黒のアバンドーネ | ナノ


▼ 19:追いかけ、追いかけられ

美流は目を覚ました。
何も見えない朝だが、すぐ傍にある息づかいと体温を感じてそっと声を掛ける。

「真島さん」
「おはようさん」
「お部屋に戻らなかったんですか?」
「ミルちゃん、まずは朝のご挨拶が先や」

真島の指が美流の前髪を掬い、露になった額に少し長めのキスを落とした。
唇が離れる時にチュッと名残惜しそうなリップ音が響いて、美流は自分の顔が紅くなっていくのを感じながら、言われたとおり挨拶をする。

「お、おはようございます」
「何度目やろな、おはようのキス。早よう毎日したいな」

美流の背中に回されていた腕に力が入って身体を抱き寄せられると、恥ずかしさの中にトクトクと聞える真島の心音。
それに心地よさを覚えながら、美流と真島は布団の中で話し出す。

「さっきの、話」
「部屋に戻らんかったんか? ってやつか?」
「そうです」
「それがなぁ〜看護士のヤツが来て『何しとんのや!』言われて、しゃあないから戻ろうとしたんや。そしたらな、ミルちゃん眠っとるはずなのに俺の服ずっと握っとってなぁ〜!」
「やっぱり看護士さんに怒られたんですね……」
「ぐっすり寝とるミルちゃん起こせへんやろぉ? せやからちゃんと看護士からのお許しはもろたで」

おかげで俺もぐっすり寝れたわ、と真島は美流の頭を撫でた。
包帯をしているせいで真島の顔を見ることはできないが、きっと優しい顔で見つめてくれているのだろうと思うと、美流は自然と口元が緩んだ。

「おなかの傷は痛くないですか?」
「こんなもん、ツバ付けとけば治るで。ミルちゃんは目ぇ、痛むんか?」
「私も大丈夫です。……早く真島さんの顔が見たいです」
「っ……、俺もや。包帯取れたらたーっぷり見つめたるからな」
「そ、それは困ります!」

クスクスと二人の笑い声がベッドの中に広がる。
こんな日が毎日続けばいいのにと美流は真島の身体にぎゅっと抱き着いた。
その後、朝食を運んできた看護士に再び怒られた真島は、渋々自分の病室へと戻って行った。





診察室。
美流の包帯とガーゼが外され、目に張り付いて固まった目ヤニや薬を水に浸したガーゼで拭き取ってもらうとスースーと風を感じた。

「眩しいと思いますから、少しずつ目を開けてください」
「はい」

少しずつ瞼を持ち上げると、ぼんやりと視界が開けてくる。
すると、今まで生きていた世界はこんなに明るかったのかと思うくらいの光が目に飛び込んできた。
何度か瞬きを繰り返し、辺りをゆっくり見渡して正面にいる医者の顔を見た。
年老いた白髪の男性だった。

「見え方に異常はありませんか?」
「大丈夫だと思います」
「では指を見て。これは何本ですか?」
「3本です」
「これは?」
「1本です」
「ふむ、大丈夫そうですね。腫れもだいぶ落ち着いてますから、瞼の炎症を抑える塗り薬でもう十分でしょう。初期対応が良かったんでしょうね」

意識を失っている間、手当てをしてくれたのはナツメだと聞いた。
そのナツメや西谷、そして真島は待合室で美流が戻ってくるのを待っている。
車を運転していた鬼仁会の数名の組員も含め、昨日は全員空き室に泊らせてもらったらしい。
いろいろとそういう事情を酌んでくれる病院なのだろう。

「はい、もういいですよ」
「ありがとうございました」

立ち上がって診察室を出ようとドアノブに手を掛けた時、外から大きな声が聞こえてきた。

「お前ら、何者や?!」

真島の声だった。
慌てて美流が診察室を出ると、拳銃を突きつけた男4〜5人が真島たちを取り囲むように立っていてお互い睨み合っている。

「美流!」
「ナツメ!」

診察室から出てきた美流に気づいたナツメは、美流の手を引くと真島と西谷の後ろに隠れるよう姿勢を低くした。

「大人しくその女性を引き渡せば何もしない」

そう言う男は白いスーツを着ていた。

「お前は誰や?」
「名乗る必要はないだろう」
「あ! アンタひょっとしてぇ!」

警戒している真島をよそに、西谷は素っ頓狂な声を上げると白いスーツの男を指さした。

「日侠連総裁の世良勝さんやないか?」
「なんやて?!」
「……ほう、俺の名前を知っているのか。なぜ調べていた?」
「なぜってそんなん聞かんでもわかりますやろ。アンタだってワシらのこと調べてここに来たんちゃいますかぁ?」
「なら話は早い。その女性を渡せ」

この人が父親と一緒に働いていた人……。
美流はまじまじと世良を見た。すると世良と目が合い、世良もまた美流をじっと見つめ、軽く頭を下げた。

「上月美流さん、ですね」

父親の姓で呼ばれた美流は一人世良のほうへと歩み寄った。

「そうです、上月巧の娘です。お願いですから銃を下ろしてください。この人たちは私を守ってくれたんです。それにここは病院ですから」
「……」

世良は少し間を置いた後、銃を下ろして無言で頷くと、美流たちを取り囲んでいた男たちは銃を下ろした。

「今、大阪はとんでもないことになっている。近江連合がお前たちを血眼で探している。特に佐川組の佐川がな」
「そりゃそうや、ワシの組員にハジかれたんやからなぁ」
「なぜ撃った?」
「ミルを守るためや」

真島は美流の隣に行くと、肩を優しく抱いて自分のほうへと引き寄せた。

「わざわざアンタがここに足運ぶっちゅうことは、そろそろ時間切れかいな」
「そうだ。もうすぐ近江連合がここにやってくる。無駄な血を流したくなかったらさっさと渡せ!」
「世良の総裁さんよぉ〜、ここは仲良く情報交換しましょうやぁ。ワシらもアンタに伝えたいこと仰山あるんやで。アンタのトコでゆっくり話させてもらえまへんか?」
「それは無理だ。俺の目的はその女性を渡してもらうだけだ。仲良く話す気はない」

再び世良が美流たちに銃口を向けると、他の男たちも一斉に拳銃を構えた。

「私、あなたのところに行ってもいいです」
「ミル!」
「ただ条件があります。私は父が亡くなり天涯孤独です。その中で出会ったこの人たちはかけがえのない大切な人です。だからみんな一緒に連れて行ってください。お願いします」

美流が深々と頭を下げると世良は大きく溜息をついて銃を下ろした。

「……わかった。しかし椿園に向かうのは危険すぎてもう無理だ。ついてこい、俺の部下を一人ずつお前らの車に同乗させる。いいな?」

美流たちは自分の荷物を手に取り、逃げるように病院を去った。
佐川率いる近江連合が病院にやってきたのは、そのわずか20分後のことだった。

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