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祈を母さんたちに預けてからビルに向かって荷物を降ろし、日が暮れるのを待っていた。その間、母さんに頼まれたことを律儀に果たそうと、イオナがロロに何度か言葉を投げかけていたが当たり前のようにロロは聞く耳を持たなかった。もちろん俺も同じく。

「そうだ、イオナくんも一緒に来る?可愛い系が好き?それとも美人系?あの店レベル高い子ばっかりだからおすすめなんだけどなあ」
「どちらかと言えば美人系が好みではありますが、私は遠慮致します」
「好みはしっかり答えるのな」

てっきりロロの誘いにイオナも乗るかと思えば、いつもと変わらない表情で首を振る。イオナは美人好き、というどうでもいい情報を得たところで念入りに歯を磨く。ボクサーパンツも一番お気に入りのもので準備は万端。……やっばい今から超緊張してきた。やばいどうしよう。

「私はきちんと忠告しましたよ。もうアヤトがどうなろうが知りませんから」
「あ?俺?俺はさあ……まあ、次会うときは大人になってっから、よろしくな、イオナ」
「阿呆すぎて救いようがありませんね。性行為をしたからといって大人になるわけがないというのに」
「負け惜しみかあ?あーん?」
「ご想像にお任せいたします。もう相手をすることすら面倒臭い」

これまでになく呆れた表情で首を左右に振って大きなため息をついたイオナが部屋から出ていく。そうして扉がしっかり閉まるのを見送ってからロロとにんまり笑顔を合わせた。これで本当に邪魔者はいなくなった!自由だ!

「さて、そろそろ行こうか」
「お、おおう……!!」

立ち上がるロロを見て、俺も勢いよく立ち上がる。緊張に緊張を重ねた身体がどこか重たく感じながらエレベーターで一階に降りる。出て、何も知らずに「いってらっしゃいませ」なんて頭を下げるトルマリンの背を意味ありげに叩くと不思議そうに首を傾げていた。俺は何も語らない。そう、語るときは、俺が大人になったときだ……。


街に出てからはひたすらロロの後を着いていく。人混みを抜け、街灯が並ぶ大通りを歩いていきふっと横道にそれる。暗い路地を歩いていき、抜けたところ。今までと雰囲気がガラリと変わる。さすがの俺にも分かった。この場所は、"そういう店"が立ち並ぶところだ。
店の入り口はどこも煌びやかな装飾と明かりで眩しいぐらいに輝いている。ところどころに客引きも立っていて、道行くサラリーマンやいかにもなおっさんに笑顔で声をかけまくっていた。……マジもんだ。本気でロロは俺を風俗店に連れて行く気だ。

「お、おいロロ、」
「なに、怖気づいた?」
「べっ、別に、そんなんじゃ、」
「着いてきて、こっちだよ」

ロロの背に隠れるように歩きながらしつこいキャッチを蹴散らしながら道をどんどん進んでいく。そうしてロロが立ち止まったところ。真っ赤な外装に煌びやかな入り口。ここの店の前には客引きがいない。が、吸い込まれるように何人か人が入って行くのを見た。ただ不思議なのが男女両方の入店があることだ。女性も派手な恰好の人からスーツを着た人まで色々いる。……普通、こういうところって男が来るところじゃないのか。
不思議に思いながらも立ち止まったロロに視線を戻した。

「さてアヤトくん。入る前に一つ話を聞いてほしいんだけど」
「お、おう。なんだよ」

ロロが俺に身体を向ける。バックに店があるせいでまぶしいったらありゃしない。赤とか紫とか目に悪い色の看板ばかりで目がおかしくなりそうだ。
ふと、ロロが親指を立てて店を指す。

「ここ、昔俺が働いてたところ。改造されて逃げ出してからしばらくここで食いつないでいたんだ」
「…………えっ……?」
「この店は、擬人化したポケモンが人間の相手をしている店。まあ、俺が働いてたときは擬人化の知識が知れ渡っていないときだったから人間対人間だったんだけど。ポケモンだってことを隠しながら働いててさあ、もー大変だったよ」
「いや、えと、……えっ?」

情報過多すぎ。むり、処理しきれねえ。
ロロが昔働いていた。擬人化したポケモンが人間の相手をする。改造されて、逃げ出して?……は?いやほんと意味わかんねえ。
頭を抱えたままロロに着いていく。そうして気づいたら、店の中に入っていた。はっとして周りを見回して焦る。しまった、ついここに来るまでの癖で歩き始めたロロに着いてきてしまっていた。
ポケモンセンターのように受付がある。そこにスーツを着た男の人がいて、すでにロロが話していた。入り口は怪しい色で溢れかえっていたがここは白を基調にしている。清潔感を出すためなのか。でも奧やら階段の先やらに並ぶいくつもの扉は全部ド派手な色をしている。ピンク、ピンク、赤……うっ、チカチカする。

「てことで、さっきの話の続きはお互い楽しんだ後でってことで!……それじゃあ、さっき伝えたように。よろしくね」
「かしこまりました」
「なっ、ちょ、おいロロ!」

じゃあねー!ロロがひらひら手を振って綺麗な廊下を一人歩いていく。手にはすでに番号札のようなものが握られており、ロロが向かう先には露出度が高すぎるほぼ下着に近い美人でボインなお姉さんが立っていた。
……ま、マジかよ。羨ましい。いや、やられた。置き去りとかひどすぎる。ポケモンセンターならまだしも、こんなところで俺どうすればいいの?どうしろっていうんだ?うわ本気で泣きたい。無理ゲーすぎる。

「お待たせいたしました。お部屋は二階になります」
「ひえっ!?お、俺ですか……!?」
「はい、もちろんでございます。当店一番人気の可愛い子が、お待ちですよ」
「……っ!?!?」

にこりと微笑む受付の男にビビる俺。若干震える手で札を受け取り、俯いたままゆっくり、ゆっくりと階段を上る。白い螺旋階段の先、一階と同じく白い廊下を歩いて一番奥の部屋。ここまでならカラオケ店と同じような内装なのに、既に別の部屋から聞こえてくる喘ぎ声に生唾を飲み込んだ。……ま、マズイ。いいのか俺。本当に、いいのか。

当店一番人気の可愛い子がお待ちですよ。

先ほどの受付の人の声が何度も何度も頭の中で繰り返される。
……ロロの粋な計らい、か。
であれば、ありがたく受け取るしかない。俺、覚悟を決めろ。今まで一度もやったことがないんだ、自信がないと初めに言え。あとはこの扉の先にいる可愛いお姉さんに身体を委ねればそれでいい。それで、いいのだ。

「──……よ、よおし!」

小刻みに震える手でドアノブを握り。……ガチャ、ゆっくり下げて、押した。
──……男、アヤト、行きまあすっっ!!!

素早く部屋側に背を向けて、内側のドアノブを両手でしっかり握りしめて音を立てないよう静かに閉める。どくどくと音をならす心臓。この後ろに、可愛いお姉さんが、。

直後、するりと伸びてきた腕が俺の腰あたりに絡みつく。びくりと身体を飛び上がらせてから咄嗟に下を見ると、白く細い綺麗な腕が交差していた。手は小さく、爪は細長い形をしていた。背中に熱を感じて息が止まりそうになる。部屋自体に甘い香りが広がっているのに、お姉さんに抱き着かれていると思うと余計甘さが増したような気がした。

「あっ、ああああああ、あの、っ、!!」

からっからの声を絞り出す。緊張しすぎて最初らへんが裏返ってしまった。それにまた恥ずかしくなって、でもどうしようもなくて軽く唇を噛んでいるとクスリと声が聞こえた。……子供のように無邪気で可愛らしい声。しかしその中に色気も混じっていて、また唾を飲み込む。

「きみ、初めてなんだってね?」
「はっ、は、はいぃい、!な、で、ですので、そのぉ、」
「大丈夫。ぼくが優しく、ゆっくり可愛がってあげるからね」
「は、はっ、よ、よろしくぅお願いしま、……え、?」

……俺の優秀な脳みそが、この状況で正しく言葉を拾い上げた。
ぼく。確かに今、そう言っていた。お姉さんがぼく。まさかのぼくっこなのか。いやもうこの際なんでもいいと思ったが、背中に意識を集中させてみて「まさか」と思った。
……そう、俺の大好きな、待ちに待っていたおっぱいが。そこにあるはずのたわわが、エデンが、ない。ない変わりに、何か硬めの二つの突起物が背中に当たっている。次いで、そそり立つ何かが俺のケツあたりに当たっていた。

…………嫌な予感がする。

震えが別の震えに変わり、ゆっくり恐怖を交えながら後ろを振り返ると。
ピンク色の猫耳と短めの髪が揺れる。ついでに尻尾もゆらりと揺らし、紫色の宝石みたいに輝くまん丸の目をきゅっと細めて俺を見る。

「はじめまして、ぼくはエネって言います。好きに呼んでよ。アヤトくん、今夜はどうぞよろしくね」
「…………うそ、だろお……?」
「ぼくがたぁっぷり可愛がってあ げ る」

語尾にハートが付いていた。そう聞こえた。
俺よりも背が低く、小柄で色白の少年。大きな目に整った鼻と口。確かに顔は可愛いと言われれば可愛いが。

が。

お、俺の、俺の可愛い巨乳のお姉さんはいったいどこへ……?

ロロに騙され、辛すぎる現実を叩きつけられた俺はそのままその場にしゃがみ込む。
ひどい、ひどすぎる。とても辛くて悲しくていまだに希望を捨てきれない可愛い巨乳のお姉さんを脳内で思い描きながら、エネと名乗っていた少年を放りっぱなしに俺は扉の前で涙をこぼす。
もはや泣かずには、いられなかった。




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