Zig-Zag Taxi | ナノ


▼ 03:暴きたい秘密【真島交通】

「親父、今日もタクシーの運ちゃんっすか?」

西田の小言を聞き流しながら白のワイシャツに袖を通し、グレーの地味なネクタイを締める。……ダサ。
この姿を見ると、どうも蝶ネクタイを締めていた頃の自分が思い出されて、姿見鏡からすぐ目を外した。

「タクシーの運ちゃんは叔父貴に遭遇する効率悪くないっすか? それならゾンビとか警官とか、いっそのこと親父お気に入りのゴロ美でも――」
「なんや西田、俺のやり方に文句でもあるんか?」
「い、いやいやいや、そんなことないっす!」
「……ほんなら行ってくるでぇ」

バシンッと西田の頭をブッ叩き、緑色のジャケットを羽織って事務所を出た。
贋物のタクシーに乗り込み、出発前に窓を開けて一服する。
本来の目的は桐生チャンに奇襲をかけて喧嘩をすることだ。それは今も変わっていない。ただもう一つ、目的が増えた。潤の秘密を暴くことだ。
一緒に食事をすれば可愛らしい笑顔を見せてくれるが、会社から出てきた時の暗い顔、そしてあのマンションに帰っていく時の寂しそうな後ろ姿。
間違いなく何かの問題を一人で抱えているが、どうやってもそれを打ち明けようとしない。

「待っててや、潤ちゃん」

短くなった煙草を窓の外へ放り投げ、車のエンジンをかけた。





事前に伝えられていた時間より10分遅れて潤ちゃんが会社から出てきた。
相変らず暗い顔をしているが、車を見つけるとそうするのが当たり前のように笑顔をつくる。

「すみません、お待たせしちゃって」
「忙しかったんか?」
「打ち合わせが長引いて」

痛めた左足はまだ少し引きずってはいるものの、だいぶ良くなったようだ。
車に乗り込み、履いているロングスカートの裾がドアに挟まらないように膝のほうへと寄せた。

「可愛えスカートやな」
「相変らず会社の商品着させられてます」
「潤ちゃんに似合っとるからええやん。可愛えで」

車を発進させてバックミラーを見れば、潤がはにかんで頬を赤らめている。純粋な子だなと思わず顔が綻んだ。
今日は何を食わそうか。
一緒に食事をして家まで送り届けるのがお約束になっていた。奮発して今日は寿司でも食いに行こうかと誘ったところで、まっすぐ家に帰ると即答されてしまった。

「俺、潤ちゃんと飯食うために腹ペコにしてきたんやでぇ」
「すみません、本当に」
「誰か来るんか?」
「友達が……」
「友達ぃ? ホンマは彼氏ちゃうんか?」
「違います!」

初めて聞く潤の怒った声。その声はキンと鼓膜を鋭く突いた。
男がいないことは2回目の食事で聞いていた。からかうつもりで言ったのに、ここまで怒るとは。

「す、すまんすまん。冗談や」
「……ごめんなさい。大きい声出して」

そこから自宅に着くまで潤は一言も話さず、暗い表情で神室町の景色を眺めていた。
マンションに到着すると、食事に行けなくなったからと1000円札を出してきたが、次の食事に行く約束代として受け取らなかった。

「ほな、また明日な」

いつもなら「はい」と返事をしてくれる潤だが、今日は軽く会釈だけして早々とマンションの中に入ってしまった。

「……ほぅ」

窓を全開にして煙草を吹かす。
その "友達" を確かめたくて、ハザードを付け予約車の表示を出したまましばらく路駐していた。
潤が住んでいるマンションは地上28階建て。彼女が何階に住んでいるのかは知らないが、暇つぶしに西田に一室の値段を調べさせたら、下層でも1ヶ月の家賃が20万以上の高級賃貸マンションだった。
間取りの画像もメールで送らせると、女一人では十分過ぎるほどの広さ。いくら高給取りとはいえ、潤がここに一人で住んでいるとは思えない。

「ますます怪しいのぅ、潤ちゃん。……お」

画像をチェックしていると、視界の端に男の姿が入ってきた。
スラリと背が高く、高そうなビジネススーツを身に纏った30代後半くらいの男で、マンションの前まで行くと電話を掛け始めた。

「俺だ。着いたぞ」

もちろん相手の声は聞こえない。男が何を言っているのか盗み聞く為にハザードもエンジンも停めた。

「ハハッ、何を言ってるんだ。ここは俺と潤の家だろ?」
(やっぱ男おったんかいな!)

潤の男だと思ったのも束の間、男は高圧的な態度で淡々と話し始めた。

「俺とお前の仲じゃないか。お前が会社で活躍できるのも、このマンションに住めるのも、俺のおかげだろ?」
(なんや……コイツ)
「泣くな。後でたっぷり慰めてやるから。だから……ロック、解除してくれよ。昨日行ったら勝手にお前が番号変えるから、入れなくて困ったんだからな」
(…………)

男は電話を切り、ネクタイを緩めながらマンションの中に入っていく。
エントランスライトに照らされて、ニヤニヤとした男の厭らしい笑みが夜に浮かび上がっていた。

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