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ロロにはそりゃもう何度も怒りをぶちまけた。俺は"お姉さんと"えっちなことがしたかったのだと繰り返し言ったが、何度言っても「騙された君が悪い」の一点張りである。自分だけ巨乳で美人なお姉さんとえっちなことしてズルいぞ!、それに対しても「君だってカワイイ子とえっちなことしてたでしょう」と返されてもはや顔を引きつることしかできない。
確かにエネは可愛かった。話も上手いし意識がぶっ飛ぶぐらいのテクニックも持っていた。だがしかし、男だ。ふざけんなって。

「さ、アヤくん。そろそろビル近くだし、昨晩のことはここまでで」
「ケッ。母さんに聞かれたらマズいってか?すでにバレてるのに何を今更」
「まあ俺は別にいいんだけど?君が男の子とえっちなことしてたってバレたらひよりちゃんがどう思うか……」
「そっ、そりゃテメエのせいだろーが!チクショー!」

ニヤニヤ笑うロロのケツに蹴りを入れるがまたしても空振りに終わる。ちょこまかと避けやがってとことんムカつく野郎だ。背中に連続で拳を入れてもぜんっぜん効いてないし本当にもうイヤだ。
一人頭を抱えながら軽快な足取りのロロの後ろを歩いていて、ふと思い出す。それは昨晩、エネが言っていたことだった。歩みをゆっくりに変えて立ち止まると、ロロも止まって後ろを振り返った。細い道の先、大通りの一部が見える。早朝だというのにもうすでにスーツを着た人がちらほら。

「どうしたの、アヤくん?」
「ロロってさ、……本当にキスはしないの?」
「何を言うかと思えば。誰から聞いたのさ」

素直に驚きの表情を浮かべるロロにエネが言っていたことを軽く話すと、らしくもなく視線を斜めに落として片手で頭を軽く掻く。……答えを聞く必要もなさそうだ。エネの話は本当だったらしい。相手が俺の母さんじゃなければもっと可哀想に思えたはずだが、いやとてもじゃないが慰める気にもならない。ひたすらに一途な面を尊敬するか、はたまたいつまでも未練がましいと思うか、どう思うのは個人の自由だろう。ちなみに俺は、もちろん後者である。

「お前さあ、そんなんで悲しくなんないの?はっ、お前、いつか父さんのこと殺そうとか思ってないだろうな……」
「あはは、俺そんな悪く見える?」
「見える」
「心外だなあ。ひよりちゃんが悲しむようなことはしないよ」

それにさ。俺の大好きな二人が幸せなら俺も嬉しいし。、負け惜しみもいいようなセリフを言うロロだが、その顔を見れば言葉は本心から出ているものだと分かったから残念ながら馬鹿にするようなことはできなかった。ロロが俺を見て一度微笑むと背中を向けて歩き出す。

「ま、想い続けるのは俺の勝手だし、とやかく言われる筋合いはないよね」
「お前強えーのな。でもやっぱキモイわ……」
「別にアヤくんにどう思われようとどうでもいいし」
「おおそうだったな、俺もその言葉そのままそっくり返すわ」

今度は振り返りもしないでロロがけらけら笑っていた。報われない愛でもこんな形になれるんだなあと、ほんの少し感動してしまった。……まあ、だからといってロロを見直したわけじゃないんだけど。





「おはよう、ひよりちゃん!」
「おはようロロ」

ビルの最上階。さっきまで俺を蹴とばしてソファに寝転んでいたロロが、母さんを見た瞬間に飛び起きてすっ飛んで行った。反動で蹴とばされた俺は、母さんにデレデレのヤツを睨みながら腕を擦る。それからロロと入れ替わるように目の前にやってきた祈を見た。パッと見でわかる。毛並みがすっげーよくなってる。加えて両腕にいっぱい服を抱えていて、目をキラキラ輝かせて俺を見ていた。

「アヤト、みて!ひよりさんにかってもらったの……!ウタとここねさんにもえらんでもらって、それでね、!」

祈がいつも以上によくしゃべる。細かいところは全部脳を通さず通り抜けてしまったが、ショッピングにエステ、デザート食べ放題とかたくさん話をしたりと随分楽しかったらしい。今までずっとバトルの練習ばっかりしてたし、祈もいい息抜きが出来たんだろう。

「よかったな祈。母さんサンキュー」
「どういたしまして」

祈の頭を撫でる俺と、ロロの頭を撫でる母さん。祈とロロは同レベルなのか。母さんの前でのロロはとことんポンコツなのだと改めて思った。そしてふっと、視線を感じて目を動かすとなぜか詩と目が合う。すかさず逸らされたものの、どこか違和感がある。なんなんだ。

それからしばらく、イオナと手伝いにトルマリンが用意した茶と、いかにも女が好きそうなスイーツをつまみに内容のない話に花を咲かせていた母さんたちだったが、やはりその間も何度か視線を感じた。全て詩からのもので、得体の知れない恐怖に包まれる。詩の性格を知っているからこそ素直に怖い。

「……おい祈。アイツ頭でもぶつけたのか?」
「ウタ?うーん、そんなことなかったとおもう……」

俺のとなりでマカロンを両手で持ちながらリスみたいにちみちみ食ってる祈に小声で言うと、小首を傾げて詩を見た。
──……瞬間、詩が立ち上がり。話も丁度途切れて、視線が全て詩に注がれる。当の本人の視線は、やっぱりこっちに向けられていて。
どうしたのかと思えば両腕を前に伸ばして、こちらに向かって歩いてきた。なんなんだあの手は。俺の首を絞める気か。それで公開処刑なのか。思わず身を震わせて祈の後ろにサッと隠れた。いやきっと隠れても引っ張りだされるだろうが、時間稼ぎぐらいさせてくれ。なぜ突然殺されると思ったのか、理由とか全然考えてなかったけど絶対殺されると思った。それぐらいなんかすごい気を詩から感じていたからだ。

じわじわ迫りくる詩に、祈の小さな背中の後ろにソファの背とサンドイッチでダブルガードを決める俺。そうして詩が目の前で立ち止まり、両腕をゆっくり伸ばしてきた。終わりだ。目をぎゅっと閉じると。

「……お母様、決めました。詩はやっぱり、しばらく祈と一緒に居たいです」
「……は?」

次に目を開けたとき、詩の腕はぎゅっと祈を抱きしめていた。祈はというと口をもごもごさせながら詩のことを目を丸くして見ている。そんな詩に、母さんと心音さんが顔を見合わせてにこにこと笑顔を浮かべていた。もしや二人には事前に話をしていたのでは。

「いやいやお前何言ってんだよ」

斜めに倒していた上半身を起こして祈の後ろから出た瞬間、詩が今度こそ俺を見る。いや完全に睨まれている。ものすごい形相に思わずビビるレベルだ。祈を抱きしめたまま、俺に詰め寄ってきた。距離が思っていた以上に縮まり、思わず座ったまま仰け反ってソファに両肘をついてしまう。

「聞いたわよ、あんた祈のこと回復しないまま放置したんですって?」
「そ、それはずううぅぅっと前の話だし、」
「それにあんたブラッシングしてあげてないでしょう?祈は女の子だっていうのに!」
「いっ、イオナがやってやってるんだから俺は別にいいだろ!?ていうかテメエには関係ねえし」
「これだからクソガキは!」
「クソガキはテメエのほうだ!!」

ファック!!!!!
二人して中指を目の前に思い切り立てれば、俺は後ろに引っ張られ、詩とついでに祈は反対方向に引っ張られていた。俺の腰に巻き付いているのは母さんの腕で、力づくで押し返して抜け出す。対して詩はというと、母親には敵わないのかそのまま大人しく抱きしめられている。……が、目線はしっかり俺を刺し殺そうとギラギラ光っていた。

「そもそも祈は俺のポケモンだ。祈についてくるってんなら俺のポケモンになるのかよ?」
「バッカじゃないの。誰があんたなんかに従うものですか。わたしは祈と一緒にいたいだけよ」
「はあ?意味わかんねーっ!」

何がどうしてこうなった。昨日のうちに祈と詩の間に何があったのか。そもそも祈と一緒にいるということは、一分一秒でさえ同じ場所にいることが苦痛なこのデカパイとともに過ごす時間が必然的に増えてしまうということだ。……これなんて拷問?

「詩ちゃんなら可愛いし強いし、俺は大歓迎だよ。それに詩ちゃんにとってもきっといい経験になる」
「まあ、流石ロロおじさま!分かっていらっしゃるわ!」

一気にぶりっ子に変わった詩がロロのところまで走って行くと愛嬌たっぷりに抱き着いていた。これほど癪に障ることはない。ソファの上で胡坐をかいて膝の上に肘を立てて顔を支え、聞こえるように舌打ちをした。隣、母さんが小さく笑う。

「ケンカするほど仲がいいって言うよね」
「それ本気で言ってんの?母さんの目は節穴かよ」
「詩ちゃんすごく良い子だよ」
「やっぱ節穴だな」
「アヤくん、お願いー!」

俺の目の前で両手を合わせて首を引く母さんから目線を逸らす。なーにがお願いだ。ぜってーーヤダ。
フン、と鼻を鳴らせば、ふと心音さんが立ち上がって俺の足元で膝を立てて座った。これには思わず胡坐が崩れて背も自然と伸びてしまう。間近で見れば見るほど美人で綺麗でいい匂いがして、そして巨乳。
スッと白い腕が伸びてきて、俺の手に手を添える。片手を両手で包み込むように握ると、長い睫毛が上を向く。

「アヤトくん、わたしからもお願いしていいかしら。……あの子、ちょっと口が悪いけれど、本当は素直で優しい子なのよ」
「ひ、え、っで、でもぉ……、」
「わたしたちが甘やかして育ててしまったせいね、なかなか親離れできなくて困っていたのよ。でもね、祈のことを妹のように思ったみたいですっかりお姉さん気分みたい。わたし、すごく嬉しいの」
「う、うう……」
「アヤトくん、以前会ったときよりもすごく成長してる。きっと詩も、アヤトくんと一緒なら今よりもっと成長できると思うの。アヤトくんになら安心して詩を任せられるわ」

お願い、アヤトくん。
透き通った声が俺の中に染みわたり、こだまする。おねがい、アヤトくん。おねがい。……おねがい、されました。心音さんにお願いされちゃあ、そりゃあ……断れる!!わけがない!!!美人のお願いを断れるか!?いいや無理です!!無理!!

ぎゅっと手を握り返したかったものの、手が震えるわ急に出てきた手汗がやばいわで綺麗な手の中で拳を握ることしかできなかった。代わりといっちゃなんだが、ありがたいお胸様からゆっくり視線をあげて綺麗な水色の瞳を見る。

「お、……俺でいいなら、その、……別に、いい、ですけど、」

直後。脳天に強い衝撃が走って前のめりになった。心音さんと一瞬でも距離が縮まったことは感謝するが、だがしかし。頭を押さえながら後ろを見ると、赤い扇子を力強く握って俺に向けている詩がいた。

「お母様、安心してください。この虫けらは今すぐこの詩が叩き潰して差し上げます」

目が、ガチだった。
これで心音さんが止めに入っていなかったら、俺は本当に叩き潰されていたかもしれない。……思わず引き受けてしまったが、正直これから詩とうまくやっていける気が一ミリもしなかった。
どうしてこうもうまくいかないことだらけなのか。はあ、……なんて。思わず大きなため息が出てしまった。




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