黒のアバンドーネ | ナノ


▼ 04:天使の微笑みをもつ死神

真島の目の前を酔ったサラリーマンや派手なボディコンで粧し込んだ女たちが通り過ぎていく。
ほとんどが自宅とグランドを行き来するだけの毎日。グランドで働くホステスを食事に連れて行くこともあるが、あくまでもそれは仕事の延長上で、仕事に関わることの情報収集や彼女たちのご機嫌取りでしかない。
美流との食事もそれと同じではあるのだが、他の女たちとは何かが違う。
それが何なのか漠然と考えていると、着替えを終えた美流がやってきた。

「お待たせしました」
「俺も今来たとこや。ほな行こか。美流ちゃん腹ペコやもんなぁ、何か食べたいもんあるか?」

眩いネオンの街中を二人で首を左右に振りながらどの店がいいかと吟味する。
支配人として安い店には連れていけないと考えていた真島だったが、美流は手軽な店に行きたいと譲らない。

「美流ちゃん、そないな店いつでも行けるで。せっかくの歓迎会やのに」
「立派なお店だと緊張してかしこまっちゃうかなと思って……ダメですか?」
「俺はかまへんけど、ホンマに居酒屋でええんか?」
「はい!」

美流に押し切られる形で午前2時までやっている居酒屋で食事をすることになった。もうすぐ日付が変わる時刻だが、店内はまだ多くの客で賑わっている。二人は席に着くと早速メニューを見せ合いながら好きな物を幾つか注文した。

「もうこんな時間なのにまだたくさん人がいるんですね」
「蒼天堀はいつでも人がぎょうさんおるで」
「私がいた所とは大違いです。札幌の月見野だったら賑やかですけどね」

そういえば美流が北海道のどこで仕事をしていたのかは聞いていなかった。真島が質問しようとしたところで飲み物がやってきたので、まずは乾杯をすることに。

「美流ちゃん、これからよろしゅう頼むで」
「こちらこそよろしくお願いします」

お互いのグラスを軽く合わせて真島はビール、美流はウーロン茶で喉を潤す。
なぜこんなにも仕事後のビールは美味いのか。
いつもはそんなことを考えもせずにヤケ酒状態で飲んでいる真島だが、今日に限っては目の前でウーロン茶を美味しそうに飲んでいる美流がいる。その幸せそうな顔を見たら、気の抜けたビールでさえも美味しく感じそうな気がした。

「美流ちゃん、酒は飲めへんのか?」
「……いえ、空きっ腹にアルコールを入れちゃうとすぐに酔ってしまうので、最初はウーロン茶で」
「そか、今日は美流ちゃんの歓迎会なんやから腹いっぱい食べて飲んでや」
「はい! あ、食べ物も来ましたよ!」

串盛り合わせ、厚焼き玉子、牛すじ煮込み、刺身盛り合わせなど次から次へとテーブルに運ばれる。
余程腹が空いていたのか、美流は見ていて気持ちがいいくらいの食べっぷりで、何を食べても「美味しい」を連発している。その姿に思わず真島の口元が緩んだ。

「さぁて、俺も食うでぇ! お、この刺身美味いなぁ! 美流ちゃん、食うたか?」

最初は食べ物の感想から始まった会話がある程度二人の食欲が満たされてくると少しずつ内容が深いものへと変わっていく。
真島は聞きそびれた美流の職場について聞いてみた。

「美流ちゃんの前の職場、札幌ちゃうんよな?」
「はい。札幌よりずっと右のほうにある所です。地名を言ってもわからないような田舎ですけど、自然が豊かで星もきれいで楽しかったです、とても」
「仕事、残念やったな。クビになった理由は聞かんかったんか?」
「もちろん聞きました。その時……オーナー泣いてたんです。経営が苦しかったみたいで、本当はもっと前からそのことを考えてたのかもしれません。優しい方だったので、ギリギリまで私を雇ってくださってたんだと思います」
「せやったんか。なんだか他人事には思えんわ」
「支配人は立派にグランドを経営されてるじゃないですか。凄いです! こんな大きなお店で働けるなんて今でも信じられません」

真島は「そんなことないで」と笑いながら、気づかれないようにそっと溜め息をついた。
凄いとか羨ましいとか、そんな言葉に真島はつくづく嫌気が差していた。
自分が元極道でグランドはシノギのひとつであること、極道に戻るために何の楽しみもなく必死に生活していること、組の監視下に置かれ不自由な身であること……。
誰しも知らなくて当然で知られてはいけないことだが、そういった言葉が幾度となく吐かれ、その度にそれらがグサリと心に刺さって痛むのだ。

「支配人?」
「あぁ、すまんな。今食うた唐揚げ、めちゃめちゃ美味くて無心で味わっとった。そういや美流ちゃん、蒼天堀にはもう慣れたんか?」
「それが全然……。家に帰るのも道を間違えちゃって。小さい頃に一度だけ父と来たことがあるんですけど、全く覚えてないんです」
「そうなんか」
「……ナツメから、聞いてますよね? 支配人に私のことを頼み込むのにいろいろ話しちゃったって言ってたから」
「ああ、聞いたで」

そうですか、と美流は瞳に悲しげな影を映して微笑んだ。
少しの間沈黙の時が流れ、気にしていなかった店内のテレビが強制的に耳へニュースを届ける。

『先日起きた北海道鶴ノ村での殺人事件で、警察は犯人の足取りを追っていますが、未だ犯人は逃走中で事件解決には至っておりません』

「北海道やて。美流ちゃん、鶴ノ村て知っとる?」

真島が何気無くニュースの話題を美流に振ると、悲しみの色を濃くした瞳で真島を見つめた美流が沈黙を破った。

「知ってます。だって、ニュースで言ってた殺された人は……ジャズ喫茶のマスターと奥さんですから。鶴ノ村は私が勤めていた所です」
「な、っ……」

真島は返す言葉を必死に探したが見つからなかった。
その間に美流がそっと呟く。

「支配人、私、死神なんです」

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