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両腕は縛られたまま、自分を支えることも出来ずに相手に身を任せるしかなかった。滑りが悪いまま容赦なく腰を激しく振られて、打ち付けられる度に激痛が走る。うつ伏せで後ろから大きな手に首を掴まれ、グッと後ろに引かれて喉元が絞まった。空気が吸えなくて、唾液がだらだら顎を伝ってシーツに落ちる。引っ切り無しに鳴くベッドの音と一緒に覆われていて真っ暗なはずの目の前がチカチカしていた。
荒い鼻息と何度も呼ばれる名前が遠のき、……手を離された瞬間、上半身がベッドに落ちた。苦しくて咳き込み続けていてもなお、興奮の声と行為は止まらない。

愛しているよ。

奧でどくどくと精を放たれている。涙と唾液でベタベタの顔を舐められ、何度も何度もキスをされ。そうしてまた、ぼくの首を絞めて言う。

あいしているよ、エネ。

恐怖と痛みを隠し抑えて、ふと思う。
愛とは一体、なんだろう。ぼくにはまだわからない。





「お、気が付いたか?」
「──……アヤト、くん」

もぞり。エネがゆっくりと起き上がる。ぼんやりと俺の顔を見るなり、ホッと息を吐くエネから視線を外してテーブルに置いた朝食をベッド脇まで持っていく。丁度よかった。数分前にトルマリンによそってもらったばかりだから、まだスープからうっすら湯気がたっている。

「ここ、は……?」
「ビルの中。ほら食えよ」
「で、でもぼく、お店に戻らないと、」
「それなら先にロロが店に行って、事情話したから平気だって」
「……迷惑かけてごめんね」

困ったように笑うエネは見て見ぬフリをして、有無を言わさずスプーンとフォークを押し付けた。どうでもいいから早く食えってーの。俺にはこのあと、ジム戦に向けた特訓をするという重要な予定が入っているんだ。こればっかりは潰されて堪るか。

「これ、ぼくが全部食べていいの……?」
「いいに決まってんだろ。何のために一人分用意したと思ってんだよ」
「これが一人分?たくさんだねえ」

エネの身体のことを考えて量は減らしてあるため、全然量は多くない。消化の良い物しかないから品数も驚くほど多いってわけでもないけれど、エネにはたくさんに見えているようだ。普段どんだけ食ってないかが分かる。だからこんなにちっこくて細いんだ。……言おうと思って、出す寸前で飲み込んだ。

丸くぱっちりとした目をさらに大きくしてからフォークでスクランブルエッグを掬うと、当たり前のようにどろりと落ちた。驚いたように瞬きをしているエネにスプーンを使うように言うと、言う通りに変えて口に運ぶ。食べて、スプーンを銜えたまま俺を見た。

「これ、なんていうの?」
「スクランブルエッグ。なに、食べたことないの?」
「ここにあるの全部食べたことないよお」
「嘘だろ」
「……ふふ、さてどうでしょう」

そういうと俺から視線を下に戻して食べ始める。……今の会話はなんだったのか。訳が分からない冗談を聞いているほど俺は暇じゃない。
とりあえずエネが食べて始めたのを確認してから、出かける準備をするため一旦部屋を出る。扉の前、心配そうに待っていた祈にエネの様子を伝えると垂れ下がっていた尻尾が持ち上がっていた。それから詩のところに行って二人で別室へ向かう。今日は詩も特訓についてくると言っていたから二人も準備をするんだろう。ひたすらに詩が急な腹痛で留守番になってほしいと願っているが、多分叶わない。

準備も終えたころ、そろそろエネも食い終わっているだろう。今日やることを考えつつ前髪をいじりながらドアノブを下げて扉を押して部屋に入り、思わず驚きで一瞬その場に固まってしまった。

エネが、泣いていた。膝上にスープの容器を乗せて左手で包み込むように支えていて、右手はスプーンを握っていて今まさに口に運んでいるところだった。ほろほろと涙を零しながら食べていて、俺に気付くとさりげなく目元を拭って自然を装う。
仕方なくおっかなびっくり近づいていって、俯き加減のままスプーンを銜えているエネの前に立つ。

「ど、どうしたんだよ……?まだ、どこか痛いのか?」
「……」

ふるふる。首を左右に振る。
じゃあなんなんだ。頬を人差し指で引っ掻いて、次になんて言おうか考えているうちに俺がいつまでも目の前に立っていることに痺れを切らしたのか、エネがゆっくり口を開く。

「……あったかいごはんって、おいしいんだねえ」
「……は?」
「すごく、おいしいよ」

へにゃりと俺に笑いかけてからまたゆっくり食べ始めるエネに困惑の色を隠し切れない。ここの飯が美味いのは確かだが、泣くほど美味いとは思わない。というか美味すぎて泣くことなんてあるものか。……いくら時間をかけて考えようとも、俺には理解できなさそうだ。

エネはものすごく時間をかけて食べているようだし、またもう少ししたら来てみよう。何もかける言葉も思いつかなかったから無言のまま部屋を出ようとすると、ドアが俺に向かって迫ってきた。すかさず後ろに下がると、祈とロロが入ってくる。
祈は俺越しにエネを見て、「よかった」と小さく呟いた。しかし本人に話しかける気はなさそうだ。開けっ放しの扉を押さえてながら俺の手を掴んで引っ張る。

「アヤト、ウタがよんでるよ。いっしょにおべんきょうするんだって!」
「あークソめんどくさいけどやらないとアイツうるせえしな……はいはい行きますよ、行けばいいんだろ。ったく……」
「いってらっしゃーい。がんばってね」

大きくため息をつく俺の横、ロロがひらひらと手を振る。

「ロロはどうしてここに?」
「彼にちょっと話があって」
「ふーん」

エネとロロ。意外な組み合わせ……でもないか。何を話すのかは知らないしどうでもいいけど、きっと俺よりは話が弾むだろう。ついでにエネが食べ終えた食器もロロに片付けさせようっと。
そうして俺は祈と一緒に別室へと向かう。……そうだ。今日は勉強が終わったら、詩にバトル練習相手にでもなってもらおうか。ということで、今のうちに祈に仕込んでおこう。祈のカワイイお願いは、詩にも効果抜群なのだ。




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