13

日が暮れて、バカ猫どもも戻ってきたところで小屋の中はすでにパーティ状態で賑わっていた。昼間はメリープ姉さんたちのところに行って揉みくちゃにされたり川で少し遊んだり、なんだかんだで楽しめた。
楽しい時間はアッという間で、オーナーさんの奥さんが作ってくれた山ほどあった料理もすっからかん。丸くなった腹を擦りながら窓の外を見ると当たり前のようにすでに真っ暗になっていた。それからも他愛無い話をしたりで時間が過ぎる。気になっていたリヒトも、だいぶ馴染んで笑顔を見せていたから安心だ。

「さて、そろそろポケモンセンターに戻ろうか」
「……?なんでロロがボールを持ってるの?」
「アヤくん今日はリヒトくんと一緒に野宿するんだって。だから俺がボールを預かってて、」
「わたしも、アヤトとリヒトといっしょにのじゅくしちゃだめ?」
「だそうです、アヤくんどうぞ」

食器を片付けて戻ってくるや否や、祈がぱたぱたと駆けてきて目の前で立ち止まると俺を見上げる。急に話を振られてもなんのことだか分からない。ロロに聞いて、後からやってきたリヒトの答えを聞くまでもなく即答する。

「だめだな。俺、リヒトと二人きりで話したいことが沢山あるからさ」
「……わたし、アヤトのポケモン」
「?、だから?」

俺が首を傾げるのが早いか、それとも祈が背を向けるのが早いか。何も言わずに歩きはじめたと思えば、片方ずつにイオナとロロの手をがっしり掴んで扉に向かって力任せに引っ張る。

「本当にアヤトは阿呆ですね」
「……は?なんでそうなんだよ」
「今だけイオナくんに同感」
「はあー??」

じゃあまた明日。ひらり手を振るロロと丁寧にお辞儀をしてから扉を閉めるイオナを見送った。祈はあのまま一度も振り返ることはなく、俺は何がなんだかさっぱり分からない。このあとハーくん先輩にもなぜかダメ出しをされてハーさんにまで呆れた顔をされた。意味が分からない。

「俺なんかまずいこと言った?言ってなくない?」
「おれにもよく分からないけど、あの後祈の波動がピリピリしてたから多分アヤトの言葉が原因で間違いないよ」
「なんでえ?」
「おれ、最近やっと色んな人と話せるようになったばかりなんだよ?アヤトに分からないのならおれが分かるわけがない」
「はあー……女ってほんと分かんねえ。めんどくせ」

二人で真っ暗な森を歩く。頼りになる光はリヒトが持っているランプだけ。
オーナーさんたちにはまた明日旅立つ前に挨拶に行くことを告げて、ハーくん先輩たちに見送られながら小屋を出てからどれぐらい経っただろうか。
話をしながらゆっくり歩いて着いた場所は以前となんら変わりない。大きな木の下にバッグを置いて寝袋を引っ張り出す。その横で夜目の利くリヒトが枝を拾ってきては火を焚いた。小さな火に息を吹きかけた後に、俺がバッグに入れっぱなしだった傷だらけの下敷きでベコベコ音を鳴らしながら風を送る。

「でさ、やっとバッジを手に入れたってわけ!俺にしてはすっげー頑張った。うん、頑張った」
「へえ、……」
「んだよ、反応薄いな」
「──……いや、その、」

羨ましいな、って、思って。

焚火を前にリヒトが俯きがちに呟いた。俺は一瞬何を言われているのか理解できず、思わず口を半開きのままリヒトを見る。きっと間抜けな顔をしていたに違いない。誰が羨ましいのか。俺か?楽しいことだけじゃない、理不尽なこととかも話した上でリヒトは俺のことを羨ましいと思ったのか。
聞けば、口をきゅっと閉じたまま小さく頭を左右に振る。なんだ、分からん。旅をしている俺たちが羨ましいのか。そこまで追求はしないで、昨日のうちに買っておいたマシュマロをオーナーさんに借りた串に刺して火にかざす。

「俺と一緒に旅したくなったらすぐ言えよ。リヒトなら大歓迎だ、すぐに迎えにきてやる」
「──うん、ありがとうアヤト。すぐ、言うよ」

猫背のまま顔を少し傾けて俺を見るリヒトにもマシュマロが刺さった串を渡すと不思議そうにしていたが、顎で手元を指し示すと同じく火にかざし始める。

「そういえばリヒト、ハーくん先輩から聞いたんだけどさ。……お前、最近体調があんまり良くないんだって?」
「う、……」
「また前みたいに戻ってるのか。キュウムがぶっ壊した研究所も元通りってわけか」
「そっ、そうなんだけどね、でも聞いてアヤト。またしばらく研究はお休みだって言ってたんだ。多分まだ完全に機能が復活していないんだよ」
「……ふーん」

串を少しずつ回しながら考える。一度研究を再開してからまた休みになるなんて普通に考えれば不自然じゃないか?また研究所に破壊光線を叩き込まれたわけでもないのに、今まで何年も続けていた研究をこの短期間で休止するなんて何かあると考えるのが普通なのでは。良い方に考えたいリヒトの気持ちは分かるが、どうも腑に落ちない。かといって俺が何かできるわけじゃないところがまたもどかしい。
さてどうしようか。そう考えているところ、リヒトがバッ!と顔を上げる。

「そうだアヤト!おれ、友達ができたんだ!」

良い具合に溶けてきたマシュマロを口に運ぶ手前、一気に嬉しそうに声のトーンまであげて言うリヒトに動きを止めて瞬きを繰り返した。

「友達?メリープ姉さんたち?」
「ううん。おれと同じ、リオルだよ。名前も一緒、リヒトっていうんだ」
「──……"りひと"?」

あちっ!、リヒトがマシュマロを口に入れた瞬間肩を飛び上がらせた。尻尾がぴんと真っ直ぐ上を向いた後にぞわぞわと毛が膨れてから時間をかけてゆっくりと元の太さに戻している。

──……何か、強い衝撃を受けてしまった。
リヒトが楽し気に"りひと"のことを話しているのを、相槌を打って聞いては見るが実際殆どの話が脳を通さず耳の穴を一直線に抜けて行っていた。ただリヒトがすごく嬉しそうに話していることだけはずっと伝わってきている。

「おれと似てるんだ。性格とか、考え方とか。アヤトが忙しそうなときは、色々話も聞いてもらっててね、」

ハーくん先輩が言っていた。俺が連絡を取っていない間、"リヒトが楽し気に話してるの見てるんだから"と。おかしいと思ったらそういうことだったのか。
熱いマシュマロを黙々と食べて、また刺してから火にかざす。リヒトの話は続きに続き、そりゃもう俺と話していたときよりも楽しそうな顔がどんどん腹立たしく思えてきた。ついには相槌を打つことさえ早く止めたくなってきて、腹の中で次第に嵩を増してゆく煮えたぎった黒い塊を押さえるために甘ったるいマシュマロに串ごと噛みつく。

「すごくいい人なんだよ、おれの友達」
「……俺、リヒトの親友」
「?そうだね?だから?」

ぽき。木製の串の先っぽが折れた。口をもごもごさせてから地面に向かって吐き出す。
……どうして祈が怒ったのか、なんとなく分かった気がした。祈がどう思っていたのかは知らないけれど、俺はこの感情がどんなものなのかを知っている。みっともなくて情けない、バカバカしいものだと思っていたが実際胸に宿すとなんとまあ胸糞悪いものだろう。

「……アヤト?……あれ、なんか怒ってる……?」
「怒ってない」
「で、でも波動が、」
「怒ってない!ほらお前ももっと食え!なんなら俺が食わせてやろうか!?ああ!?」
「おれもうお腹いっぱ……っ熱!熱い!!」

認めたくない。決して認めたくはない。けれど今、ここには俺とリヒトだけしかいないのに、ずっと頭の中でチラつく"りひと"のこと。見たことも会ったこともないくせに、そいつを今すぐぶん殴りたくなった。そうなってついに脳内で頭を抱える。

リヒトが初めて自分の力で友達を作ったんだぞ?リヒトの良さがまた他の誰かに認められたということだ。それは俺にとっても嬉しいことだろう、そうだろう?もっと喜ぶべきだ、そうじゃないのか?

そうだ。そうだ。……いいや、違う。

沢山の同意の中でぽっかり浮かんだ否定の言葉。たった一つの否定が、一気に同意を飲み込んで真っ黒に染め上げた。
俺はこの感情を知っている。みっともなくてバカバカしい、けれども人間ならば必ず一度は抱くであろうこの感情。

それは俗に、嫉妬と呼ばれている。

情けないことに。馬鹿げたことに。
俺は、まだ見ぬ相手に激しい嫉妬を抱いてしまったのだった。




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