった。
どこをどう走ったのかわからない。まだ完治していない左足がジンジン痛む。

「真島さん……」

何もかもが分からなくなってしまった。
気づけば『明日から迎えに来ないでください』と真島さんにメールしていた。

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