3





カロス地方。当たり前のことながら、イッシュ地方とは街並みも雰囲気も全然違う。しかもゲームで事前にどんな場所なのか知っていたイッシュ地方とは違い、俺にとってカロス地方は本当に未知の場所。事前にマップデータや写真を見ながら簡単に調べていたものの、やっぱり実際に見る街並みは新鮮だ。

「ここはミアレシティ。カロス地方中心に位置する最大の都市ですね」
「あー早く祈と一緒にお買い物したいわー!映えスポットありすぎてポケスタに投稿するの止まらなくなっちゃいそう……!」

ポケスタ。ポケスタグラムという写真共有SNSらしい。俺は知らんが、詩がハマりにハマって隙あらば写真を撮りまくっている。一度見せてもらったが、ひたすらにキラキラ〜カワイイモノ〜っていかにも女が好きそうな感じだなとしか思わなかった。だから俺が写真投稿することは無いだろう。俺はどちらかというとポケッターの方が使いやすい。……まあ、チャンピオン戦で負けてからはあえて見ないようにしているが。

「アヤト、まずはポケモンセンターへ行きましょう。明日から目的地であるシャラシティへ向かう段取りでよろしいですか」
「ああ、そうだな。飛行機に乗ってた時間すげー長かったから俺も疲れたし、……早くこの場から去りたいし」
「……お、おれも……」

ヒウンシティ並み、いや、それ以上の人通りと、加えて慣れない土地だ。フードをいつも以上に深く被り、さらにはフードの裾を片手で握りしめているリヒトを見てから、今度は街に視線を向ける。
聞いてほしい。イッシュ地方ではTシャツとジーパンで歩き回っている人間が数えきれないほどいたというのに、ここには一人としていない。そう、ラフな格好をしている人間が一人もいないのだ。代わりに馬鹿みたいに洒落た人間がうようよ歩いている。……イッシュスタイルの俺、超恥ずかしいから早くポケセンに行って着替えたい。俺もお洒落な男の仲間入りしたーい!!
ということで、ポケモンセンターに向かう前に。

「……詩、頼みがあるんだが」
「嫌よ」
「祈と二人で先に買い物して来てからいいから」
「アヤトの頼みなら仕方ないわね、何よ?」

切り替えが早い詩様にももう慣れた。しかしまあ、どんな服を着ていようが顔の作りが良いやつはどの街にいてもすぐに馴染むものなんだなあとしみじみ思いながら詩に財布を渡す。

「俺とリヒトの服も買ってきてくれよ。俺、このままじゃこの街歩けない……」
「あら、あんたにはその服がお似合いだけれど、いいわ。祈と一緒に選んできてあげる」
「よろしくお願いします……!」

ボールから祈を出すと、すぐさま擬人化してきょろきょろと辺りを見回していた。オシャレな街並みに祈の目はすでにキラキラしている。俺の相棒、超かわいい。ニンフィアという種族がカロス地方発だからなのか、祈もすでに街並みに溶け込んでいるように思う。ひたすらに羨ましい。

「祈、詩のこと頼んだぞ」
「……うん、分かった」

目を丸くしてから小さく笑い頷く祈と、俺の言葉すら聞こえないほど超ご機嫌な詩が街へ繰り出すのを見送ってから、残された俺たちはイオナを先頭に足早にポケモンセンターへと向かう。
着いて早々、まさかこんな思いをすることになるとは……。飛行機の搭乗時間を考えた末、究極に楽な格好を選んだ自分を今になって恨んだ。





「ミアレガレット、マジで超美味え」
「ほんとだねえ!さすがシュヴェルツェくんが激推ししてきただけあるよねえ」

エネと一緒にシュヴェルツェから来たメッセージを眺めつつ、ミアレガレットを頬張った。
美味しいもの食べたさに俺たちよりも先に他地方へ渡るシュヴェルツェには本当に感心する。食に対してどこまでも貪欲らしい。しかしまあ、シュヴェルツェも相変わらず元気そうで何よりだ。久々に来たメールがカロス地方のおすすめ料理っていうのもどうかと思うが。

「美味しいものを食べて幸せになるのもいいけれど、明日からのこともしっかり考えているんだよね?」
「もちろん。まあ、色々と不安だらけだけどな」
「調べたところ、カロス地方でもハーフの存在は伏せられているようです。イッシュ地方と似たようなものですが、こちらにはハーフの村というもの自体が存在していないため、まさに都市伝説のような扱いになるかと」

簡易キッチンからやってきたイオナが、ロロにマグカップを手渡しながら言う。その言葉にいったん手を止めてから視線を下げ、次いで窓から街並みを眺めているリヒトを見る。すべて聞こえているはずだが、何の反応もない。
……自由を手に入れるのは、まだまだ先になりそうだ。

「結局のところ、"コルニ"っていうジムリーダーがハーフに対してどんな態度を示してくるかによっても今後の展開が大きく変わるかな」
「ジムリーダー名乗ってるぐらいだし、その懐の広さですんなり受け入れてくれそうな気はするんだけどなあ……」
「メガリングとメガストーンを受け取れるかどうかは別でしょうね」

スパッ!と真実を言うイオナに思わず「うっ」と唸りながらミアレガレットを齧る。
そんな俺の隣、不意にエネが立ち上がるとリヒトの横まで歩いていった。それを少しだけ目で追ってから、再び正面を向く。それからすぐ、「何が見えるのお?」なんて何気ないエネの質問にハッとしてから答えるリヒトの声を聞こえてきた。……こういう時、真っ先に動いて寄り添うのはいつもエネだ。

「アヤくんが埋められない部分を、ああやってエネくんや他の子が埋めてくれている。……彼にとって、ここは本当に大切な場所だろうねえ」
「何しみじみ言ってんだか。お前にとっても大切な場所だろーが。でなければお前は今頃母さんの膝の上でゴロゴロ甘えているだろうよ」

コーラを飲みたいところ、ガレットに合わせてイオナが淹れてくれた紅茶を雑に飲み干す。……ロロの表情を見るに、どうやら自覚はしているようだ。

「やだなあ、アヤくん。俺が甘えるのは君だけだってばあ」
「おっさんが甘ったれた声出すなよ……ほら見ろ、鳥肌立った」
「失礼な。なら今度は女の子を落とすように言ってみようか?君の大好きな講座の時間だ」
「……はあ。実にくだらないですね」
「それじゃあイオナくん、女の子を口説くように言ってみようー」
「何故ですか。断固拒否いたします」

ロロとイオナのくだらないやり取りを眺めてから、またそっとリヒトとエネの方を見てみた。何を話しているのかは分からないが、二人とも和やかだ。
……リヒトやロロだけではない。俺にとっても、ここは本当に大切な場所だ。居心地が良すぎて永遠を望んでしまうほど、今が良い。"人生山あり谷あり"なんて、よく言ったものだよ。

「ま、石貰えなかったらそれはそれでいいや」
「アヤくん、本当はそっちを望んでいたりしてない?」
「……いや、今のは失言だったわ。何が何でも手に入れる」
「……へえ」

いたずらにニヤリと笑みを浮かべるロロを横目に見ながら、ミアレガレットを噛み砕く。
リヒトが"こうする"と決めたのならば、俺も一緒にそうするのみ。迷いはイッシュ地方に置いてきた。はず。

「さあて、どうなることやら」

茶化すような、どこか心配も含まれているようなロロの言葉に思わず苦笑いをしてしまった。
どうなるもこうなるも、ここまで来たらやるしかないだろう。、ガレットを食べながら、心の中でそう言う自分にますます苦笑する。
まるで自分自身にも言い聞かせているような、そんな気がしたからだろう。


 


- ナノ -