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映し身の洞窟。真っすぐに切り立った岩の表面が鏡のごとく人やポケモンを映す。

「すげー……」
「うん、本当にすごいね」

洞窟へ入ってすぐ目に入るのは、タウンマップに書いてあったとおりの切り立った岩肌。ただの岩肌ではなく、氷でできているかのように透明でとても綺麗だった。岩と岩の隙間からわずかな光が差し込んでいるのもまた幻想的で美しく見える。

「この階には何人かトレーナーがいるようだね。でもこの暗さなら、フードを被っていれば大丈夫かな」

そういいながら、リヒトが深くフードを被る。
──今、俺のベルトにはボールはひとつもついていない。つまりリヒトと二人きりというわけだ。
いつもなら街を歩く間、リヒトは姿を現すことはない。だからこうして並んで歩くのは久しぶりのことだった。

「アヤト、なんだか嬉しそうだね」
「ん?ああ……なんか、こうして並んで歩いているとリヒトと一緒に旅をしてるなあって改めて実感できてるから嬉しいのかも」
「いつもは隠れながら別行動してるからね。……実はおれも今、すごく嬉しいしワクワクしてる。いっそのこと今ある道が全部洞窟にでもなってくれたら、いつも並んで歩けるのになあ」

街中洞窟だらけになればいいと思っているのか……?それには少し賛同できずに唸りながらなんと答えようか考えていると、リヒトが「冗談だよ」と言いながら小さく笑っていた。

──映し身の洞窟はとても広く、また複雑な構造をしている。しかも俺の目当ては、いるかどうかも分からないメガシンカをするヤミラミだ。
それでもイオナのおかげで、洞窟内でもヤミラミが生息していそうな場所を特定できているから足取りは軽い。暗く、しかし美しい静かな洞窟をリヒトと一緒にどんどん進んでいく。
長期間ここに滞在することを想定しての大荷物は、リヒトが軽々と背負っていた。……いや、俺だってあれぐらい余裕で背負えるけど。リヒトがどうしても持ちたいっていうから譲ってやったんだ。決して、俺がリヒトより力が無いとかそういう話ではない。断じて違う。

「……ああ、そっちは行き止まりだよ」
「そうですか。ありがとうございます」
「暗いから気を付けて」

トレーナーとすれ違う度、少し緊張してしまう。暗くて足元が見えにくいとはいえ、全く見えないわけではない。いつリヒトの片足を見られてしまうのかと冷や冷やしながら、先行くトレーナーの背を見送っていた。

「そんなに心配しないでも大丈夫だよ。万が一知られたら、ポケモンを出される前に気絶させれば問題ない」
「気絶?え……お前、相手を眠らせる系の技覚えていたか……?」

リヒトが首を左右に振ってから、左手を軽く振っては宙を切る仕草を見せる。……動きがどう見ても手刀なんだが。力業で相手をねじ伏せるのか。嘘だろ。俺はお前をそんな風に育てた覚えはないぞ……。

「リヒト……いつの間にそんな悪い子になってしまったんだ……?」
「正当防衛なんだけどなあ……」

無理やり手を降ろさせると、リヒトは口先を少し尖らせながら俺を見ていた。
……暗い洞窟はまだまだ続いている。

「ああ、俺と目が合っただけで逃げ隠れていた可愛いリヒトは一体どこへ……」
「それは昔の話でしょう。でも、今もそうして欲しいならアヤトの望み通りにしてあげてもいいけどね。おれの方が背高いから、アヤトの後ろには隠れられないかもしれないけど」
「あ?やんのか??」

歩きながらリヒトを睨むと、相変わらず得意げな表情で俺を見ていた。たった1pしか変わらないくせに。……いや、その1pで対抗意識を燃やしているのは俺だ。たかが1p、されど1p。リヒトには何においても負けたくない。
きっと詩がここにいたのなら「くだらない」と一蹴されていたであろう会話も、今は止める人が誰もいない。お互い体だけでかくなって中身はガキのままだ。……可笑しい。

「……ていうか、全然ヤミラミいねえじゃん……」

歩けども歩けども、ヤミラミの姿は一向に見当たらない。他の野生ポケモンの姿はちらほら見かけてはいるが、すぐに隠れてしまってバトルは一度もすることなく、ここまで来ている。……リヒトがむしよけスプレーの代わりになっているのだろう。

「うん、この階にはいないみたいだね。次の階に降りてみる?」
「賛成ー。あとそろそろ休もうぜ。良い寝床も探さないと……」

一階から地下一階へ繋がる階段を目指して歩きながら再度洞窟内を見回した。なるべく人に見つからないようなところで寝袋を広げたいなあ。あとできれば鏡みたいになっていないところがいい。最初は綺麗だと思っていたが、いや、ずっと自分の姿が映っているのはなんだか落ち着かないから正直もういい。
そう思いながら鏡のような岩肌に相変わらず映っている自分の姿を眺めた。……ふと。

「…………?」
「……ん?どうしたの、アヤト?」
「……いや、なんでもない」

一度。振り返ってリヒトを見てから、再度岩肌に視線を向ける。
……一瞬、鏡面に映るリヒトと目があった気がしたんだが。気のせいだったか。





地下一階。一階よりも広く、さらに複雑な構造になっている。
イオナからもらった地図と自分たちの位置を照らし合わせながら少し歩いてみたものの、やはりヤミラミがいるような気配はない。……というかヤミラミはゴーストタイプも入ってるしもともと気配というものが無いのかもしれない。見つかる、のかあ……?

「ねえ、あの大きな岩の後ろとかどう?先は行き止まりみたいだし」
「そうだな、今日はあそこで休もうぜ」

切り立った大きな岩の横。小さな岩を跨ぐと、確かに休むにはちょうどいい広さの空間があった。……まあ、壁の表面が全部鏡みたいになっているのは仕方ない。
リヒトは荷物を降ろすと、アウトドア用のガスバーナーや小さな鍋を取り出し始める。夕食の準備をするようだ。
──リヒトは食材を殺す天才だ。彼の手にかかれば大抵のものは消し炭と化す。だから一瞬不安になってしまったが、そういえば持ってきたのは全部袋に入ったレトルトのものだったのを思い出した。あれならお湯に付けて温めるだけでできるし、まさか流石のリヒトでもできるだろう。
……というか、なぜ率先して調理をしようとするのか分からない。料理下手なのを自覚していないのか、はたまたチャレンジャーなだけなのか。まあ、楽しそうだから放っておくけど。

「さて、と……」

小さい折り畳み椅子を二脚出してから寝袋も引っ張り出す。あと必要なものは何だったか……。

『おい、チビ』
「…………」
『あはは、マヌケな顔だな』

…………顔を上げた先。鏡のような岩肌の壁。に、映るリヒトが。俺を見ながら笑っていた。
咄嗟に後ろを振り返って見ると、リヒトはごきげんに鼻歌を歌いながら今晩食べるレトルト食品を選んでいる最中だった。その背を見てから今一度壁を見ると、……やはりリヒトがニヤニヤしながら俺を見ている。
…………は???

「はあ!?!?」
「っわ、何!?」

思わず声を上げて立ち上がると、後ろからリヒトの驚いた声が聞こえた。俺の声に驚いたのは分かっているが、今はこの壁から目を離すことはできない。……鏡の中のリヒトは、顔を少し歪めながら耳を覆っている。ということは、俺の声も聞こえているわけだ。

「おいお前、なんなんだよ!?リヒトに化けるな!」
『はあ?化けるも何も、』
「ど、どうしたのアヤト、?」
「これ!!見ろよ!!」

やってきたリヒトに向かって壁を指さす。……と。
瞬きした瞬間、……いなくなっていた。
今、鏡のような壁に映っているのは俺とリヒトの姿のみ。偽リヒトの姿は、どこにもない。
となれば、慌ててやってきたリヒトは当たり前のように首を傾げて俺を見る。

「ええと……壁に何かあったの……?」

戸惑うリヒト。そうだよな、何ともない壁を指さして怒っているんだもんな。おかしいと思うだろう。でも違う、そうじゃないんだ。
……っア゛ア゛ーーーッッ!!!腹 立 つ !!

「アヤト、疲れてる……?大丈夫……?」
「……大丈夫。ごめん、邪魔した。戻っていいよ」
「うん……?よく分からないけど、……この辺りで波動は感じないから生き物ではないみたいだね」
「……うん。そうらしい」
「本当におれ、戻って大丈夫?」

頷きながらリヒトの背中を押すと、俺のことを気にかけつつも大人しく戻っていく。鏡越しのその姿を見ていると、……また、リヒトが現れた。面白そうに鏡を睨みつけている俺をニヤニヤしながら見ている。
だろうな、絶対そうだと思った。コイツ、本当になんなんだ。生き物ではないということは、ポケモンでもないらしい。

「……おい。なんでリヒトには姿を見せないんだよ」
『その方が面白いだろ?あはは、そっちのアヤトはおれのこと睨むんだ?へえー、余計からかいたくなる』

相変わらず笑みを浮かべている鏡の中のリヒト。……あー、今ハンマー持ってたらこの壁全部ぶっ壊してやるのになあ。

「……ん。待てよ?お前今、"そっちのアヤト"って言ったか?」
『ああ、言ったよ』

楽し気に笑う鏡の中のリヒトを見て、嫌な予感がした。
──ゆらり。わずかに自身の姿が揺れる。
そうして映る俺の姿が、ひとりでに横へ動いた。、というか、鏡の中のリヒトに腕を引っ張られて動かされていた。

『やめようよリヒト……俺、向こうの俺と関わりたくな……あ』
「…………」

鏡の中の自分と目が合った。
眉が下がっていて、なんか知らんが涙目になってるなんか弱々しい俺。それが、向こうの俺。しかも俺と関わりたくないって、なんなんだよ。

『……こ、……こんばんはあ……』

ぎこちなく、鏡の中の俺が笑みを作ってみせていた。
それに思いきり、拳を叩きつけるとビクッ!と肩を飛び上がらせてはリヒトの後ろに隠れる俺。

これはこれで、腹が立つ。
俺ならもっと、堂々としていろ。


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