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トルマリンが俺の様子がおかしいことに気付かないわけがなく、早めの帰宅を促した。正直、別のゲーセンに行ってもまたエネに会ってしまうんじゃないかと気が気じゃなかったから素直に従い、早々とビルに戻る。何かを察しつつも、何一つ訊ねてこないトルマリンがすごく有り難い。

「ただいま戻りましたっス」
『……っアヤト!おかえりなさい!』
「おう」

最上階、重たい扉を開けてもらうとすかさず祈がソファから飛び降り駆けてきて、俺の足元までやってくる。
……そうだ俺には関係ない。何も気にすることはないんだ。
祈を見ながら頭を切り替え、別のことを考える。そういえばこのヒウンシティにもジムがあった。どこかの町のようにジムリーダーが変わっていなければヒウンシティはアーティ、虫タイプのポケモンを使うジムリーダーだ。ただいま二連勝中の勢いに乗って挑みに行くべきではないか。

ただ、レベル的にまたある程度特訓しなければキツイと思う。前回のホミカさんとのバトルもなんとか勝った感じだった。しかしまあ、丁度このビルにはバトルフィールドも設備されている。ならばこれを使わない手はない。
腰を曲げて祈と目線を合わせると、にこにこしたまま小首を傾げる。

「祈、俺さ、またジム戦に行きたいんだけど祈はどうだ?また戦ってくれるか?」
「アヤトのためなら、がんばるよ」
「よしじゃあ今から特訓だ!」
「うん!」

祈を後ろに扉に手をかけると、やはり待ったを食らった。もちろん声の主は詩である。渋々振り返ってみると案の定俺を睨んでいる。今のやりとりを見ていなかったのか。俺はちゃんと祈の意見も聞いた上で特訓しようとしているというのに。こちらの意図が全く分かっていない、いくら可愛い顔をしていようとやっぱり中身は馬鹿なガキだ。思わずため息が零れてしまう。
歩いてくる詩が正面にくる手前、祈が前に立ちはだかる。これには詩も少々驚いた表情を見せていたが、いや俺のほうが驚いた。

「ウタ、どうしてそんなかおをしているの?アヤトはなにもわるくないよ……?」
「……祈は、バトルが好きなの?」
「すき……じゃ、ない。でも、アヤトのためなら、わたしはたたかう」

腕を組んで祈を見る詩と、祈の言葉に思わずまんざらでもない顔を表に出さないように他のことを考えようとする俺。惜しいなあ、すごく惜しい。祈がもう少し大人でボインなお姉さんならば速攻落ちていたというのに。ああ惜しい。

「アヤト」
「……なんだよ」

詩に視線を向ける。やけに真剣な表情に、次に何を言われるのか少しだけビビってしまった。が、しばらく言葉はなくただ俺を見ているだけ。一体何がしたいんだ。今更見惚れているってか?それならそれで別にいいんだけど?サービスで流し目でもしてやろうかと思っていれば、一つため息を吐かれた。ため息が出るぐらいカッコいいって?わかってるじゃん。

「こんなクソガキのどこがいいのかしら」
「あ?それ俺のこと言ってんの?」
「あんた以外に誰がいるって?」
「ああ?」
「う、ウター!だめ、ケンカは、だめ……!」

親指を立てて首の前で左から右にサッと動かして見せると舌打ちをされた。なんだって俺がこんな扱いをされなくちゃいけないんだ。横から勝手に入ってきたのは詩のほうだっていうのに。大きく舌打ちをして返し、もう詩のことは無視してバトルフィールドへ行くことにする。
今度こそ扉を開けて背を向けると、……なぜか詩も祈の後ろから着いてきたのだ。まさか特訓のときでさえも俺をないがしろにして祈と一緒にいるだのと馬鹿げたことを言い放つのか。とんでもない。慌てて部屋の中にいるトルマリン及びロロたちに視線を向けて目で訴えるが。

「いってらっしゃーい、頑張ってね」
「後で飲み物をお持ち致しましょう」

ロロは暢気に手を振り。イオナは既にサポート役に徹している。トルマリンは俺に向かって両手を合わせて頭を下げていた。"ごめんなさいどうにもできないっス!"ってか?あーもうだめだ、こりゃ駄目だ。自分でなんとかするしかない。
仕方なく静かに扉を閉めてから、静かな廊下で詩に向き合う。これ以上邪魔されて堪るかってーの!

「おい詩、」
「なんでわたしが着いていくのか知りたいんでしょう」
「ああそうだよ、どーせ"祈が心配だから"とか言うんだろ?"祈は女の子なのよ!?無茶させないでちょうだい"とか言うにきまってる」
「バカね。ほんっとガキなんだから」

まあちょっとは合ってるけれど。、詩が付け加える。ほらみろ。両腕を組んで歯ぎしりをしながら詩を見た。ふと、詩が俺に近づき片手を前に出してきた。ゆっくり瞬きをしてから手元を見ると、なんと、詩の手にはモンスターボールが乗っている。すられたか。慌てて自分のベルトに視線を移すが、いつも通り祈のボールはちゃんと俺の元にある。ならば今詩が持っているのは、。

「これ、わたしのボール。……ほしい?」

不敵な笑みを見せる。なんと偉そうな。
……いやでも正直に言えば、欲しい。詩だって口さえ開かなければ美少女ではあるし、何よりも魅力的なおっぱいの持ち主だ。あわよくばラッキースケベなんかで触れたらとも思っていなくもない。加えて飛行タイプのポケモンだ。もしも俺のポケモンにできたのならば、すぐにサンギ牧場へ行けるじゃないか。
とても魅力的な問いかけではあるが、素直に頷くことができないのは俺にもプライドってものがあるからだ。ここで素直に頷けば、なんとなく詩に負けたことになってしまいそうな気がする。それだけは、絶対に嫌だ。死んでもこのクソガキには負けたくない。

突っ立ったまま黙り込んでいると、詩がクスリと笑った。まるで俺の考えていることが分かっているかのような顔。実際そうじゃないことを願いたい。

「アヤト、わたしとバトルしない?」
「バトル?」
「そう。わたしに勝てたら、このボールはあんたにあげる。そしたらあんたの言うことだってなんでも聞いてあげるわ」
「なんでもって言ったな?言ってないとは言わせねーぞ?」
「ええ。ただし、わたしが勝ったら、その時はあんたがわたしの言うことなんでも聞くの」
「う……、」
「アヤト、だいじょうぶ……!わたし、がんばるから!」
「祈、」

俺の服の裾を引っ張って詩を真っ直ぐに見ていた祈を見て、即座に頷けなかったことが少しばかり恥ずかしくなった。
……そうだ、詩がどれぐらいの強さか分からないぐらいで何を怖気づいているんだ。もしかしたら口だけ女かもしれないし、何より祈が頑張ると言ってくれている。ろくな努力もしてないようなクソガキに、俺と祈が負けると思うのか?
いいや、負けるわけがない!!

「……いいぜ、のった!」
「男に二言はないわよ」

ニヤリと薄っすら笑みを浮かべる詩に思い切り頷く。

「ああそうだ。やってやらあ」
「それじゃあ、行きましょう」
「ウタ……!わたし、まけないよ!」
「うん、わたしもまけないから」

これから戦うもの同士だというのに、バトルフィールドまでああやって手を繋いで行くらしい。思わず気が抜けそうになったものの、もう一度条件を思い出して気を引き締める。それからどう指示を出すか頭の中で考えて。
これは一生に一度の大勝負と言っても過言じゃない。……ぜってー負けらんねえ。詩の思い通りにさせて堪るか。
主人公は、この、俺だ!!

力強く廊下を踏みしめ、エレベーターに乗り込んだ。
どうして突然バトルだなんて言い出した詩の意図は分からんが、とにかく今は勝つことだけを考えなければ。一人嬉しそうに祈を見ている詩を睨んで、拳を握った。

バトルはもう、はじまっている!




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