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エネとリヒトをそれぞれ別室へ運んでから、エネのところには詩、リヒトのところには祈に居てもらうことにした。祈に頼んだのは、目覚めたときに真っ先に混乱するであろうリヒトのことを考えてのことだ。いやしのはどうで治まることを願いたい。

「リヒトをメガシンカさせると知って、事前に色々調べておいたことがある」

お土産だと言って俺に渡してきたミアレガレットを誰よりもモリモリ食べているシュヴェルツェからデータを受け取り、イオナとロロと俺の3人で読み進める。……想像以上に色々書かれていて驚いているのは俺だけではないだろう。

「ただ食べ歩いているだけではなかったのですね」
「アヤトが困るのは目に見えていたから調べておいたまでだ」
「ということは、シュヴェルツェくんはリヒトくんが確実に暴走すると分かっていたってことかな」

ロロの言葉に指先を舐めながら視線をあげるシュヴェルツェ。少し間をおいてから、新たなデータを開いて俺へと渡してくる。

「アヤトたちが来る前に、試しにオレもメガシンカをした」
「えっ!?だ、誰とだよ!?」
「"メガウェーブ"という、ポケモンとの絆を無視して無理やりメガシンカさせるという実験に参加してみたんだ」
「はあ!?」
「安心しろ、アヤト。研究所は破壊し、今は国際警察が取り締まっている」

自信満々に言うシュヴェルツェに思わず頭を抱えた。……俺の知らないところで勝手に危ないことをして勝手に活躍している。まあ、シュヴェルツェが俺の手持ちポケモンかと聞かれるとはっきり答えられないところもあるし、俺がどうこう言う筋合いはないんだけど……なんだかなあ。

「それで、このデータがその結果ということですか」
「ああ。簡潔に言うと、力をコントロールするのは極めて難しい。絆の力でエネルギーの刺激を軽減・制御できたとしても、常に自意識を飛ばさぬよう集中しなければならないだろう」

メガウェーブの実験結果は写真付きであったものの、痛々しいものばかりで飛ばしながら読んでいた。……大きな力を得られるかわりに、ポケモンの身体には大きな負担がかかる。事前に知っていた内容ではあるが、こうして実際に見たり聞いたりして改めて思い知らされた感じだ。

「オレはリヒトのクローンではあるがリヒトよりポケモンの割合が高い。……それでもあの力を制御するのは難しいと感じた」

シュヴェルツェは遠まわしに、"ハーフであるリヒトがメガシンカを制御するのは難しい"と言っている。……メガシンカはポケモンに影響を及ぼす力だ。となると、ハーフであるリヒトはその半分の器しか持っていない。完全な器でもメガシンカの力を溢れないように制御するのがやっとというのに、半分の器ではどうしようもない。絆の力でどの程度補えるのかは分からないが、完全にすることはほぼ不可能に近いだろう。

「つまり、リヒトくんはメガシンカできても制御するのは不可能ってことだよね」
「そういうことになる」

……思わず、みんなで無言になってしまう。
ここまで来たのに、こんなに早く諦めてしまうなんて。……できる、わけがない。

「何か……他に、方法はないのか……?」

電子画面を全て閉じてからシュヴェルツェを見ると、一度視線を外してからまた戻して口を開く。

「無いこともない」
「っ本当か!?」
「ただ、確かな情報ではない。無駄足になる可能性もあるが……」
「いい。なんでもいいから教えてくれ」

俺の言葉のあと、シュヴェルツェが俺の隣の席に移動してから電子画面にある場所の地図を出す。……ここは、どこだ?カロス地方に疎すぎて全くどこだか分からない。

「シャラシティと11番道路の間に、"映し身の洞窟"という場所がある」
「うつしみのどうくつ……」
「その名の通り、無数の水晶の壁面が鏡のごとく映し出す洞窟ですね。地下2階まであるとても広い洞窟のようですが」

イオナが別の画面を開いて地図の横に置く。写真で見る限り、とても綺麗な場所のように思う。

「この洞窟のどこかにメガシンカするヤミラミがいるらしい」
「野生のポケモンがメガシンカするのか?」
「ああ。しかも絆の力無しで完璧に使いこなしているという話だ。だからそのヤミラミならば、自身でメガシンカの力を制御する方法を知っているかもしれない。あくまでも噂話だが」

正直、信じがたい話だ。だけど、実際に見た人がいなければそんなバカげた話が流れるわけがない。──一縷の望みにかけてみるか。

「……分かった。映し身の洞窟に行ってみよう」
「まあ、何もしないよりは良いよね」

ロロの言葉に頷いてからシュヴェルツェに視線を送ると、すでにまた別の画面を開いていた。映し出された画面には、映し身の洞窟の内部地図が出されていて、複数個所にマークがついている。

「鏡面を利用しないと見つけられない穴がある。このマークは、その穴がある箇所だ」
「ヤミラミという種族自体、目撃情報が少ないようですね。穴に隠れている可能性は大いにあります」

ヤミラミは悪・ゴーストタイプだったか。これは見つけるのが大変そうだ。しかも鏡のような壁とか、絶対に迷うに違いない。あなぬけのヒモを準備しておかなければ。

「──む。アヤト、エネが目覚めたようだ」

波動でも使っていたのか。シュヴェルツェが立ち上がってから、続いて俺も立ち上がる。
ロロとイオナはその場に残るようで、ひらりと俺たちに手を振っていた。一気に大勢で押しかけるのを避けるための配慮だろう。もしくは映し身の洞窟について早速調べ上げてくれるのか……。

「アヤト」

シュヴェルツェの後に続いて長い廊下を二人で歩く中、ふと立ち止まっては振り返る。

「なんだよ?」
「エネの波動の揺れが大きい。……オレが、会っても大丈夫だろうか」

エネのいる部屋までもうすぐだというのに、今になって不安になってきたのか。そこまで考えられるようになっているシュヴェルツェの変わりようは素直に嬉しい。

「俺が先に入るよ。大丈夫だとは思うけど、まあ、覚悟はしておいたほうが良いかもな」
「……分かった」

再び歩き出してから、扉のドアノブを掴み、……ゆっくり開けて入ってゆく。
はじめに見えたのはベッド横、足元のほうで椅子に座っていた詩の姿。それから、エネ。──一度、表情が固まるのを見てから、何事もなかったようにふにゃっと笑みを見せるエネの姿に確信した。……確実に、リヒトへの恐怖心が出来てしまっている。
そうしてエネの様子を伺いながら、ベッド横にあるパイプ椅子に座った。

「来てくれてありがとお」
「エネ、大丈夫か?ごめん、俺の指示が悪かったから、」
「ううん、アヤトくん。大丈夫、ぼくは大丈夫だよ」

にこにこと笑顔で振舞うエネに、波動を感じ取っているであろうシュヴェルツェは扉のところから一歩も動かない。それに一回視線を向けたエネは、やはりすこし顔を強張らせてからそっと視線を下げていた。……いつものエネならば「そんなところにいないでこっちにおいでよお」とか、すかさず呼び寄せるのに。

「エネ」

不意に詩がエネの名前を呼ぶと、びくりと少し肩を飛び上がらせてから顔をあげていた。詩の視線が俺に移り、何かを訴えている。
それを見てから再び俯くエネに視線を映し、毛布を握りしめていた小さな両手にそっと指先で触れる。またエネの肩が揺れ、俺を見ると慌てて毛布を握るのをやめていた。……指先を手の甲に滑らせてエネの手を包むように握ると、手を裏返して逆にぎゅっと握りしめられる。まるで縋るような手だ。

「素直に言っていいよ。大丈夫、俺も分かってるから」
「……ごめんなさい。ぼく、……リヒトくんが怖い」

背中に視線を感じる。多分シュヴェルツェがエネの言葉に反応してこちらを見ているのだろう。視線を下げたままのエネは気づいていないのか、ただひたすらに俺の手を握りしめている。

「メガシンカのせいだってちゃんと分かっているんだよ!でも、でも……ヒウンシティのときのことも、思い出しちゃって、……どうしよう、」

胸に飛び込んでくるエネの背中に腕を回してそっと抱きしめる。
……エネの気持ちが分からないわけではない。しかも"あの時"のことを持ち出されては何も言えない。
エネを落ち着かせながら詩へ静かに視線を向けると、詩は流れるようにシュヴェルツェへ視線を向ける。やはり、それしかないか。

「──エネ。聞いてほしい」

エネの両肩に手を乗せてから離れて顔を見合わせる。まん丸のエネの目は、淵が赤くなっていた。

「リヒトが目覚めたら、俺はリヒトと二人で"映し身の洞窟"っていうところへ行くつもりだ。……そこでリヒトがメガシンカを制御できるようにしてくる」
「……うん」
「だからそれまでに、エネもリヒトに対する恐怖心を克服してほしい。……俺にとってエネもリヒトも、どっちも大切な仲間だから、……できれば仲良くしてほしい」
「……ぼくもね。リヒトくんのこと、怖いなあって思ってるだけで嫌いなわけではないんだよ。だから……がんばってみる」

力強く頷いてみせるエネの頭を撫でまわしてから、椅子から立ち上がる。未だ動く気配のない詩は、どうやらこのままエネのことを見守ってくれているらしい。それならば、安心してシュヴェルツェも置いていける。
扉の前まで歩いて行き、シュヴェルツェの肩に一度手を乗せて励ましの意味も込めて軽く叩くと視線をスッとこちらへ向く。

「……シュヴェルツェくん」

俺に向けられていたシュヴェルツェの視線が即座に声の先へ動く。まるでずっと"待て"を食らっていた犬のようだ。

「ゆっくりこっちに、来てほしいなあ」
「……ああ」

目を大きく開きながらエネを見ていて、遠慮がちに小さく手招きされると、言われたとおりゆっくり一歩動き出す。……案外、こっちはスムーズに進みそうだ。
今一度詩へ目配せをしてから、静かに扉をあけてひとり部屋を出る。

──さて。問題はリヒトだ。
長い廊下を歩き進むと、リヒトを運んだ部屋の前で祈が俯きながら待っているのが見えてきた。ということは、すでにリヒトは目覚めているらしい。しかも祈が追い出されているのを見ると……。

「アヤト」

俺のもとへ祈が駆け寄ってきた。心配そうな表情のまま、俺と扉を交互に見ている。

「目が覚めたときはいやしのはどうで落ち着いていたんだけど、それから少しして"ひとりにしてほしい"って……アヤト、多分リヒトはまた、」
「ああ、だろうな。祈、ありがと。あとは俺に任せてくれ」
「……何もできなくてごめんなさい」

シュンとうな垂れる祈の両手をそっと握り、少し屈んで視線を合わせる。

「俺がこんなに祈に頼っているのに、何もできないなんてことあるはずないだろ。それとももっと頼っても良いのかよ?」
「いいよ……!私にできることなら、何でもやるから……っ!」

両手で拳を作りながら、俺が言った冗談を本気で返してくる祈はやる気に満ち満ちている。……なんだこの可愛い生き物は。ひたすらに可愛い。このまま部屋へ連れ込んで一生抱きしめていたいほどに可愛いが、そんなことをしたら俺は確実に詩とイオナに半殺しにされてしまうから妄想で留めておく。
が、少し抑えられずに伸ばした手を頬から頭へ軌道修正してから、最大限の優しさを込めて祈の頭を撫でた。

「祈。俺、リヒトと二人でメガシンカをしても暴走しないようにするために、ちょっと出かけてくる。その間、みんなのことを頼んでも良いか?」
「……うん、いいよ。戻ってきたらお話聞かせてね」

そっと俺の手を握りしめてから離れ、俺と入れ替わるようにエネのいる部屋へ向かう祈の背中を見送る。
その姿が完全に見えなくなるまで待ってから、一度深呼吸をする。……部屋の中で何が起こっていようとも、以前のように慌てないように。冷静に、受け止める覚悟を決めてから。
──部屋の扉をゆっくり開けて、素早く中へ入ってから鍵を閉める。

「…………」

ベッドに横たわっている姿が見えている。何もかけずにただ寝そべっている状態だ。ただ、今回に関しては大体"何をしていたのか"予想はついているから驚くことはないだろう。

「リヒト」

ゆっくりベッドへ近づくと、仰向けのまま目は閉じられていた。口の端から唾液が垂れていて、首には赤い痕がくっきりと残っている。自分で自分の首を絞めて、そのまま落ちたんだろう。リヒトが本気で絞めていれば首の骨までぽっきりいってるかも知れない。

「……リヒト、おい。起きろよ」

ベッドの端に座ってから、手の甲で頬を軽く叩く。……起きないということは、早速回復中なのか。諦めて手を引っ込める手前、首にある赤い痕を指先でそっと撫でた。爪が食い込み血が流れているところもある。それを見てからベッドに座ったまま、手を額に当てて俯いてはため息を吐く。

リヒトが自傷行為をしていたことを知ったのは、一緒に旅に出てからのことだった。……生きたいという気持ちに嘘偽りはないが、犯してしまった罪への罪悪感は残り続けていて、その狭間でどうしようもなく足掻いた結果が自傷行為なのだという。
本気で死にたいと言うのならば「ふざけんな!」とぶっ飛ばしているところだが、俺にすがりついて弱々しく泣きながらそんな理由を言われてはどうしようもない。……今日のこれもまた、エネに対しての罪悪感から、リヒトがエネにしたことと同じことを自分にしたのだろう。エネにだけは隠し通さないといけない。

「ッは、!っごほ、ッげほっ、」

しばらくして、急にリヒトが咳込み始めた。それに慌てて振り返ってから様子を伺う。苦しそうに表情を歪めながらずっと咳き込むリヒトの名前を呼ぶと、呼吸が荒いまま薄っすらと目を開けては俺の姿を捉える。

「アヤト……、?」
「そうだよ。……リヒト、大丈夫か?」

呂律が回らないまま俺の名前を呼んでからゆっくり上半身を起き上がらせた。呼吸を整えてから少しぼんやりして、かと思えば急にハッとすると俺を見ては目を見開く。

「っエネ、エネは!?ねえ、エネはッ!?」
「大丈夫だよ。お前より早く目覚めて、今はみんなと一緒にいる」
「……そう、……そっか、…………」

ひどく安心した表情を見せてから、服の上から胸元をぎゅっと握りしめていた。それからきつく目を閉じながら、指を広げた手をまた首元に持っていこうとするものだから、すかさず手首をきつく掴んで止める。

「もうやった後だろ。二回も同じことしなくていいよ」
「でも、……エネはもっと苦しかったはずだよ……だから俺はそれ以上に、」
「…………ごめん。俺がメガシンカなんて言い出したから悪かったんだ」
「っ違う!違うよアヤト!おれが暴走なんかしなければ、!」

視線を合わせると、リヒトが途中で言葉を止めては泣きそうな顔をする。……言わずとも、もう何度も同じことを繰り返しているから俺が言いたいことは分かるだろう?

「アヤトの傍に居ることが許されている限り、生きてみたいって思っているのは今も変わらない。……でもごめん。"こうすること"だけは、許して。そうじゃないとおれ、……多分、心が壊れる」
「…………」
「ごめん、アヤト。そんな顔しないでよ。ね?」

俺をあやすように優しく頭を撫でる手とは別の手首を思いっきり握りしめた。それでも本気で俺を想って浮かべている笑顔は変わらず、……余計に腹立たしく、虚しい。

どれだけ一緒に時間を過ごしても、リヒトの背負っているものを一向に軽くすることはできない。開いた穴を埋めることすらできやしない。
"俺に任せてくれ"だなんて、よく言えたものだよな。……何もできないのは、俺も同じことなのに。


 


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