黒のアバンドーネ | ナノ


▼ 03:無意識の意識

面接を終えて3日後、美流の勤務が始まった。
ハイネックのリボン付きブラウス、膝丈のフレアスカート、ハイヒールは全て白で統一されている。目立つ服装ではないが、今まで男性のみで構成されていたバンドに美流が入ったことで、一際客の目を引いていた。

「支配人! あのピアニストの子、いつ入ったんや? 名前は?」
「神崎と申します。本日から当店の専属ピアニストとして演奏させていただいております」
「今日からか! エラい上手やなぁ〜。スタイルもええし何よりべっぴんさんや! もっと近くで見たいわぁ。ここに呼んでくれんか?」
「お客様、神崎はホステスではございませんので、大変申し訳ございませんがそちらの対応は致しかねます」
「なんやケチくさいなぁ。そんならコレ、彼女に渡したって。就職祝いや」

酔った客が真島に札束を差し出すと、隣で接客していたホステスが私も欲しいと猫撫で声を出している。その様子にうんざりしつつ、真島は頭を下げてお金を受け取るとその場を後にした。

「おい、そこの席に座っとるオッサンから目ぇ離すな。美流ちゃんに迷惑掛けるかもしれん。彼女初日やのに嫌な思いさせたないからな」
「わかりました」

真島は近くにいたボーイに指示をして、自らもホールを巡回する回数を増やして様子を伺った。
その客は一曲終わるたびに美流へ激しいラブコールを送っていたものの、大きな騒ぎを起こすことなくグランドは閉店時間を迎えた。

「美流ちゃん、お疲れさん」

久しぶりの疲労感と達成感を噛みしめながら美流がクロスでピアノを拭いていると、そこへ真島がやってきた。

「支配人! お疲れ様です。演奏……どうでしたか?」
「最高やったで! さっそく美流ちゃんのファンになった客もおったわ」

それで、と真島は客から受け取った金をタキシードの内ポケットから取り出して美流に差し出した。

「これは……」
「そのファンから美流ちゃんにて」

いつも真島が接している女たちなら歓声を上げて欲のままに喜んでお金を受け取っただろうが、美流は受け取れないと困惑の表情を浮かべて首を横に振った。

「素直に受け取ったらええんやで」
「こんな大金受け取れません。それに私だけにっていうのもちょっと……」

バンドの一員として演奏している以上、個人的にそういう類のものを貰ってしまうと後々面倒なことになるし、緊張でガチガチになっていたのに素晴らしい演奏だと言われても美流にはそれが納得できなかった。
本当にいらないのかと真島に訊かれ、美流は大きく頷き差し出された金をそっと押し返した。

「ここにおる女とは大違いやな」
「え?」
「いや、何でもあらへん。ほな、この金でこれから飯食いに行かんか? それなら美流ちゃんは受け取ってへんし、俺もネコババしてへんことになるやろ?」

歓迎会も兼ねてどうや? と真島が食事に誘うと、美流ははにかみながらお腹がぺこぺこなんですと笑った。緊張で休憩時間に食事が全くとれなかったらしい。
バンドメンバーには前日に歓迎会を開いてもらったばかり、親友のナツメはシフトが休みで今日は出勤していない為、二人で食事に行くことになった。

「支配人のご迷惑にならないですか?」
「そないなことあるわけないやろ。美流ちゃんの話、いろいろ聞かせてな」
「じゃあ、急いで着替えてきます。支配人のことも聞かせてくださいね」

スカートを翻して控え室に向かう美流の背中を見送ってから、真島は首を絞めていた蝶ネクタイをむしり取った。シャツのボタンを緩めて胸元を開き、店の外に出て煙草を吹かす。

「どこの店がええかのう」

もうすぐ美流がやってくる。
見慣れた蒼天堀の街並みが新鮮に見えた。

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