Zig-Zag Taxi | ナノ


▼ 10:ありふれた日常の天国【Free】

真島さんは1時間程で戻ってきた。まだ警察官の格好をしていて、あれから真っ直ぐここに来てくれたのだろう。

「潤!」
「真島さんっ」
「あぁ、まだ少し腫れとるな。ホンマにすまんかったな」

優しく私の頬に触れる真島さんに大丈夫と言って勢いよく抱き着くと、強く抱き締め返されて深いキスをされた。

『心配せんでええ。俺が助けたる』

真島さんは約束を守ってくれた。
私は桐ケ谷から解放され、Wa-B株式会社からも解放された。

「……桐ケ谷は?」
「もう大丈夫や。大手アパレルメーカーの幹部やなんて二度と名乗れんようにしてやったで」
「どういうことですか?」
「んまぁ……、アイツのことなんて潤にはもう関係あらへんことや。せやろ?」
「うん」

真島さんの手を引いて、もう見ることはないであろう18階の大きな窓から神室町を眺望する。
本来なら美しいであろう朝焼けも、カラフルな夜のネオンも私の目には色褪せて見えていた。

「羨ましかった」
「ん?」
「私にとってここは鳥籠で、私は閉じ込められた鳥でした。自由に飛びたいのに飛べなかったんです。だから、外にいる人たちが羨ましかった」

世間はきっと、大手企業に勤めて高級タワーマンションに住んでいる私の人生は順風満帆で、日々活力に溢れ充実しているものと思っていたことだろう。
しかし、本当の私は社畜同然で毎日死んだような表情をしていた。桐ケ谷に欲の捌け口として犯され監視され、私が私として生きることを奪われた。

「やっと私は自由になれます。そして、やっと心から好きな人と生きていくことができます」
「その好きな人は、ホンマに俺でええんか?」
「真島さん以外の誰がいるんでしょう?」
「……おらんな」

真島さんから桐ケ谷との記憶が甦ってしまうものはすべて捨てろと言われた。家具に至っては何が仕込まれているかわからないからと真島さんの組の人たちが破棄してくれるそうだ。
私の知る限り、部屋からは6個の監視カメラが見つかった。盗撮されていたデータはすべて消去してくれたらしい。
その日のうちに私はマンションを引き払った。





数日後。
新しく生活を始めたマンションの一室にあるテレビをつける。
毎日のように流れていたWa-B株式会社のCMは流れなくなり、ファッション誌は新たなトレンドへと移行し、ここからもWa-Bは姿を消していた。
マンションを引き払った次の日、会社に退職届を提出しに行った際、ふと社員の会話が聞こえてきた。

『桐ケ谷リーダー、失踪したらしいぜ』
『何人かいる愛人の内の一人と駆け落ちでもしたんじゃない?』
『だからかー。なんか一方的に桐ケ谷さんから離婚届が奥さんのところに送られてきたって聞いたよ』
『サイテーな男だね』

桐ケ谷が他の女のところにいるはずがない。
どうやら殺されてはいないようだが……。そこまで考えて、考えるのを止めた。もう私には関係のない話だ。

「潤、おはようさん」
「おはようございます。よく眠れました?」
「ああ。昨日は忙しかったからなぁ」

すぐに真島さんとの同棲生活が始まった。
相変らず真島さんは桐生さんを追ってバタバタしているらしいが、様々な扮装をして帰ってくるので、そこは楽しみにしているひとつ。ただ『ゴロ美』という女装にはさすがに固まってしまったけれど……。
私は無職になったが、真島さんからしたいことが見つかるまで無理に仕事はしなくていいと言われている。
お金は新たなシノギが波に乗っているとかで心配しなくていいと。
正直、心の後遺症とでも言うのか気持ちが不安定になることがあり、少しの期間真島さんに甘えさせてもらおうと思っている。

「今日は飯食うたらどっか気分転換にドライブにでも行こか」
「でも、真島さんせっかくの休みなのに……」
「休みやから潤とデートするんやろ?」
「いいの?」
「ええで。ほな、さっさと飯食うて行くで!」

一緒に朝食を食べ、一緒に出掛ける準備をして、一緒に車に乗り込む。
もうタクシーではないけれど、真島さんは自分のことを「潤専属の運転手」と言っている。

「ほな……、本日も真島交通をご利用いただきありがとうございます」
「ふふ」
「本日はどちらまで?」
「じゃあ、思い出の海までお願いします」

真島さんと一緒なら、どこへでも、どこまでも。
寄り道しながら、幸せに向かってジグザグジグザグ……。

prev



◆拍手する◆


[ ←back ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -