14

よく考えてみた。俺にだってリヒト以外に友達はいる。ならリヒトに友達がいても俺が何か言える立場ではない。
……んなの考えなくても分かるってーの。理屈で感情を抑えつけることは可能なのか。答えはノーだ。それでもあからさまに感情を出すのはみっともないし出来ないのは自分でも分かっているわけで、結局のところ俺はあれからもやもやを無くす努力ばかりしていた。まあ、そんなのできるわけなかったんだけど。

「浮かない顔だねえ、アヤくん。何かあったのかな?」
「……うっせ。お前には関係ねーし」
「へえ」

俺が行こうと思っていた矢先、ポケモンセンターに泊まっていたロロたちが早々とサンギ牧場までやってきた。ロロの少し離れた後ろにイオナ、そして祈が背を向けている。
俺の横、リヒトは相変わらず不思議そうに祈を見ていた。対して俺は何となくでも祈の気持ちが分かる気がして、一度目線を横に向けてから頭をガリガリ掻き乱した。後ろからハーくん先輩が俺の肩に腕を乗せて寄っかかると、すぐ横で顎を突き出し祈を指す。

「なかなかどうして、可愛いお嬢さんじゃないか。アヤト、あんないい子をどうやって口説いたのさ」
「そんなこと俺にできてたら、もっとボインでエロいお姉さん口説いてますよ」
「アヤト、外見が全てじゃないぞ。大切なのは、中身だ」
「ハーくん先輩が言うとぜんっぜん説得力がないんスけど……」
「ふむ。アヤトに同感だな」
「うええっ!?ハーさんまでひどいよお!」

およよよ。嘘泣きで芝生の上に倒れるように座るハーくん先輩の横、リヒトが一人あわあわしながらも気遣う素振りを見せていた。当たり前のように俺とハーさんは見て見ぬフリをして、イオナに隠れるようにしている祈を見る。
優しくハーさんに背を押された。見上げて、ゆっくり頷く姿を見せられては、俺はもう大人しく従うしかない。

「祈」

イオナを挟んで声をかけた。垂れ下がっている耳がぴくりと動いて遠慮がちにこちらを向く。なんとなくイオナを見上げてみたものの、視線はどこか別のところに向いていて頑なにこちらを見ようとはしなかった。「手は貸しませんよ。ご自身でどうにかしなさい」とでも言っているようだ。

「昨日はごめんな、俺が悪かったよ」
「……」
「今度は祈も一緒に野宿してもいいからさ」
「……ほんと?」

ゆっくり振り返った祈が、イオナの足の横から顔を覗かせて俺を見る。大きく頷いて見せると、嬉しそうに目を大きくしてから俯き加減で両手の指をもじもじとお腹のあたりで絡ませて「わたしも、ごめんね」なんて小さな声で言っていた。
バトルでは驚くほどの力を発揮していたが、こうしてみるとやはり祈もまだ子どもだと思った。ほんの些細なことでも機嫌を損ねて表に出すが、子どもながら簡単に謝ることも出来る。いくら大人っぽく見えても、中身は年相応ということだ。
なんだかすごくホッとする。

「……そうだ、」

ふっと祈が何かを思い出したように顔をあげ、リヒトの元まで走っていった。まさか自分のところに来るとは思っていなかったのだろう、リヒトが被っていたフードをさらに被って身体をできるだけ後ろの方へ傾けている。昨日ほぼ丸一日祈とも一緒にいたはずなのに全然慣れる気配がない。何だろう、祈が女だからというのも理由のひとつなのか。

「リヒト」
「っな、なに……?」

祈が一歩出ると、リヒトが二歩大きく下がる。見ているぶんにはかなり面白い。いつの間にか復活していたハーくん先輩も俺の隣で必死に笑いを堪えている。

「わたし、リヒトにはまけない。アヤトのポケモンは、わたしだから!」
「っお、おれだって!アヤトの友だち!……っ祈には、負けない!」
「え?は?なに?お前ら何の話してんだ?」

ひと睨みした後、満足気に一人戻ってきた祈と不満げに唇を噛んでいるリヒトを見比べてはすっとんきょうな顔をするしかできなかった。ロロを含めハーくん先輩たちの笑い声すら怒るよりもまず首を傾げるしかできない。

「さて、面白いものも見れたしそろそろ行こうか」
「お、おう……」

持前のコミュ力を生かして仲良くなったであろう、ハーくん先輩たちと挨拶をしているロロを見ているとリヒトがずかずかと目の前までやってきた。今までに見たことのないような表情に瞬きを繰り返せば、腕がにゅっと伸びてきて俺の両手を力強く握りしめる。

「アヤト!おれ、いつか絶対アヤトのポケモンになって一緒に戦うから!」
「ど、どうした突然?」
「ぜったい、ぜったい!約束!!」

ゆーびきりげんまん!、無理やり小指を絡めとられてぶんぶん手を振られる。その間も祈とにらみ合っていて、……やっと、なんとなく分かって。つい少しばかり嬉しくなってしまった。見られないように自然を装って俯いてから小さく笑う。

俺もリヒトも、そして祈も。三人そろってまだまだ子どもだ。

「アヤト、また来てくれ。オーナーも楽しみにしていると言っていたぞ」
「また可愛い子を仲間に入れて連れてきてくれ、アヤト!頼む!」
「まあ、頑張ってみますけど……期待はしないでください」

両端で笑顔を見せる二人に続き、リヒトが一歩前に出る。

「アヤト、行ってらっしゃい!」
「うん、行ってきます。……今度こそ、何かあったらちゃんと連絡しろよな」
「分かったよ。気を付けて」

それじゃあな。牧場に背を向け歩き出す。少し振り返ると、まだ手を振ってくれていた。最後に一度、大きく手を振り返して前を向く。
楽しかった。素直にそう思える時間だった。やっぱりサンギ牧場は、俺にとってすごく居心地のいい場所になっているようだ。

「アヤト、次はどこへ向かうのですか」

すっかり祈の保護者と化しているイオナに聞かれた。待ってましたその言葉。思わずにやりと口角を上げると、あからさまに目を細めて変な顔をされた。「何ですかその笑みは」、言葉にされずとも分かる。
次はどこへ向かうのか。そんなの決まっているだろう!俺はジム巡りをしているのだ。となれば、もちろんやることはどこへ行ってもバトル!つまり、

「次はタチワキシティのジムに挑戦する!」
「えーもう?昨日おとといにジム戦したばっかりじゃん。早くない?調子乗ってない?」
「いいだろ別に。俺は祈なら次も勝てると確信してんだよ。な、祈?」

隣を歩く祈を見ると、ぶんぶん顔を縦に振る。祈もバトルが好きなんだな!、そう勘違いしてしまうぐらい嬉しそうな様子だ。

「祈、無理はしなくていいのですよ」
「ううん、わたし、アヤトといっしょにバトルする!」
「あはは、大変だねえ」

そっと胃のあたりに手を当てるイオナの姿にロロが笑う。俺としては祈もやる気で万々歳。
確かにロロの言う通り、調子には乗っている。けど、祈なら勝てると思っているのも本当だ。次のジム戦はホミカ。毒タイプの使い手だということはすでに知っているし、手持ちポケモンだってわかってる。それでいて俺が何の対策も立てないとでも思うか?まさかだろう。
それに俺には、毒のスペシャリストがついている。昨晩のうちに聞いたことはすでに頭に入ってるぶん、余計負ける気がしねえ。

それじゃあ行こうか。タチワキシティのジムに向かって、一直線!




- ナノ -