黒のアバンドーネ | ナノ


▼ 18:見えない世界の中で

ズキン、と頭全体に広がる鈍痛と共に美流は意識を取り戻した。どうやらベッドに寝かされているようだ。目を開けようにも開けられず、ジンジンと痛んで熱を持っている。反射的に手をやると、軟膏でも塗ってあるのかガーゼが当てられ丁寧に包帯が巻かれていた。
置かれている状況が全くわからず上半身を起こして周囲を探ってみる。
シン、と静まり返っている部屋。恐る恐る手を前に伸ばしてみるが空気をかくだけで何も触れるものはない。ここには誰もいないのか? 右手を横に伸ばした時、ガチャリとドアの開く音がして、美流はその場から逃れるように足掻いて背後の壁に思い切りぶつかった。

「っ!?」

相手も驚いたのか、ビニール袋のような物を床に落とした音がした後、どこかへ走り去ってしまった。足音はヒールで女の人だということはわかったが、それ以上両目の塞がった美流に情報はなく不安だけが募っていく。何より頭の中は真島のことでいっぱいだった。
あれからどうなったのか? 無事でいてくれているのか?
身動きが取れずに途方に暮れていると、こちらに走ってくる複数人の足音が聞こえて勢いよく扉が開かれた。

「美流ちゃん、目ぇ覚ましたか! ワシやでぇ、わかるか?」
「……西谷さん?」
「神崎さん、看護士の牧と言います。体調はいかがですか?」
「ここは病院ですか?」
「そうです。あなたは頭と目を負傷していて――」
「真島さんは? 真島さんはどうなったんですか?」
「今、別室で休んでもらっています。安心してください」

看護士は美流を落ち着かせてから、体温や脈を確認して今の状態を説明した。
目は催涙弾の影響によるもので、目を擦ってしまった為に炎症が起こり、現在軟膏を塗って処置しているが視力に影響はない。
頭は佐川に殴られたことによる打撲、そして脳震盪を起こして意識を失ってしまったらしいがこちらも脳に異常はないということだった


「西谷さんは大丈夫だったんですか?」
「ワシはこんなモンでやられるほど軟弱者やないでぇ」
「こんなことになってしまって、申し訳ありません。私が楽譜を取りに行きたいなんて言ったから……」
「全員無事やったんやから結果オーライやぁ! まだ失敗したわけやあらへんし気にすることないで」
「でも、どうしてあの場所がわかったんですか?」
「それはな、……ホレ、いい加減声出したらどや!」

西谷に促され、ぎこちなく美流に近づいてくる足音はさっき走り去って行ったヒールの音。

「……美流」

それは紛れもないナツメの声。何かを話そうとしているようだったが、息は震えて言葉は嗚咽にしかならないようだった。

「どうして、ナツメがここに……」
「命の恩人やで。ナツメちゃんがおらんかったら、ワシら間に合わんかったわ。詳しいことは……ナツメちゃんが落ち着いたらやな。それにもう一人、美流ちゃんに会わせろオッサンがおるで呼んでくるわ。喧しくてしゃあない」

「寂しくなったらワシを呼んでな!」と西谷はナツメを連れて部屋を出て行った。
去り際、ナツメが泣きながら「ごめんね」と美流に声をかけた。美流は大きく頷いたが、一体どうしてナツメが命の恩人なのか全くわからなかった。
ただ、今こうして命があるのはナツメと西谷のおかげ、そして命懸けで守ってくれた恋人のおかげ。
あの時の状況を整理していると、遠くからゆっくり美流の部屋に向かって廊下を歩いてくる足音が聞こえてきた。その足音はドアの前まで来ると、一旦立ち止まり、一呼吸間を置いてからドアを開けて入ってきた。

「真島、さん?……っ!」

ハッと息を呑む音が聞こえ、勢いよく駆け寄ってきたかと思うと同時に息苦しく感じるほど強く抱き締められた。消毒薬の匂いに交じる、いつもの煙草と香水と好きな人の香り。

「すまん、ミルちゃん」
「どうして謝るんですか?」
「……俺、お前を守ってやれんかった。こんな怪我させてしもて。しかも、ミルちゃんに拳銃なんか撃たせてしもた……こないに綺麗な手やのに、俺は……」

必死に堪えているようだったが美流には真島が泣いているのがわかった。美流は手を伸ばして真島の顔に触れると、輪郭を確かめるようにゆっくりと指を滑らせる。そして濡れている瞳をそっとなぞった。

「ここにいるのは本当に真島さんですか?」
「なんで、そないなこと……」
「見えないから……、ここにいるのが私が助けた愛おしい人だって確かめたいんです」

真島の返事を待たずに美流の手がひとつひとつ真島を確かめる。
髪を触り、ひとつに結ばれた髪の束に指を潜り込ませて。眼帯の紐を指で辿り、凛々しい眉から左目に当てられた眼帯をそっと撫でて、耳を優しく人差し指と中指で挟む。頬に指を這わせ、辿り着いた鼻筋に沿って人差し指を上から下へ。生えかけた髭の感触を確認して、乾いた唇を左から右に指先でなぞった。

「ミル」
「真島さん」
「もっとしっかり、確認してもらわんと……」

二人はどちらからともなく唇をあわせた。生きていることを感じたくて、何度も何度も。
真島は美流をベッドに押し倒して深く口づけて、酸素が尽きるまで唇と舌先でお互いを感じ合った。

「ん……」
「っ……、俺やって、わかったか?」
「はい……。真島さん、無事で良かった」
「お前のおかげや」
「私だけじゃないです。西谷さんと、ナツメも」
「せやな。ミルちゃん、ナツメちゃんとは話せたんか?」
「ナツメ、ずっと泣いてて……真島さんは?」
「話した。ナツメちゃん、全部わかってくれとる。せやからもう大丈夫やで」

真島は美流の頭を優しく撫でると、寒くなってきたからと狭いベッドの中に潜り込んで美流を連れ込んだ。

「ちょ、真島さん! ここ病院ですよ!」
「せやで、俺ら病人や。お休みタイムやで」
「それなら自分の部屋に戻らないと……っ」
「ミルちゃんは俺に抱き締められるとなんも言えなくなるんやな」
「それは、だって……」
「一人やと寂しいやろ? それにこうして好きなもん同士で抱き合ったりキスしたりすると、癒しのパワーが3倍になるんやて」
「怒られちゃいます」
「怒られてもええ! 俺は今、ミルとこうしていたいんや」

1分、1秒先がどうなるかなんてわからない。今あるこの愛しい時間を腕の中に閉じ込めたくて、真島は再び美流を強く抱き締めて瞳を閉じた。

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