Zig-Zag Taxi | ナノ


▼ 09:地獄へ堕とす【真島巡査】

真っ黒だった海が昇ってきた太陽の光を受けて輝きを取り戻してきた頃、ジャケットのポケットに入れていた携帯電話が震えた。西田だ。
寝息を立てている潤を起こさないように車から降りて電話に出た。

「調べついたんか?」
『はい。ブツも準備できてます』
「そうか。……ほな、今日実行するで。すぐ動けるよう待機しとけや」
『わかりました』

手短に会話を済ませて車内に戻り、心苦しいが潤に何度か声を掛けて眠りを解く。

「ん」
「朝やで……って、潤?」

寝ぼけているのか俺の顔を見た潤は、優しく微笑むと肩口に擦り寄って腰に腕を回してきた。
そして、再び規則正しい寝息が聞こえてくる。

(はぁ……、可愛え。まったく敵わんな……)

幸せそうに眠っている潤の頭を撫でて、ほんの束の間、俺も目を閉じた。





8:00前に潤を自宅マンションに送り届けてから3時間後――
黒塗りの車内からマンションを見張っていたところに桐ケ谷が現れた。
すぐに潤に電話を掛ける。

「潤、来たで」
『わかりました……』
「何も心配せんでええ。すぐに俺も行くからな」

電話を切ったタイミングで桐ケ谷が電話をし始めた。相手は潤だろう。その表情からはかなり激高しているのがわかる。
盗撮していれば昨日潤が家に帰っていないことはわかっているだろうし、今日の仕事を無断欠勤させているから、会社に現れない彼女にいよいよ痺れを切らしてやってきたというところか。
そもそもWa-B株式会社なんていうブラックアパレル会社にはもう行かせるつもりはないが。
エントランスドアのロック番号も変更させ、それについても腹を立てているに違いない。
すべては計画通り。ただ、潤を危険に晒すわけにはいかない。

「ええか? すぐに車出せるよう横付けしとけ」
「はい」
「おっしゃあ! 行くでお前らぁっ!」

ヤツが中に入ったのを確認して西田の他、数人の組員と共に車から飛び出した。
エントランスは遠くから見るよりも遥かに立派だった。奥に見えるエレベーターは上昇を始めている。
潤の部屋番号を押してからロック解除の番号『0560』を押すとドアが開いた。幸いにも3基あるエレベーターの内1基は動いておらず、すぐに乗ることが出来た。

「すごいマンションすね」
「ああ。せやけど潤にとってはここは地獄や」

潤の部屋がある18階を押す。液晶モニターに2.3.4...と数字が映し出され、ぐんぐんエレベーターが上昇していく。潤はどんな思いでこれを見ていたのか。
次々と変わっていく数字をじっと見つめ、それが18で止まった。
静かに扉が開いてエレベーターを降りる。床は黒御影石、壁は日本瓦のようなシックな造りになっていてラグジュアリーホテルのような印象だった。
シン、と静まり返ったそこは妙に不気味な空間で生活感がまるで感じられない。きっと楽器を弾いても大声を出しても聞こえないのだろう。
それもヤツの狙いだったのか。

「ここや」

潤の部屋の前に辿り着いた。
もちろん桐ケ谷の姿はなく、既に部屋の中にいるのだろう。

ピンポーン――

インターホンを押すが出てくる気配がない。
本来であればエントランスで鳴らして用件を言うのだろうが、そうすれば桐ケ谷は間違いなく逃げるだろう。
しつこく何度かインターホンを押していると「はい」と男の声が聞こえてきた。

「神室警察署の真島です」
「……神室警察署?」
「こちらのマンションオーナー様から被害届が出されまして、状況確認のため部屋を回らせていただいています。少しお話よろしいですか?」

桐生チャンを奇襲するために用意していた警官服がここで役に立つとは。もちろん組員全員に警官の扮装をさせている。
一応警察だからなのか、素直に桐ケ谷が出てきた。最初は疑っていたものの巧妙に作らせた警察手帳を見せると、疑われないようにするためなのか丁寧過ぎるくらいのお辞儀をされた。

「九条潤、さんではないですね」
「潤は僕の彼女です。今、体調を崩して寝てまして」
「……失礼ですがあなたの名前は?」
「佐藤です」

強姦している女を彼女呼ばわりし、しかも偽名で何とかこの場をしのごうとしていることに怒りが込み上げてくる。しかしここでそれを露呈してしまっては計画が台無しだ。必死に笑顔を繕った。

「それで、被害届というのは何の?」
「盗撮です」

ひくり、と桐ケ谷の顔が引きつったが、すぐにそれを苦笑いで誤魔化された。

「盗撮? まさか」
「オーナー様より許可をいただきまして、サイバー犯罪課にて調査したところ違法な通信があることがわかりました」
「……それなら僕たちのところは関係ない。盗撮する理由がありませんから」
「盗撮する? 盗撮される、の間違いでは?」
「あ、ああ、そうですね。警察の方がいらっしゃったので緊張してしまいました。とにかく僕らのところは大丈夫です」
「ですが……、その通信が17階、もしくは18階のどこかの部屋と行われていることが判明していまして。17階の調査が完了し、今18階を調査しているところです」
「そ、そうですか。でも残念です。僕はこれからすぐに仕事に行かなくてはならない。申し訳ありませんがまた改めて来てください。その時は潤も起きてるでしょうから」

そう言って無理矢理ドアを閉めようとしたので足を挟んでそれを阻止する。
口を滑らせかけて顔面蒼白だった桐ケ谷だったが、思い通りにいかなくなってきたことに徐々に顔が真っ赤になり、怒りが見え隠れしてきた。

「あなたが不在でも問題ありません。九条さん、いらっしゃいますよね?」
「だから潤は体調が悪くて寝ていると――」
「5分で終わります。ご協力いただけませんか?」
「これは強制捜査なのか? ここに住んでいる人間が大丈夫だと言ってるだろ!」
「オーナー様より調査依頼が出されています。それに……、ここの居住者はあなたではなく九条さんです。失礼します」

桐ケ谷の身体を中に押し戻してドアを閉める。
逃げられないよう組員に入口を塞ぐように立たせて部屋に入ると、床に崩れるようにして潤が座っていた。
頬を叩かれたのか赤く腫れているのが分かる。

「九条潤さんですね? 体調不良で寝ていると佐藤さんから聞きましたが」
「……佐藤さん?」
「彼は佐藤さんではないのですか?」
「い、今起きたばかりで寝ぼけてるんです! まったく困ったやつで」
「…………」
「その頬はどうされましたか? 腫れているようですが」
「……叩かれて」
「彼に、ですか?」

涙を流して頷いた潤に、桐ケ谷は「嘘を言うな!」と大声で怒鳴った。
きっと何度も彼女にこうしていたのが目に浮かんだ。

「佐藤さん、少し署でお話伺えますか?」
「お、俺は関係ない! 盗撮の調査をするんだろ?! 放せ!」
「お前ら! この男を連行やっ!」

西田たちに桐ケ谷を任せて潤を抱き起してやると、泣きながら縋りついてきた。

「遅うなってすまんかった。痛かったやろ?」
「ううん、平気です。アイツは?」
「もう潤の前には二度と現れんから安心せえ。盗撮元も押さえてある。もう大丈夫や」
「本当に……ありがとう、真島さん! 本物の警察官みたい」
「カッコええやろ?」
「うん」

痛々しい頬に優しくキスをして冷やすように伝え、すぐ戻ってくると言って西田たちの許へ。
既に黒塗りの車に乗せられた桐ケ谷は、ワーワーと喚いてヤクザ相手に罵声を浴びせている。
今のところは警察官だと思っているのかもしれないが。

「な、なんだこの車は。普通は警察車両じゃないのか? こんなのはいくら警察でも違法行為だ! 君たちは頭がおかしいんじゃないか? 俺が誰だか知らないんだろう! Wa-B株式会社の幹部だぞ!」
「あの有名なアパレルブランドの」
「そうだ! その俺が盗撮だの女を殴るだのするはずがない。少し考えればわかるだろ、馬鹿が!」
「あぁ、先日ビジネス誌で特集されていましたね。読みましたよ。幹部の皆さんのお写真もありましたね。けど……おかしいなぁ。あなた、先程『佐藤』と名乗っていましたが、たしか……『エグゼクティブリーダー・桐ケ谷隼人』とお名前が載っていたはずですが」
「そ、それは……、別人だ」
「んなワケあるかボケェ!!! 少し黙っとれやっ!」

桐ケ谷の腹を殴り、気を失わせた。





「真島ぁ、言ってた男がコイツなんか?」
「そうや。整った顔しとるから需要あるやろし、それなりに稼ぐやろ」

嶋野組のとある密室部屋に桐ケ谷を連れてきた。
冷水をぶっかけて気絶していたヤツの目を無理矢理覚ましてやると、状況が呑み込めていないのか辺りをキョロキョロ見渡して、俺と目が合った。

「ええ夢見れたか?」

ガラの悪い男たちに囲まれていることに気づいた桐ケ谷は腰を抜かしたまま後退りしたが、背中にぶつかったものがそれを阻止した。何にぶつかったのか確認した桐ケ谷は絶句している。
それは品のないラブホテルにあるようなダブルベッドだった。

「ど、どこだここは! それに、だ、誰だお前たちは。あんた、警察官じゃないのか?!」
「なんや、俺の顔忘れてしもたんか? 児童公園のトイレで会うたやんかぁ」
「お、お、おまえっ」
「よくも潤をあない乱暴に可愛がってくれたなぁ。潤はお前の女やないでぇ。……俺の女や」
「ああ、あ、あれは、出来心でっ」

立ち上がって逃げようとする桐ケ谷を組員がベッドに押し倒した。

「盗撮のデータ、全部押収させてもろたわ。ええ趣味しとるなぁ。潤にしてくれた仕打ち、そっくりそのまま返させてもらうで」
「何を、何をする気だっ?!」
「ヤクザなんや、俺。金稼がんといかんのやけど、組に男好きなのが仰山おってなぁ」
「や、や、やめろっ」
「そないに盗撮が興奮するんか? 相当お好きみたいやからなぁ。Wa-B株式会社のエグゼクティブリーダー様なら俺の言っとる意味……、分かるやろ?」
「ひぃッ! た、た、助けてくれっ! な、なんでもするっ。潤もお前に渡す。だからっ――」
「お前ら、良かったなぁ。このオッサン、何でもするらしいでぇ! ほな、たっぷり稼いでくれや」

えげつない組員の笑い声の中に桐ケ谷の悲鳴、ビリビリと破かれる服の音が聞こえたが、振り返らずにドアを閉めた。
ヤツが表の世界に出てくることはもうないだろう。

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