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ヒウンアイスはやはり美味い。隣に座っているトルマリンがにこにこしながら俺を見ている。食べたいのか、食べかけのアイスを傾けると手の平を見せながら左右に振る。食べたいわけでもないのに、アイス食ってる俺なんか見ていて楽しいのか。いいや楽しいわけがない。

「はあ……俺やっぱ断ればよかったなあ」
「アヤト様らしくない言葉っスね」
「だってさあ、今だって俺のこと邪魔扱いして外に追い出すぐらいだぜ?さらに祈を占領ときた。俺また手持ちポケモン0じゃん。あーもう、こんなんやってらんねーよ」

コーンまですっかり食べ終えてから指を舐めて、ベンチの背もたれに思いっきり寄りかかる。空は青い。青すぎて嫌になるほどに青い。ため息と一緒に少しだけベンチからずり落ちると、トルマリンが座ったまま前屈みになって俺を覗き込むように見てくる。

「オレはいい機会だと思うっスよ。一緒にいることで詩さんのいいところが見えてくるかもしれないっス!」
「嫌なところもさらに見えちまうかもな」
「アヤト様お得意のいいところ探しはどうしちゃったんスか!?」
「へんじがない。 ただのしかばねのようだ。」
「もー、アヤト様ー」

んなこと言われたって。トルマリンに肩をぐらぐら揺らされながら、しかばねは考えた。どうやって詩を心音さんの元へ追い返そうかと。ただ何度考えても、それは祈の協力がなければできないという結論に至ってしまって最早俺が打てる手はなさそうだ。

俺がスライムのように溶けてベンチと同化してしまう手前、トルマリンが立ち上がって俺に手を差し伸べる。見上げれば、ニシシと歯を見せ笑ってい。

「アヤト様、ゲームセンターに行きませんか?アヤト様はゲームがお好きだと聞いたので」
「スロットなら行かない」
「クレーンゲームから格闘、シューティング、音楽ゲームもあるみたいっスよ?所持金も両替済みなんスけど、」
「行くぞトルマリン!ストレス発散だオラア!」
「はいっス!」

いやほんと有能すぎかよ。一気に気力が戻ってきて、ベンチから勢いよく立ち上がってからトルマリンの腕を掴んで引っ張った。が、どうやらゲーセンは反対方向だったらしく逆に俺が軽く引きずられた。力でペンドラーにゃ勝てねえってな。

すれ違う人たちがスーツ姿から学生服に変わっていく。第二のメイン通りと言われている道は、若者向けの店が軒並み揃っていた。だからなのかゲーセンがあちこちに見えて、色々なところから大音量でアップテンポの曲が聞こえてくる。まるで東京並みの都会さだ。……いや、俺東京行ったことなかったけど、きっとこんな感じなんだろう。

「さ、アヤト様!今日はオレがずっと付いていますんで、思う存分遊んでくださいっス!」
「何言ってんだよ、お前も一緒に遊ぶんだぜ?まさか誘っといてゲーセンで遊んだことねえとか言わないよな?」
「も……申し訳ございません」
「いいよ、俺が教えてやるから!なあ、全部やってみようぜ!?何からやりたい?」
「い、いえ!オレは護衛なので、!」
「お、あれか?俺UFOキャッチャー得意なんだよね〜どれが欲しいんだ?取ってやるよ」
「あっアヤト様!オレのことはいいっスからあ……っ!」

ガチャガチャと騒がしい店内で、今度こそ俺がトルマリンを引っ張っていく。トルマリンの目線が向かっていた台に行ってみれば、カラフルなボールが敷き詰められた上に巨大なペンドラーの人形が横たわっていた。アームは三本爪で時間内ならいくらでも動かせるタイプだ。アームの力具合と人形の重さが気になるが、取れない台ではない。
いや、しかし。

「トルマリンに人形か。わはは、似合わねえな!」
「だってほら見てくださいアヤト様、この人形の目!これは助けを求めている目っスよ!?」
「わかったわかった今助けてやるからなー」
「ほ、本当にいいんスか……?アヤト様が楽しまないと、」
「これはな、取るのが楽しいんだよ。だから今めちゃくちゃ楽しい。OK?」
「……オッケーっス!」

ありがとうございます!、なんてまだ人形が取れてないのにトルマリンがすでに嬉しそうにしている。それを横目に硬貨を入れた。UFOキャッチャーをどうしてやるのかなんて決まってる。取れるまでの過程が楽しいからだ。景品は二の次ってもんだ。
アームがどこまで動くか、機械の天井を見てからアーム幅も目で見て想定する。片手でコントローラーを操作してボタンを押す。アームが下がり、人形に商品が食い込み。……と、当たり前の流れを隣のトルマリンはずっと目を輝かせながら眺めていた。ただ人形が大きいだけに少しずつ動かしていくしかなく、派手な動きはなかったものの楽し気な表情は相変わらず。
見られている、期待されている。当たり前のように嬉しくなって得意げにまた硬貨を入れてコントローラーを握った。こりゃ絶対取るしかねえ。

「──……アヤト様」

落とし口付近に景品を近づけ、あと数回バウンドさせれば落ちるだろうと考えていたとき、ふとトルマリンが俺の肩をつついた。アームの位置を考えるため台の中に目線を向けたまま、ガラスに映っているトルマリンの表情も一緒に見ればやけに真剣な顔をしている。気になってやっと直接顔を向けると、トルマリンの視線は別のところに向けられていた。店内の照明がより一層暗い、コインゲームやスロット台がずらりと並んでいるコーナー。トルマリンはそこをじっと見ていた。

「どうした?スロットやりたいのか?」
「いえ、つい先ほどからこちらを見ていた者がいたので注意をと思い」
「ええ?気のせいじゃないか?」
「まあ、悪意は感じないので一理あるっス。彼は多分、エネコっスね」
「エネコ……」

思わずエビ反りで暗がりの方を見たものの、当たり前のように姿は見えなかった。……エネコ。心当たりがありすぎるが、いやまさかそんな。だって昨日の今日だぞ。こんな偶然あるものか。
頭を思い切り振って「知り合いっスか?」なんて首を傾げるトルマリンに否定の言葉を力強く返した。知り合いなんてもんじゃない。あんな知り合いがいて堪るかってーの。

──……ごとん。落ち口に人形が落ちた。俺の顔と落ちた人形を素早く見るトルマリンに笑ってみせると、サッと屈んで人形を取り出す姿を見下ろす。

「っほあああっ!!すごい、すごいっスーっ!!」
「ほら。身代わり人形にでも使えりゃいいけどな」
「そんな勿体ないことしないっス!わああありがとうございますアヤト様!大切にするっスー!さっすがアヤト様っスね!?本当に取れるなんてすごいっス!」
「ま、こんなの余裕だし。他にも欲しいのがあったら言えよ」
「いえ、オレはもうこれで十分っス!」

大きなペンドラー人形を抱きしめて満面の笑みを見せるトルマリンが今だけ俺より幼く見えた。久々に褒めちぎられた俺も上機嫌で綺麗になったクレーン台を離れる。まさかこの世界でも俺の神スキルを発揮できる日が来ようとは。
ルンルン気分のトルマリンを引き連れて、さて次は何をやろうか考えたが、その前にトイレに行きたくなった。手元においしい水を置いておいたのがいけなかったのか。

煙草臭いスロット台が並ぶフロアを歩きぬけてトイレに入る。当たり前のように付いてきたトルマリンは人形を抱えているため入り口で待機しているという。人形が無かったら一緒にきていたのか。それはそれで色々と気になることが分かるから別に良かったのだが。
……が、今は一人でよかったと心底思った。

「んあっあぁっ、ふぁ、んッ……も、やだあっだめぇ、!」
「…………」

ズボンのチャックを降ろした途端にこれだ。小便器の前に立ったまま思わず固まってしまった。……なぜって、そりゃあどこかで聞いたことのある声だったからに決まってる。それもごく最近に一晩中聞いていた、あの甘ったるくていやらしい声で。
これじゃあ出るもんも引っ込んじまうに決まってる。大人しく聞かなかったフリをして戻ろうと決めた途端に、個室の扉がゆっくり開く音がした。絶対に振り返らないよう完全に石になりきって、出もしないものを出すフリをした。
俺の後ろを通り過ぎ、手すら洗わず何事もなかったようにトイレを出ていくのは中年のおっさん。ちょっとだけ目の前にあった鏡を見たのが間違いだった。ただただひたすらに気持ちが悪い。

「…………」

まだアイツは個室にいるのか。動いている音が聞こえる。絶対に会いたくない。今度こそちゃんとモノを仕舞って急いでチャックを上げた。危うく挟みそうになってヒヤッとしたが今はそんなのどうでもいい。とにかく早くトイレから出なければ。
高速で手を洗った。水の流れる音がすれば、流石にエネもトイレに他にも人がいたことが分かるだろう。いい気味だ。こんなとこでヤるなんて恥を知れ。エネがドМじゃないことを願いつつ、わざと足音を立てて出入り口のドアノブを握ったとき。

「っ、う、……っく、」

聞こえてしまった。聞いてしまった。
すすり泣く、声を。

「──……エ、ネ……、?」

出入り口前。扉を半開きで突っ立たまま、思わずアイツの名前が口から零れた。
瞬間、ぴたりと泣き声が止まって動く音がする。それにハッとして慌てて扉を引いてトイレから出た。待ってくれていたトルマリンの腕を握って引っ張り、早足でスロット台の間を抜けていく。

「アヤト様?どうしたんっスか?」
「何でもない。トルマリン、次のゲーセン行くぞ」
「えっ?」
「いいから行くぞ!」
「は、はいっス、」

エネが泣いていようが知ったことか。俺にはこれっぽっちも関係ない。だけどもう今日はあのゲーセンにはいられなかった。逃げなければいけなかった。
どうしてそう思うのか、知ってて知らないフリをした。




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