黒のアバンドーネ | ナノ


▼ 16:夢と現実の狭間

朝、美流が目覚めるとスツールの上にクリスマス、床には真島と抱き合った余韻が残っていた。

「おはようさん」
「お……、おはよう、ございます」

先に起きていた真島が真っ赤になった美流に笑いながらおはようのキスをする。

「身体、ツラないか?」

はにかみながら頷く美流の頭に真島は再びキスをして、二人は夢から現実に戻る準備をする。
ワイシャツの袖に手を通しながら、真島は美流に声を掛けた。

「ほんまは聞かんほうがええのかもしれんけど……、ミルちゃん、彼氏おったんか?」
「……気になりますか?」
「そら気になるやろ。……初めてやないようやったし」

ストッキングをするりと足に通し、美流は真島に聞こえないくらいの小さな溜め息をついて「彼氏みたいな人はいました」と答えた。

「みたいなっちゅうのは?」
「ジャズバーで働き出してすぐに声を掛けられたんです。店の常連さんでした」
「彼氏ちゃうんか?」
「私、ほとんど恋愛経験がなくて。好きっていう感情がよくわからなかったんです。告白されて、ズルズル引きずられるように……」

服を着終わった美流は、スツールの上にあるグラスや空になった容器を片付けながら淡々と話す。

「なんで別れたん?」
「身体目的だったみたいで。私じゃ物足りなくなって次の人へ……」
「遊ばれたんか!」
「言われたことを言われたように、従順に熟すのが好きってことなんだと思ってました。……全然違いましたけどね」

その言葉に被せるように、美流はグシャリとプラスチックの容器を握り潰してビニール袋の中に投げ捨てた。
ふと真島の脳に『神崎ちゃんと、楽しんでる場合じゃないからな』と佐川の声が甦り、淡々とゴミを片付けている美流を背後から抱き締めた。

「俺は、遊びなんかとちゃうで!」
「真島さん……」
「心から惚れた女抱いたんは、ミルちゃんが初めてや」
「私も、本当に好きな人と抱き合ったのは、真島さんが初めてです」
「俺は本気やからな。ミルちゃんは俺の女や」

真島は美流の振り向かせて深く口付けた。





クリスマスは終わり、蒼天堀の街並みは正月へと早変わりした。帰省する人たちが大きなキャリケースや荷物を持って行き来する姿が目立つ。
グランドに年末年始はない。相変わらず多くの客で賑わっていたが、真島の姿はなかった。そしてあの日以来、ナツメも無断欠勤を続けていて、グランドには姿を見せていない。
あんなことがあったのだから仕方ないと思う一方で、真島と男女の関係になり、美流は顔を合わせず済むことに正直ホッとしているところもある。どうしているか心配だが、連絡していいものなのかわからずにいた。
勤務を終え、いつものように倉庫に帰ってきた。美流は鍵の無いドアノブを回してドアを開け、今日も律儀に「ただいま」と挨拶をした。

「おかえりぃ〜!」
「っ!」

返ってくるはずのない返事に美流は後退りした。しかもその声は自分の首に舌を這わせようとしたあの男の声……。ソファに目をやれば、どっしり腰掛けた臙脂色のスーツを着た男がいた。

「西谷っ! ミルちゃんビビっとるやろがっ! すまんなミルちゃん。驚かせてしもて」

呆然と立ち尽くす美流に真島が駆け寄って肩を抱いた。

「あぁ?! 真島君、美流ちゃんといつの間にそないなことになっとんの? ズルいわぁ〜、ワシかて美流ちゃんのファンやでぇ〜!」
「うっさいわ! 少し黙っとれ!」
「真島さん、あの……、これってどういうことですか?」

美流が真島の顔を見上げると、口の端に殴られたような痕があった。西谷もよく見ると左目が腫れていて、二人が殴り合ったのだと察しがついた。

「真島君な、一人でワシの事務所にカチコミに来たんや。組員全員やられてしもてなぁ〜、この際腹割って喧嘩しよや言うて思い切り殴り合うたんや。いやぁ〜真島君はホンマ、ゴッツい男やで!」
「ミルちゃん、西谷はもう敵やない。コイツ、東城会の依頼主裏切ったんや」
「で、でも……」
「美流ちゃん、今ここでワシら手ぇ組まんとワシは東城会、真島君と美流ちゃんは佐川組に消される運命やで」
「一体何が起こっとるんか西谷から全部聞いた。もうこれ以上引き延ばすのは無理や。佐川裏切らんとミルちゃん守れへん」

真島が美流をソファに座らせると、西谷ががんこ寿司で買ってきたという寿司セットをスツールの上に置いた。

「腹減っとるやろ? 食べ」
「……」
「ひ、ひょっとして、この前のこと怒っとる? すまんてぇ〜! あれは真島君と喧嘩しとうて――」
「……父のこと、話してくれますか?」
「もちろんや! それ話さんと先進まんで。ささ、遠慮せんで食べぇや! 真島君もどや? なんかワシも腹減ってきたわ。早よ食わんと無くなるで」

"昨日の友は今日の敵" と "昨日の敵は今日の友" の意味合いはどちらも同じで、人の心や運命は移ろいやすくて当てにならないということ。
前者はナツメ、後者は西谷。美流は複雑な気持ちでイクラの軍艦を頬張った。





寿司がすべて無くなり一息ついた頃。

「そろそろ、ええ頃合いか?」
「……お願いします」

美流の父親は東城会の直系団体である日侠連という組織に属していた。そこに東城会から匿名で近江連合と武器売買を行う裏切り者がいるとの内部通告を受け、その調査にあたっていたのが美流の父親だった。
このノートパソコンにはその武器売買に関するデータが入っているものと思われ、父親が亡くなったのはこのデータを狙われたのが原因だった。

「佐川が嶋野の親父から依頼された言うとった」
「東城会の裏切りモンは嶋野のオッサンや。ヘタに動くと東城会に勘付かれる、せやから兄弟分の佐川を動かして、このデータ消そうとしたんや。ただ、佐川は自分の手ぇ汚したない。本部の人間と話して、武器売買で直接やり取りしとった夜翔烏にノートパソコンの件を依頼したんやろ。アイツらならそんくらいの仕事は簡単やで」

目論見通り、密売組織の夜翔烏は美流の父親からノートパソコンを奪うことに成功した。

「どうして夜翔烏はノートパソコンを渡さなかったんですか?」
「ミルちゃん、少し辛いこと話すで。ジャズバーのマスターと奥さん殺ったんは夜翔烏や」

ここからは推測というていで西谷が話を進める。
本来ならノートパソコンを手に入れた時点で莫大な報酬が手に入るはずだが、夜翔烏はパソコンをチェックしてパスワードが掛かっていることを知った。パスワードが無ければパソコンは開けない。夜翔烏はパスワードを多額な金で売ろうと近江連合を揺すった。

「じゃ、じゃあ、マスターと奥さんが殺されたのは……」
「美流ちゃんの居場所を吐かせる為や。上月を殺ってパスワードが分からん以上、それを得られそうな情報を探っとったんやろ。そこに出てきたのが美流ちゃんや。家族なら組の人間が知らんようなことも知っとるやろうからな」
「夜翔烏がミルちゃんに辿り着く前に、俺が潰したっちゅうことやな」
「そしてワシの依頼主は東城会堂島組系赤井組や。武器売買に気づいた赤井は、嶋野のオッサンの裏切り行為に付け込んで、直系にのし上がろうとしとるんや」

美流の頭も心も破裂しそうだった。やはり自分は死神だった。マスターと奥さんが殺された原因は自分のせい。そして目の前にいる二人もまた命の危険に晒されているのだと……。

「ミルちゃん、大丈夫か?」
「真島さん、私、パスワードなんて知らない……」
「そんなもん知らへんのは当然や。心配せんでええ」
「水面下で日侠連の奴らも動いとるらしい。ワシらが生き延びる方法は一つ。日侠連にこのノートパソコン返して、赤井組ぶっ潰すことや。佐川組は日侠連が潰すやろ。自分とこの人間殺されたんやからな」

日侠連は大阪の椿園にある。真島が蒼天堀から出るということは、佐川を裏切るということだ。西谷はその手助けをすると言っている。

「佐川に捕まったら終いや。ミルちゃんもただでは済まん。俺のこと、信じてくれるか?」
「信じる。信じるから……死なないで」
「死ぬワケないやろ! 大丈夫や。ミルちゃん置いて一人で逝かれへん」
「美流ちゃん、ワシもおるでぇぇぇぇぇ!」

作戦は、明日の夜に決行されることになった。

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