▼ episode-no.14 ≪PM16:30≫ 真島
「ふざけんじゃねぇっ!」
腹に蹴りを入れられ、痛みより内臓が圧し潰される感覚が気持ち悪く、胃の中身をぶちまけた。口の中にまとわりついた苦い胃液と唾を地面に吐いて、表情一つ変えずに憤怒を湛えている佐川を睨んだ。
「1週間、十分な時間じゃない。足りなかったなんて言わせねぇよ」
「せやから何度も言うとるやろ……。夜翔烏の所に行った時にはもう――」
「ノートパソコンは無かった、そうだよなっ!」
佐川の拳が顔面に飛んでくる。鈍い音とともに血管が切れて、ポタポタと鼻血が流れ落ちた。土埃の舞う倉庫の柱に腕を後ろ手に縛られては抵抗したくてもできない。
でも、それでいい。ノートパソコンはある。ただ、それがミルちゃんの父親の物と分かった今、佐川に渡すわけにはいかない。
「無かった、じゃねぇんだよ。いつ? 誰に奪われたんだ?」
「それが分かれば苦労せんわ」
「はっ、そりゃそうだ」
拘束されて2時間以上は経っただろうか。
殴り飽きたのか、佐川はジャケットの内ポケットからキャビンを取り出して、若衆が火をつけると肺いっぱいに煙を吸って、勢いよく俺に向かって吐き出した。
「ぐっ、ゴホッ」
「俺、本気で嶋野の兄弟にナシつけてやろうと思ってたのによ。ノートパソコンのひとつも奪えないんじゃ、やっぱり真島ちゃん、カタギでいたほうがいいんじゃねぇの?」
「聞いてええか?」
「なんだ?」
「この依頼、嶋野の親父からなんか?」
お察しがいいねぇ、と佐川は薄く笑いながら煙草を吹かした。
「だからお前を東城会に戻すチャンスなんだよ」
「そのノートパソコンは一体何なんや?」
「それは言えねぇ……つうか、俺も聞かされてねぇから言いたくても言えねぇな」
誤魔化しているのか、本当に知らないのか、佐川の表情からは読み取れない。
ただ、少なくともノートパソコンに入っているデータが東城会に何らかの関わりがあることだけは探れた。あとはコイツに聞いても意味がなさそうだ。
「俺が夜翔烏の奴から吐かせた情報はさっきアンタに伝えた通り、五人くらいの男がノートパソコン奪っていったっちゅうことだけや。ただ……」
「ただ?」
「そのうちの一人が臙脂色のスーツ着とった言うてたこと思い出したわ」
「臙脂色?」
あまり感情を出さない佐川の表情が曇った。明らかに西谷のことを知っているのは間違いない。
わざとらしさが出ないように、「思い当たるふしでもあるんか?」と尋ねた。
「……ああ、そいつはたぶん、鬼仁会っていうところの西谷って男だ。俺と同じ……近江連合の直参のな」
「近江連合?」
「あいつは他の誰ともつるまねえ、近江ん中の連中ともな。この辺で臙脂色のスーツを着るような派手好きは、アイツしかいない」
佐川は煙草を地面に投げ捨てて靴底で火を消すと、若衆に手の縄を解くよう顎で指示を出す。
きつく縛られていた手首がようやく解放された。縄の痕を消すように手首を揉み、怠くなった腕を振る。垂れ流しになっていた鼻血を親指で拭うと、すでに固まり錆のようになった血が指にこびりついた。
「その話、本当だろうな?」
「嘘ついてもしゃあないやろ」
「……1週間やる。西谷の事務所は蒼天堀通り東の第三並木ビルってのに入ってる。3階だったはずだ」
「アンタなら3日、いや、1日でやれ言うと思っとったわ」
「お前さ、明々後日が何の日か知ってる?」
知らなかったらグランドの支配人失格だよと鼻先でせせら笑う佐川を横目に、クリスマスやろと冷たく言い放つ。
「ノートパソコンも大事だけどよ、グランドでしっかり稼いでもらわねぇとこっちも困るからな。こういうイベントは稼ぎ時だろ?」
「アンタの都合ちゃうんか?」
「まぁ……、俺も忙しくてさぁ。たぶんグランドには顔出せねぇと思うんだけど、そこんとこよろしく頼むよ、真島ちゃん。……神崎ちゃんと、楽しんでる場合じゃないからな」
「言っとる意味がわからん」
「罰を受けてるはずのお前が、グランドの支配人として蒼天堀での生活を楽しんでる。それっておかしいよなぁ?」
ノートパソコンも、神崎ちゃんも、次はねぇよ。
真島ちゃんならそこんとこ、分るよな?
佐川は俺の肩を叩いて、子分と倉庫から出て行った。