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タチワキシティジムリーダーであるホミカは、毒タイプのポケモンを使う。そのことをリヒトに相談したところ、驚きつつも色々と教えてくれた。ポケモンによって毒の種類も違ってくるらしい。また技によっても毒の作用が変わってくるため、完全な対策はほぼ不可能だと言っていた。
"毒をもって毒を制す"という言葉がある。祈はどくどくを覚えているし、もしかしたら言葉通りに出来るのではないか。リヒト曰く、確かに毒を別の毒で消すことはできることにはできるが、これもその時受けた技の毒によって解毒に用いる毒も変わってくるという。……そこまで聞いて、俺は潔くアイテムを使う方法を取ることにした。
なぜリヒトが毒に詳しいのか。以前俺がリヒトのベッド下で見かけた本のことを改めて訊ねると、ぎこちなく口を開いてこう言っていた。
「数年かけて少しずつ盛っているんだ。……やられる前にやれっていうやつ」
誰に盛っているのか、聞かずともわかって俯き加減のリヒトの肩を叩いた。すげえじゃんリヒト!そうだよその通りだ!やられる前にやっちまえ!罪悪感なんて感じる必要これっぽっちもないって!だって悪いのはそいつの方だろ、なあ!?、思ったことをそのまま言った。
そうすればリヒトは顔をゆっくり上げて、ぎこちない笑みを浮かべながら「そう、だよね」と歯切れ悪く頷いていた。
リヒトは間違っちゃいない。少なくともこのときの俺はそう思っていた。
でも、もしかすると。
どうして"彼"が、ハーフに対して強い憎しみを抱いているのか。抹殺したいと強く思っていたのか。リヒトはこのとき、既に知っていたのかもしれない。
──……世界は静かに、しかし確実に鋭い牙を剥いていた。
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「いくよ!あんたの理性、ブッとばすから!!」
「よっしゃこいやー!」
ギュワワーンッ!、ホミカのギターがものすごい爆音を鳴らす。アンプと繋がっているからでかい音が鳴るんだろう。ライブのときも見てて思ったが、やっぱりペンドラーモチーフのギター超かっけえ。ホミカの歌う曲もなかなかに良かったし、バトルが終わったらギター見せてもらって楽曲配信してるか聞いてみよう。
……とまあ、余裕ぶっこいていた俺だったのだが。
「ホイーガ、毒針!」
「スピードスターで弾け!」
なんとまあ、戦いにくいのなんのって。毒、毒、どく。いくらこちらがアイテムを使おうがまた毒に侵される。祈も動きから疲れが見て分かるぐらいだ。なんとか短期戦にしたいのだが、これまた一戦目のドガースといいホイーガといい防御力がバカ高い。バカじゃねえの!?って思わず叫びたくなるぐらい硬い。いやほんとバカじゃねえの??
「あんたの勝ちたいってエネルギー、めっちゃ溢れてる!」
「そりゃ勝ちてーもん!祈、アイアンテール!」
「まもる!」
「ッチ!またかよ!!」
丸くなったホイーガを包み込むように半円の透明な壁が生まれて祈の尻尾を弾いた。そのまま宙で一回転をして着地する祈を見る。息が上がったままだ。それに毒のダメージも残っている。……いや、焦るな焦るな。祈が頑張ってくれている、焦ったってなんの意味もない。どうにかしてとっととこのいやらしいバトルを終わらせなければ。毒にまもるを連続して使ってくるとか嫌がらせとしか思えねえぞチクショー。
「ホイーガ、連続で毒針!」
「アイアンテールを床に叩きつけろ!」
俺の言葉の直後に祈が軽く飛び上がり、尻尾を鋼色にしてから思い切り振り落とすとステージ床の一部が崩れて重力に逆らい上に飛び上がる。計算通り、毒針は祈にたどり着く前にコンクリートの破片に刺さってそのまま床に落ちてゆく。
「へえ、やるじゃん。でもまだまだ!ここから盛り上げてあたしが勝つの!」
瞬間、ホイーガが祈に向かって転がってきてそのまま体当たりを繰り出す。軽々と吹っ飛ばされて俺の後ろにある大きなスピーカーにぶつかり落ちる祈を見た。咄嗟に駆け寄ろうとしてしまったが、今はバトル中だ。トレーナーが手を差し伸べた瞬間に"負け"と判断されてしまう。
「祈!頼む、がんばってくれ……っ!」
『だい、……じょうぶ……っ!まだ、いける!』
「……よし、リフレッシュしてからねがいごとだ。回復するまでなんとか避けろ」
『……うん!』
不覚だった。盾がわりに使ったコンクリートが逆に視界を遮っていた。だからホイーガの接近にも気が付くことが出来なかったんだ。唇を噛んで、リフレッシュで特性「どくのトゲ」でやられた毒を解消する祈を見る。
毒針を避けてから攻撃をするとなると、「まもる」で全て弾かれてしまう。またホイーガの特性のせいで直接攻撃はなかなか指示しにくいときた。さて、どうするか。
「そろそろサビいくよ!爆裂ッ!」
「っ祈、気を付けろ!」
ホイーガがすごい勢いで転がってきた。それを飛び越えて避ける祈に、次に襲いかかるのは毒針。咄嗟に尻尾で顔を隠した祈に容赦なく突き刺さる。猛毒状態だ。しかしもうホイーガは動き始めているし、リフレッシュは間に合わない。
「尻尾を盾にしたのは間違ってないけどっ、いや、……待てよ、」
尻尾を盾に。鋼は毒を無効にする。ホイーガは攻撃中はまもるを使えない。そしてこれまで防御もいろんな技を使ってできるだけ下げてきた。となれば。
「イチかバチかやってもらうしかねえ!祈っっ!」
苦し紛れで振り返る祈に、腕を下から上に思いっきり持ち上げて天を指差した。
飛び上がれ。
──……迫りくるホイーガと対峙していた祈が、地を蹴り上げた。
「終わりだね!ホイーガ、ベノムショック!」
「アイアンテールを盾に!!そのまま突っ込めええ!!」
どす黒い紫色の液体を切り裂く鋼。直後、何かが弾けるような音がしてステージが軋む。かと思えば紫がいっきにステージに降り注いで重たい雨音を奏でて染み消えた。
「……、」
「……、」
息を飲み、前を見る。──……その差はまさに、数秒だった。
ホイーガが倒れたあとに祈が傾いて、……前足の片方だけを踏ん張らせていた。
「ホイーガ戦闘不能!……よって、チャレンジャーの勝利です!」
旗があがって、やっと祈が倒れた。
慌てて駆け寄ってから毒消しを吹きかけると、薄っすらと目を開け弱弱しくも「ブイ!」と嬉しそうに一声あげていた。ボールを祈の額にコツンと当てると、赤い閃光になって吸い込まれていった。ポケモンセンターで回復したら思いっきり褒めてやらねえと。
「これ!あたしに勝った証!」
「っありがとうございます!」
やった。やったぜ……!早くもバッジ二つめだ!これでロロを少しは見返せるし、祈には本当に感謝だ。そうだ、何か欲しいものも聞いて買ってやろう。それからそれから、。
「まっ、くやしーけど一切手抜きなしだったし、すがすがしーし、スッキリしたし!あんたのポケモン!勝つ!って気持ちがメチャメチャ溢れでてたし、そのちょーしでいろんなことやっちゃいな!」
壊れかけのステージの上、負けたあともカッコいいホミカに……いいや、ホミカさんに、俺は惚れた。
頭を下げて片手を思い切り服に擦りつけてから差し出して。
「あっ、……握手、……いいっすか」
「いーよ」
「あと、……その、ギターめちゃくちゃカッコいいんで、っあ、ホミカさんもめっちゃカッコいいんすけど!ギター、見せてください……!あっ、楽曲配信してますか!?」
「……っアハハ!うん、見せてあげてもいーけど、まずはポケモンセンターいってきたほうがいいし」
「っはっ、はい!!」
めちゃくちゃ笑われたけど最早どうでもいい。しっかり握手をしてもらったあと、全速力でライブ会場兼ジムを飛び出しポケモンセンターに直行した。もちろん、祈のことを思ってダッシュしたんだ。勘違いしないでほしい。決して、ホミカさんと早く話したかったからではない。断じて、違う。
回復後、ホミカさんからギターをよおく見せてもらったあとにライブチケットも貰った俺。……もしやこれは脈ありなのでは。
そんな浮かれていた俺に、イオナがすかさずこう言った。
「ここのジム戦に勝ったチャレンジャー、皆にチケットが配られているそうですよ。よかったですねえ、アヤト」
……少しは夢を見させてくれたっていいじゃん。
涙が一粒、ぽろりと落ちた。