Zig-Zag Taxi | ナノ


▼ 02:待ち合わせするようになった夜【Wa-B梶z

痛む足を引きずりながら出勤して、新しい商品の広報戦略に長時間頭を悩ませている。身を削って仕事をするとはこのことだなとデスクに並ぶ大量の和柄パターンを前に溜め息をついた。
幼稚園の頃から将来の夢は『お洋服屋さん』というくらい洋服が好きだった。専門学校で服飾について学び、このアパレル会社に就職した。
Wa-B株式会社。Waは和、Bは美、日本の和を美しく着こなそうと若い女性をターゲットにした衣服から小物アクセサリーまで取り扱うアパレルブランドだ。
私の夢は叶った。それなのにとても苦しくて辛いのは想像していた華やかな世界とは異なっていたからだ。
残業をしない日はほとんどない。休日出勤も当たり前で休みの日だって正直家で仕事をすることも多い。好きな洋服に囲まれて仕事出来たらどんなに幸せだろう……そんな想いは遠い何処かに行ってしまって、今の私は業績を落とさないようにすることしか頭になかった。

「九条さん、そろそろ取引先来るんじゃないの?」
「あっ!」

チーフに急かされ、慌てて応接室のセッティングをする。
コピーした資料をテーブルに並べ、コーヒーを淹れる準備をする。今日のお客様は一人がブラックコーヒーで、一人が砂糖多め、チーフは砂糖無しのクリームをスプーン2杯……。ここまでしなければいけないのかと思いながらも、今日はマネージャーが不在にしているだけ手間が省けてまだマシだ。

(あ、名刺持ってこなきゃ)

応接室から自分のデスクがある部屋に戻り引き出しを開けたが、いつも置いてある所に名刺入れが無い。

「あれ、どうしたんだろ。カバンに入れたんだっけ?」

急いでカバンを漁るが名刺入れはどこにも見当たらない。そうしているうちに取引先が来てしまい、仕方なく名刺を注文した時についてきた味気無いプラスチックケースに自分の名刺を入れて対応する。
そしてコーヒーを淹れている時にふと昨日のことを思い出した。

「ひょっとして、あのタクシーに……」





仕事が終わり、会社を出てから早速昨日聞いた番号に電話をする。

「誰や?」
「あ、あの……真島交通の真島さんですか?」

威圧的な声に言葉が詰まりながら昨日タクシーに乗った者ですと告げると、「あぁ! 足怪我しとった姉ちゃんか」と明るい声で返された。
変な覚えられ方をしたなと思いながら名刺入れのことを聞くと、やはりタクシーの中に落としてしまったらしい。
真島さんは「今、迎えに行ったる」と言って電話を切ると、15分ほどで会社の前まで来てくれた。

「お手数お掛けしました。すみません」

車に乗り込み、名刺入れを受け取って今日も家の前まで乗せてもらう。車中、真島さんは足は大丈夫か? とか、今日は仕事大丈夫だったんか? とか、会社の人たちが絶対にしない気遣いをたくさんしてくれた。

「昨日、何があったんや? 泣いとったやろ」
「ちょっと……、仕事で大きな失敗しちゃって。転んで怪我もしちゃうし、ツイてないなぁと思って」
「ほぅ、そうか」

その返事は納得していないものだとすぐにわかった。
たしかに私は嘘をついている。でも、昨日会ったばかりのタクシー運転手に簡単に打ち明けるような内容の話ではない。
もう大丈夫ですと言った瞬間、ぐぅ、と可愛げのない腹の虫が大きく鳴いた。

「イヒヒ、九条ちゃん、えらい腹減っとるんやな」
「ど、どうして私の名前を?」
「あ、あぁ、忘れ物記帳すんのに一応中確認せなあかんのや。貴重なものやったらすぐに連絡せなあかんからな」
「そうなんですか」
「なぁ、嫌やなかったら一緒に飯どや? 俺もめっちゃ腹減ってんねん」

これはナンパされているのだろうか?
昨日は自分のことに精一杯で車内を見る余裕がなかった。
真島さんは整った顔をしているが左目に眼帯をしていてタクシー運転手らしからぬ風貌だし、普通タクシーの助手席にあるはずの認定証のようなものはなく、運賃を計るメーターも付いていない。

「真島さん、あの……、これってタクシーですよね?」
「今更何言うとるんや」
「料金メーターが付いてないので……」
「それな、客から文句言われたんや。料金なんて信号とか渋滞で変わるもんやのに、前はもっと安く行けた言われて腹立ってな。俺は個人やから、そんならこっからここまでは660円って決めてしもたんや。そうすりゃ長いこと信号待ちしとっても金額は変わらんで済むやろ」
「ま、まぁ」

個人タクシーだからといってそんなことが許されるのか? と疑問を持ちつつも真島さんの巧みな話術にうまく丸め込まれてしまい、結局ご飯もOKしてしまった。
気づかなかったが既に車は私の家ではない別の場所へと向かっているようで、窓の外は見慣れない景色になっていた。

「焼肉好きか?」
「は、はい」
「ほな、鱈腹食おうや。今日の運賃は俺との食事で帳消しや」

この日をきっかけに真島さんは毎日仕事場まで迎えに来てくれるようになり、お互いの電話帳に『真島さん』『潤ちゃん』と登録する仲になった。

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