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シャラシティ。やたら階段が多い街だなあと思った。下りたり上ったりを繰り返した先、マスタータワーへと続く道が現れる。よかった、引き潮時に間に合った。

『わあ、綺麗だねえ』
「そうだな」

一応護衛のためにボールから出していたエネが、俺の腕の中にすっぽり収まったまま海を見ながら尻尾をごきげんに揺らす。
両脇が海で囲まれている砂浜の道。まるで海を割ったようなところだ。周りを見ながら電子画面を開き、ガイドブックのページを映す。「潮の満ち引きの差が大きく、満ち潮の時には海に浮かび、引き潮の時には自然に現れる陸橋で陸と繋がっている。」……なるほどなあ。

少しばかり観光気分でのんびり歩いた先、立派な城門をくぐり抜けて再び階段を上る。両脇に住居が建っているものの、人の気配が感じられない。そういえば、ここはジムリーダーのコルニが特訓をしている場所でもあるとイオナが言っていた。……確かにここは特訓するのにうってつけの場所だろう。特にメガシンカの特訓には、な。

「──リヒト」
「……うん。ここには人がいないから大丈夫そう」

名を呼ぶと、どこからともなく現れる。
俺はいつどんなところでも隣を歩いてもらって構わないが、リヒトは人目を気にして時折……というかほとんどの場所で姿を消している。正確に言えば、俺の後を物陰に隠れながら追っているのだ。こうして隣を歩くのは、人がいない場所だけ。無理強いはしないが、いつか常に隣を歩いてくれればいいなとはずっと思っている。……なんとなく恥ずかしいから、絶対言葉には出さないけど。

『リヒトくんがいるから、ぼくはボールに戻るねえ』
「おう、ありがとな」

エネが俺の頬にすり寄ってから、右手に持っていたボールのボタンを押して自ら戻る。ボールをベルトに付け直して、建物に入る手前、リヒトと顔を合わせて目で合図してから同時に入った。

「……ルカリオの像だ」
「あれって、メガシンカの姿か……?すげえ……」

円形の広く綺麗な建物の中心。吹き抜けになっているそこには、巨大なルカリオの像がそびえたっていた。首が痛くなりそうな角度のまま見上げては、像のまわりをぐるりと一周する。……と、奥に階段があった。その手前には門番のような人がいて、自由に階段を上り下りできないようになっているようだ。

「アヤト。イオナさんが言っていた扉、像の下にあったよ」
「……ああ」

俺に向かって手招きをしているリヒトのところへ戻り、翡翠色をした扉の前に立つ。扉にはメガストーンと同じマークが描かれている。……ここに、コルニがいるのか。
念のため、俺だけ先に入ることにする。少しばかりドキドキしながら扉の取っ手を握り、ゆっくり開けて部屋へと入った。

「お?」
「こ、こんにちは……」

コルニだろう少女ともう一人。変な髪型のおっさんがいた。しかも俺に先に気づいたのがおっさんの方。誰だ。俺はコルニの情報しか持っていない。が、ここにいるということは関係者で間違いないだろう。

「お前さん、アヤトだな?」
「えっ?……ああ、はい。そうです」
「コスタスカンパニーの者から言付かっているぞ。わしはメガシンカおやじ!そして孫のコルニだ。よろしくな」
「よろしくね、アヤトさん」

……イオナだな。俺の知らないところで事前に依頼をしていたのか。それならそうとちゃんと言ってくれればいいのに。差し伸べられた手を順番に握り返しながら、内心イオナに悪態をつく。それよりもコルニが孫、とは。言われてみれば、髪型が似ている……ような気がする。

「コルニと、ええと……メガシンカおやじ……さん?」
「おっと、メガシンカおやじというのは本当の名前ではないぞ」
「ああ、はい。改めて、俺はアヤト。それから、……」

握手を離し、内側から扉をコン、と一度叩くと遠慮がちにゆっくり開く。その先、リヒトがフードを後ろへ落としながらおずおずと部屋の中へ入ってきた。そうすれば、二人の視線が一気にリヒトへ移り、上から下へと上下する。……初対面の人間はリヒトから大抵視線を外すものだが、二人は事前にイオナが知らせていたこともあり興味津々のようだ。

「本当にハーフがいるとはな……」
「しかもルカリオと人間のハーフ!すごいよ!」
「……リ、リヒト、です。……よろしく、」

コルニの食いつき具合が半端ない。リヒトが押されて、半分俺の後ろに隠れつつある。怯えているというよりは恥ずかしがっているという方が正しいような気がするから、多分コルニはリヒトに対して比較的好意的なのだろう。波動は嘘を吐かないからな。

「あたし、イッシュ地方のチャンピオン戦いつも見てるの。1度目のバトル、すごく衝撃的だった」

チャンピオン戦でリヒトを出したのは1度目だけ。つまり、コルニが言いたいのはそういうことだ。

「2度目は惜しかったよね。どうして彼を出さなかったの?」

澄んだ瞳で聞かれても。悪気がないぶん、回答に困ってしまう。

「色々あったんだよ。……でも、次はリヒトをバトルに出す。絶対に、絶対に勝ちたいんだ」
「──アヤトさん。ひとつ聞いてもいい?」

自然と握っていた拳を緩めながら、コルニの声に視線をあげる。ふと、コルニの手に付けられているグローブに光り輝く石を見つけた。……あれが、メガストーン……。

「なんだ?」
「アヤトさんは、何のためにバトルをしているの?」

コルニの質問には意味がある。返答次第で俺にメガストーンを与えるかどうかを見定めるのだろう。……それにしても"なんのために"、か。こうして改めて真っすぐ聞かれるのは初めてだ。だからといって迷うことはない。答えはもう、いつも持っているのだから。

「俺は、……俺たちは、存在を証明するために戦っている。イッシュ地方の象徴である伝説のポケモンとチャンピオンをぶっ倒して、ハーフの存在を知らしめてやるんだ」

これまで色々な地方を旅してきた。そうして分かったのは、ハーフである俺たちが人目を気にせず暮らせる場所はどこにもないということ。ハーフにとって、多種多様なポケモンや人種が集まっているイッシュ地方が一番暮らしやすい地方だったことを痛感した。……だからこそ、俺は、俺たちはイッシュ地方で戦う。今現在、一番希望のあるあの地で。過去、一番絶望を味わったあの地で。
──真の"イッシュ"地方にしてやる。

「……おじいちゃん」
「──ああ。いいだろう。お前さん、ほら、こっちへ来てくれ」

メガシンカおやじことコルニのじいさんに呼ばれて手前まで行くと、丸い石受け取った。……真ん中に黒い模様がある。……ということは……これは……!メガストーン!!

「はい。きみにはこれ」
「……!これ、!」
「うん。"ルカリオナイト"だよ!」

コルニから石を受け取り、喜びを隠せないリヒトが尻尾をぶんぶん振りながら俺を見ている。俺だって、俺だって超嬉しい!!

「メガストーンは貴重なもので、数に限りがある。大切に使ってほしい」
「……っはい!もちろん……!」

まさかこんなにすんなり貰えるとは思ってもみなかった。今は自分の物になった貴重な石を見るだけで嬉しくなってしまう。絶対に無くさないよう大切に手のひらの中で握りしめていると、コルニがリヒトから俺に視線を移す。

「アヤトさん。喜んでいるところで悪いけど、今はまだ貸すだけだよ」
「え?」
「ごめんね。継承者として、渡す側にも責任があるから」

コルニの話を聞くと、本来ならばまずジムリーダーとしてのコルニと戦い勝利し、それから継承者としてのコルニ、つまりメガシンカを使用する彼女とのバトルで勝利して、やっとメガストーンとルカリオナイトがもらえるらしい。

「イッシュ地方のチャンピオン戦を見てたって話したでしょう?だからジムリーダーとしてのあたしとのバトルは免除するよ。でも継承者としてのあたしは、あなたとバトルをしてからきちんと渡すかどうかを決めたい」

少女だからと高を括っていた自分自身を恥じる。……コルニの責任感の強さにも驚くが、何よりもバトルに関して貪欲だ。バトルを通じてトレーナーとポケモンを見定めるなんて、まさに継承者じゃないか。

「あたしのルカリオもリヒトとバトルしてみたいって言ってたし、メガシンカしたルカリオ同士でバトルをすれば、もっともっと高みに登れる。そんな気がするの!」
「つまり、俺とリヒトがメガシンカを使いこなせるようになってから継承者とのバトルに勝てば、二つの貴重な石をもらえるってわけだな?」

俺の言葉にコルニとメガシンカおやじが頷く。次いで、おやじから幅広の黒いリングを受け取った。どうやらメガストーンを嵌める仮の物のようだ。それを腕に付けてからリヒトを見ると、リヒトの左手首にも赤い色違いのリングを付けられている。

「それからもうひとつ、わしからの条件だ。メガシンカを取得するための修行は、このマスタータワーのみで行ってほしい」

おやじの言葉に少し驚いてしまって思わず聞き返すと、コルニがゆっくり口を開く。

「あのね。連絡をもらってからずっと調べていたけど、歴史を遡っても今まででハーフがメガシンカをした例がないんだ。まず、できるかどうか分からない。できたとしても、どうなるか分からない……」
「…………」
「知っているかもしれないけど、メガシンカは一時的にすごい力が得られる。でも上手く使いこなせないと、ルカリオは自分で力を制御できなくなって暴走してしまうの」

今のはコルニの実体験なのだろうか。思い知っているという表情で言う彼女の言葉に深く頷く。
渡された側にも正しく使う責任があるが、渡した側にも責任は伴う。ましてや継承者であるコルニのルカリオでさえ暴走した過去があるのだとしたら、──リヒトがメガシンカできたとしても、暴走する確率が高いのだろう。
……過去の二の舞には、絶対にしたくない。

「リヒト、いいよな」
「うん、もちろん」

コルニとメガシンカおやじの条件を飲む。それに二人も笑顔で受け入れてくれた。
もはや条件というより、俺たちへの気遣いのようにも思っている。実際そうなのだろう。……本当に、ありがたい。

「この部屋は自由に使ってくれて構わないぞ。わしはシャラシティの自宅へ、コルニはジムへ戻る。何かあったら、そこにある通信機でわしに連絡をくれ」
「特訓するときはタワーの屋上で!スタジアムと同じ遮断システムがあるから、それも忘れずに起動してね」

コルニがローラースケートで滑りながら扉へ向かい、次いでメガシンカおやじも歩いてゆく。その背を見ながら、やっぱり、どうしても気になって聞いてみた。

「……あの!」
「どうしたの?」
「……どうして、こんなに親切にしてくれるんだ?メガストーンだって、本来なら博士から図鑑を渡された子じゃないともらえないはずなのに、どうして……」

俺の言葉に立ち止まった二人をみると、丸くなっていた目が細くなってから視線が交わる。

「あたしもおじいちゃんも、見てみたいんだ」
「……え?」
「──アヤトさんが、メガシンカしたリヒトと一緒にチャンピオンに勝つところ!あなたの夢が叶うその瞬間を見届けたい!ただ、それだけだよ」

じゃあ、またね。、頑張れよ。、……手を振り、部屋を出ていく二人の背を見届けながら。

……思わず、泣きそうになってしまった。
リヒトを、ハーフを、厳しい目で見る人ばかりじゃない。応援してくれる人も、ちゃんとこの世界に居てくれるんだ。

「……1回目のチャンピオン戦……俺、今、初めてリヒトを出して良かったって思ってる」
「うん、おれもだよ。だから泣かないで、二人の期待にも応えられるように頑張ろう」
「うん……てか、泣いてねーし……」

隣で小さく笑っているリヒトに背を向けてから乱暴に袖で目元を拭って、改めてメガストーンが付いたリングを見た。
……やってやる。絶対に、使いこなしてやるんだ。


 


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