黒のアバンドーネ | ナノ


▼ 21:執着の男

窓の無い部屋では今が朝なのか夜なのかの判断は難しい。
ただ、真島が目覚めた時、ほんの少し点けられた部屋の柔らかな光の中で美流の指が何度も伸びた黒髪を掬っては梳いていた。

「起きてたんか?」
「はい。おはようございます」

美流が恥ずかしながら挨拶のキスをする。
当たり前に自然と行われるようになったその行為は真島に多幸感をもたらした。

「身体、ツラないか?」

大丈夫ですと答えながら、美流はひたすら真島の髪に指を絡めている。
同じように真島も美流の髪に手を伸ばし、その柔らかさを確かめるように指を滑らせた。
ベッドに横たわり、向かい合って陶酔したような表情を浮かべた二人は同じ行為を繰り返す。

「真島さんが髪を下ろしたの、初めて見ました」
「うざったいやろ」
「ううん。……すごく、セクシーです」
「フッ、そうか? 元は短かったんやで」
「どうして伸ばしたんですか?」
「あぁ……、これなぁ」

何も話していなかったと真島は自分の過去を話した。
親の命令に背いた罰として1年間穴倉で拷問を受けていたこと、事故だと言っていた左目もその時に失ったこと、そして今の支配人としての姿があること……。
それを聞いた美流の手が髪から左目へと伸ばされ、そっと傷を撫でる。
既にシャワールームで愛し合った時から眼帯は外していたが、こんな惨い傷跡を見せてしまったと真島は謝った。

「そないにまじまじ見るもんやないで」
「愛おしいです……、全部」

傷に沿って、美流は何度も優しくキスをする。
もう何も感じることが無いはずの瞼は美流の唇の柔らかさと温かさを感じて、このまま瞼を開けば目が見えるのではないかと錯覚するほど心地良かった。

「俺もミルが愛おしい」

美流の柔らかな唇を自分の唇に引き寄せて、言葉では伝えきれない愛を注いだ。
早く何もかも終わらせて美流と一緒に過ごしたい。でも、今こうしている時間を動かしたくない、永遠にこの時間だけが続いてくれれば……。
そんなことを考えながらお互いの唇を貪っていると、ドンドンと乱暴にドアを叩く音と共に「開けるでぇ」と声がして西谷が中に入ってきた。
真島は美流を隠すように布団の中へ潜らせて、しっかり身体を抱き留めた。

「おはよーさん!」
「朝から大声出すなや。ミルが起きてまう」
「はぁ……、ええなぁ真島君は。昨日の夜は美流ちゃんとお楽しみやったんやろぉ?」
「うっさいわ!」
「少しはワシに感謝せぇ。倉庫から "大事なもん" ちゃんと持ってきてやったんやからなぁ」
「あ、あないなもん、別に――」
「使うたやろ?」
「くっ」

時間やで、と手をひらひらと振って西谷は部屋を出て行き、それを確認した美流は不安そうに布団から頭を出して真島を見つめた。

「西谷と出掛けてくる。野暮用や、すぐ戻ってくる。大丈夫や」

前に話していた東城会赤井組のところへ行くのだとすぐにわかり、美流は真島の胸に縋りついた。
"大丈夫" という言葉があまりに脆く不確実なもので、それを信じることは容易いことではない。

「そんな顔すんなや。……大事なもん、まだ仰山残っとるからなぁ、使い切らんうちは死ねんわ」
「大事な物って?」
「ん? それはな……ミルちゃんとエッチする時に使てるアレや」

美流の耳元で悪戯っぽく笑いながら囁いた真島は、顔を赤くしている美流の頭を一撫でして身支度を整えると、買い物にでも行くような軽い口調で行ってくると告げて部屋を後にした。





真島のことで頭が一杯な美流がデータを開くパスワードなど思い浮かぶはずもなく、食事をとる以外はただノートパソコンと向き合っている。
何かヒントになればとナツメがいろいろ過去の思い出を話してくれて、それに関連するような数字やワードを入力してミルが、画面に表示されるのは『error』の文字だけだ。

「美流、大丈夫?」
「うん。それよりナツメ、今何時?」
「えっと、もうすぐ17時になるところ」
「そう……」
「ねえ、ちょっと気分転換に上のバーに行かない? 17時からオープンのはずだから。ノンアルコールカクテルもあるって」

昨日西谷と一緒に飲んで美味しかったからとナツメは美流の手を引いて狭い階段を上る。
扉を開けたナツメが「また来ちゃった」とマスターに声を掛けたと同時に悲鳴を上げた。

「先にやらせてもらってるよ。うめぇな、ここのスコッチは」

荒れた店内には、世良が見張りと世話役として置いていた部下と、佐川の部下と思われる数名が血を流して倒れている。そしてマスターも無残に頭を撃ち抜かれていた。
咽せ返るような血の匂いの中、バーカウンターで一人グラスを傾けている男。

「さ、佐川……」
「俺の名前覚えてくれたの? 嬉しいねぇ。さ、座れよ。そっちのネエちゃんも一杯やろうぜ」

恐怖で身体が硬直してしまい動けずにいると、佐川は拳銃を取り出し隣に座るよう指示をして、二人は佐川を挟むように座った。

「さぁ、再会の乾杯しようぜ、神崎ちゃん」
「どうして、ここが」
「どうしてって、そりゃあ神崎ちゃんに会いたかったからだよ」

ヘヘ、と冷笑を浮かべて無理矢理美流のグラスとナツメのグラスに自らのグラスを合わせると、佐川は嬉しそうに琥珀色の液体を喉に通す。

「それでパスワード、わかったの?」
「…………」
「簡単にはわからないか。まぁ、俺が思い出させてやるよ」
「触らないで!」
「案外神崎ちゃんは気が強いんだなぁ、嫌いじゃないぜ。それより、今お前たちの傍に真島ちゃんも西谷もいないってことはどこか行ってるんだろ? 馬鹿だよなぁ、女とパソコン残して出掛けるなんてよ。どうぞ持って行ってくださいって言ってるようなもんだよなぁ」

今日、真島と西谷が赤井組に乗り込むことをどこからか仕入れたのだろう。もしくは騒動を聞きつけてやってきたのかもしれない。
美流は佐川に握られた手を振り解こうとしたが、その力は指の圧痕が付くのではないかと思うほど強かった。

「さぁ、行くか。俺も忙しいんだ。あぁ、それと……真島ちゃん、返してもらうから」
「どういう意味ですか?」
「そりゃあ俺はキャバレーグランドのオーナーだよ? 支配人とピアニストに逃避行されちゃあこっちも困るんだよ」

あいつには稼いでもらわなきゃならねぇんだ、と佐川はグラスに残った液体をゴクリとすべて飲み干して、それに、と続けた。

「俺の許可なく蒼天堀を出た……、お仕置きしなきゃならねぇからな」
「真島さんはあなたのモノじゃない!」
「ハハハ、そりゃそうだ。わかってるさ、そんなこと。ただ、俺は真島ちゃんの指導係を仰せつかってるんだ。言うことを聞かない悪い犬には躾が必要だろ?」
「真島さんを……解放してください」
「神崎ちゃん」

美流の名前を呼んだ佐川は、ナツメの首を腕で締めるようにして拳銃をこめかみに当てた。

「ひっ」
「真島ちゃんを悪い犬にしたのは神崎ちゃん、アンタだ」
「ナツメを放して!」
「大人しく俺と一緒に来るなら放してやるよ。真島ちゃん付で」
「っ!」

美流がナツメに向けられている拳銃に飛びつこうとした時、扉が開く音がしたかと思うとパンッと乾いた音がした。
美流の顔に生ぬるい飛沫が飛び散り、目の前の人が椅子から崩れ落ちた。

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