黒のアバンドーネ | ナノ


▼ 2/14 グランドにて

今日は出勤してから暇さえあれば店内に黄色い声が飛び交っている。

「支配人! 今日、支配人のためにガトーショコラ作ってきたんです!」
「私のは有名ブランドの美味しいチョコなんです。受け取ってください!」

バレンタインデー。いつも以上に真島さんがホステスたちに囲まれている。
私もちゃんとチョコレートを持ってきた。仕事が終わる頃には日付が変わり、バレンタインデーは終わってしまっている。できれば終わる前に真島さんにチョコレートを渡したい。とはいえ、渡すタイミングが全くない。あの輪の中に割り込む勇気はないし、そもそも演奏の準備でそんな余裕もない。
真島さんは優しいから、きっと女の子たちからのチョコを「おおきに」って受け取るだろうな。私だって渡したいのにな……。
喜んでいるホステスたちを見てしまったら心が病みそうな気がして、今日は可能な限り真島さんを見ないようにと心に決めた。

「お客様、お楽しみいただいておりますでしょうか?」

ステージで演奏中、真島さんの姿がチラリと目に入る。
演奏している曲が甘ったるいせいもあってか、真島さんを見つめるホステスたちの視線がなんだか熱い気がする。見つめる時間が長いとか、視線が真島さんを追っているとか、自分のいるテーブルに真島さんが来た時の笑顔が客に向ける笑顔より艶っぽいとか。そういうのは女の勘というやつでわかってしまうものだ。

「神崎さん、体調悪かったりする?」
「いえ、そんなことないです」
「ならいいんだけど。いつもと音が違うかなと思って。無理だけしないでね」

ステージが終わった直後、控え室でバンドメンバーに指摘されてしまった。気が散って指に力も心も入っていない証拠。
お世話になっているから、仕事上の付き合いで、そんなチョコレートもあると思うけど、中には本命のチョコレートもあって告白されているかも……。自分に自信がないから悪い想像ばかりが先行して、不安で喉も心もカラカラと乾いていく感じが止まらない。
今日は一度も心のこもった演奏はできなかった。





仕事が終わった。
結局バレンタインデーにチョコレートは渡せなかった。それでも彼女としてちゃんと渡したい。
すべての片付けを終え、帰る準備を整えて事務所に向かった。ドアノブに手を掛ける、と中からホステスの声が聞こえて慌てて柱の陰に隠れた。

「支配人、私、ずっと支配人のこと想ってました! 好きなんです!」

ひゅっ、と喉が鳴った。
やっぱり、やっぱり……。膝の力が抜けて尻もちをついた。

「気持ちはありがたいんやけど、俺、付き合うてる女おんねん。だからこれも受け取れへんわ」
「そ、そんなっ」
「悪いな。今までどおりホステスとしてよろしゅう頼むで。おおきにな」

ホステスが泣きながら事務室を飛び出して行った。乱暴に開かれたままのドアの向こうに困った様子で後頭部を掻いている真島さんの姿が見える。
すぐ事務室の中に入るのは気まずかったが、なんとか立ち上がって真島さんの許へ。

「真島さん」
「ミルちゃん! 待っとったんや。心配してたんやで!」
「え……?」
「なんや今日の演奏、元気なかったやんか。俺は素人やから詳しくはようわからんけど、音に力がないっちゅうか、いつもより悲しそうっちゅうか」
「真島さん、私のこと……、考えてくれてたんですか?」
「そんなもん聞かんでもわかるやろ。俺はいつでもミルちゃんのこと……、あ、どないした? やっぱなんかあったんか?!」

ぽろぽろと涙が零れた。
私もずっと真島さんのこと考えてたんです。真島さんのことを見てたんです。気にしちゃダメだって見ないようにしてたのに、女性に囲まれているあなたを見てしまったら不安でたまらなくて、どうしようもなくて。告白されてるところも見ちゃって苦しかった。
真島さんに抱き締められた腕の中で素直な気持ちを伝えると、「せやからあんな元気なかったんか」と優しく頭を撫でられた。

「俺はミルちゃんだけやで。さっきの聞いとったんやろ? それでも信じられんか?」
「信じてるんです。でも、怖くなっちゃって……」
「俺の女はお前だけや。愛しとる」
「真島さん……」
「ほんでお前からのチョコはないんか?」
「あ、あります。でも、ホステスさんからたくさん貰ってるからチョコはもういらないんじゃ……」
「あ? 一個も貰てへんで」

真島さんはホステスたちからのプレゼントを一つも受け取っていなかった。「ミルちゃんがおるのになんで他の女から貰わなあかんのや?」と。もうすでに大切なチョコを貰っている、一つで十分だから店長にでもやってくれと言って断ったそうだ。

「その大切なチョコ、まだ貰てへんのやけど?」
「持ってきてます、ちゃんと」
「手作りなん?」
「は、はい。ちょっと不格好ですけど」
「見た目なんぞどうでもええ。なぁ、食わせてくれるか?」

頷いてバッグからチョコを取ろうと真島さんの腕から抜け出そうとした瞬間、逆にぎゅっとその腕に力が入り、ますます真島さんと身体が密着した。

「ま、真島さん、チョコ……」
「こないな所で食いたないわ」
「でも食べたいって……」
「それはミルちゃんちでや。行ってもええやろ?」
「も、もちろんです」
「そんなら心置きなく食えるわ。チョコも、ミルちゃんも」

最後の言葉に鼓膜が痺れて熱い息を吐く。
私を解放した真島さんが蝶ネクタイを外した。


◆拍手する◆


[ ←back ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -