黒のアバンドーネ | ナノ


▼ episode-no.11 ≪AM11:50≫ 真島

(俺は何しとるんやろ……)

俺と腕を組んで歩き、嬉しそうに何かを話しているナツメ。それなりに相槌を打ってはいるが、話の内容は右から左へ。そもそも腕を組んでいいとは一言も言ってないのに、調子に乗った女はすぐにくっつきたがる。
こんなことになったのは数日前にナツメから告白されたからだ。佐川の件で忙しい最中、グランドに顔を出した時に呼び止められて。
従業員の一人としか思えないと伝えた。そしたら『一度デートしてくれたら諦める』と。その結果がこれだ……女の涙はズルい。

「支配人! あそこの喫茶店行ってみたかったんですけど、そろそろ何か食べませんか?」
「あぁ、ええで」

ナツメに手を引かれ、雑居ビルの一角にある喫茶店に入った。そこそこ人気があるのか、それとも昼時だからなのかそれなりに賑わっていた。店員に席を案内され、曲木椅子に腰掛けた。

「バタートーストが美味しいらしいですよ、ここ」
「ならナツメちゃんはそれ食べ。俺はコーヒー頼むわ」
「支配人は食べないんですか?」
「コーヒー飲みたい気分やねん」

店員は注文を取って席を離れる。別にコーヒーを飲みたい気分ではないし腹も減っている。飲み物だけを注文したのは、この時間を早く終わらせたいからだ。

「支配人と二人きりで食事できるなんて、本当に嬉しいです」
「…………」

とびきりの笑顔を見せるナツメ。綺麗だと思う。仕事にも一生懸命取り組むし悪い子ではない。でも……

「ひとつ聞いてええか?」
「はい!」
「ナツメちゃん、俺のどこが好きやねん?」
「えっ?! え、えっと……背が高くてカッコいいし、仕事もデキるし、私たちホステスの話もちゃんと聞いてくれて優しいし、面白いし――」
「……そか。すまん、タバコ吸わせてもらうわ」

そんなもん、上っ面だけやないか。
その言葉をタバコの煙として吐き出す。他のホステスに聞いても同じことを言うだろうし、ナツメが言ったことに当てはまる男は幾らでもいる。俺の深い部分は見えていないということだ。ま、そりゃそうだ、俺が見せないようにしてるんだから。

「お待たせいたしました」

店員がテーブルに注文した品を並べる。ナツメはおいしそうと大げさにはしゃぎ、早速サクサクといい音を立てながらトーストを食べる。
香ばしいトーストの匂い。あぁ、腹減った。空腹を満たすためにコーヒーをぐっと流し込んだ。
相変わらずナツメは俺に話しかけてくる。差し支えのない返事をして会話を取り繕っていたが、ナツメがトーストを食べ終え、セットで付いてきたアイスティーが半分程になった頃には、そうしている自分が馬鹿馬鹿しく思えてきた。

「美味かったか?」
「美味しかったですよ〜! 支配人も食べればよかったのに」
「そら良かったな。……なぁ、ナツメちゃん」
「何ですか?」
「虚しくないんか?」

笑っていたナツメの顔は、一瞬にして表情のない能面のような青白い顔になった。

「どうして、ですか?」
「俺は今、ナツメちゃんに申し訳ない気持ちしかないで」
「え……?」
「ホンマに諦める気あるんか? そないに楽しそうな顔されても、俺はナツメちゃんの気持ちに応えられんのやで」
「そう、ですよね、わかってます……。実はちょっと期待してました。少しは好きになってくれるんじゃないかって」

俺は苦笑いをして静かに首を横に振る。残酷だと思うが、この嘘の時間を続けていることのほうがナツメにとって残酷だ。

「すまんな。ナツメちゃんのことは、グランドの大切な仲間としか思えん」
「美流も、同じですか?」
「……どうして今ここでミルちゃんが出てくるんや?」
「支配人、いつも美流と楽しそうに話してるから……。だから、私もこうして一緒に支配人と過ごしたかったんです!」

いとも容易く女の友情は嫉妬に変わってしまうのか。要にナツメはミルちゃんに負けていないという優越感が欲しかっただけだ。

「ほな、ナツメちゃんは自分に気持ちのない男と過ごしたこないな時間で満足するんか?」
「っ……」
「デートっちゅうのは、お互いに楽しめへんと意味ないねん。自分の気持ちに嘘ついてするもんちゃうで」

ナツメの目から涙が零れる。言い過ぎかとも思ったが、下手に優しい言葉をかけて期待されるよりマシだ。

「ナツメちゃんもミルちゃんも大切なグランドの仲間や。ナツメちゃんの気持ちは嬉しく思う。けど、すまんな」
「いえ……、いいんです」

ハンカチで涙を拭いたナツメは、空になった俺のコーヒーカップを見て「私、まだ紅茶残ってるのでもう行ってください」といつもの笑顔で言った。
俺は代金をテーブルに置いて席を立つ。

「ほな」
「支配人」
「?」
「支配人は……美流のこと好きでしょ?」

ナツメは笑っている。しかし、俺を見つめるその瞳は暗く、嫉妬の炎を隠せない。

「ナツメちゃんが勘繰ることちゃう。俺の気持ちは、俺だけのもんや」

捨て台詞を吐いて外に出た。ちょっと……かっこ付け過ぎたか。
晴れていた空はいつからか曇っていて、随分気温も下がった。そろそろ雪が降ってもおかしくない。寒さに我慢できず、ジャケットのポケットに手を突っ込むと硬いものが指に触れた。

「あ? ポケベルか」

ほとんどが裏の仕事に関するメッセージ。ただ、一つだけ違うものがある。

"04510(お仕事) 5110(ファイト)"

ミルちゃんに看病してもらったあの日。グランドに着くと同時に届いたメッセージ。
もし、今ミルちゃんから "11014(会いたい)" なんてメッセージが来たら、俺は……

「どないするんやろな」

ボソリ、と呟いた声は強く吹いた風にさらわれていった。


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