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勝利。それはとても甘美なものだった。初めて味わった勝利の味に骨抜きにされ、気持ちを浮つかせたままジムを出た。まずは頑張ってくれた祈のためにもポケモンセンターに行かなければいけない。
左側の制服の内側。バッジが一つついている。今日だけはここに付けていたい。確かサトシも服の内側に付けていたような気がするが、今ならそうしたくなる気持ちも十分に分かった。……しかしまあ、落として無くしてしまったら元も子もない。早めにバッジケース買いに行こう。

「おめでとうアヤくん、お疲れ様。ま、アヤくんにしてはよく出来ていたんじゃない?」
「だろ〜?俺だってやりゃできんだよ〜」
「……あれ。今からかっても意味がないみたいだ」
「今俺ちょ〜機嫌いいから」
「あっそう」

一気に興味なさげに答えて距離を置くロロを眺めながら口笛を吹く。今まででこんなにも楽しくポケモンセンターに向かうことなんてあっただろうか。いやない。なぜならいつも特訓でくたびれてから宿であるポケモンセンターに帰っていたからだ。ぼろぼろの祈を抱えながら歩いたことだってある。
……今までのことを思い出しながら歩けば、達成感で満ち溢れた。あの時、チェレンに負けていて良かったとも思えてしまった。そう思えるほどの過去に、もうすでになっているのだ。こっちに来てからというもの、時の流れを早く感じると同時にだんだんと自分が変わっているような気がする。いいことなのか、悪いことなのか。はっきりとは言えないが、とりあえず今はいいことにしか思えないからそういうことにしておこう。


あっという間にポケモンセンターに着き、自動ドアをくぐる。真っ先にカウンターに向かって走っていき、もう何度もお世話になりすぎて名前まで覚えてもらったジョーイさんに、制服の内側をめくって見せる。

「あら、それは!」
「ベーシックバッジ!俺やっと勝てたんです!」
「おめでとう、アヤトくん!」
『おめでとう、よくがんばったわねえ』

ぱちぱちと拍手してくれるジョーイさんとタブンネに照れ笑いが漏れてしまった。そういえば後ろにロロもいたことをフッと思い出して、手早く祈のモンスターボールを渡した。
回復が終わったら部屋まで持ってきてくれるらしい。いつものように鍵を受け取ると、一緒に傷薬とおいしい水も出てきた。

「これは?」
「私たちから少しだけどお祝いよ。受け取って」
「……あっ、ありがとうございます!いただきます!」

両腕で抱えて頭を下げ、ボールをトレーに乗せて運ぶジョーイさんたちを見送った。……お祝いに貰った二つのアイテム。どちらもバッグの中に大量にあるけれど、そりゃもうめちゃくちゃに嬉しい。ニヤつく顔を抑えきれずにそのまま後ろにロロを従え部屋に向かう。
鍵を差し込み回して入る。それから真っ先に小さな個室に飛び込んでから小型の通信機をバッグから漁って取り出した。扉をもう一度みてから、隙間も空いてないかチェックする。よし、大丈夫だ。連絡先の上から二番目をタッチして、相手が出るのを待つ。ワンコール、ツーコル、……何度目かのコール音のあと、真っ暗だった画面が明るく開けた。真っ先に飛び込んできたのは、茶色のパーマ頭。やっぱりだーこの人が出ると思ったー。

『やあ、久々だねアヤト!リヒトにばっかり連絡してて僕たちにはくれないんだもん、ひどいよお』
「ええー?でも俺リヒトにもそんな頻繁に連絡してないっすよ?」
『隠そうったって無駄だよ!楽し気に話してるの見てるんだから!』
「うわなにこのメンドクセー彼女みたいなの。そんなことよりハーくん先輩、」
『そんなこととはなんだよ!……って、おお!?そのバッジ、もしかして!』
「ふふん、どうっすか!!」

ドヤァ。画面いっぱいに顔が映る前からドヤ顔を見せつけると「とうとうやりやがったな〜!」なんて茶化すような声に余計鼻を高くした。しばらくそんなやりとりをしてから、やっと本題に入る。

「明日、牧場に行こうと思ってるんですけど……」
『ウェルカム!沢山褒めてあげるぞー!オーナーとハーさんにも言っておくよ』
「ありがとうございます!……それで、その、リヒトにはまだ内緒でお願いします」
『サプライズってことだね、了解!……ところでアヤト、そのリヒトについてなんだけど、』
「?何かあったんすか?」

ベッドで寝ころんでいた態勢を、仰向けからうつ伏せに転がる。硬めの枕を左手で引っ掴んで胸元に押入れ抱え込みながら、ハーくん先輩の言葉の続きを聞く。ハーくん先輩も、俺と同じく比較的顔に出やすいタイプだってことは分かっている。だからこそ、画面に映る表情を見てはたと思い出した。

『最近リヒト、体調がよくない日が多くて、早く帰っていいよーって言っても聞かなくてさ。手伝ってもらえるのはありがたいんだけど僕たちの仕事は健康あってのものだから、リヒトには良くなるまでゆっくり休んでもらいたくてね』
「分かりました。俺からも言ってみます」
『助かるよ、よろしくね!それじゃあアヤト、お祝いは明日にさせてもらおうかな。気を付けてくるんだよ!』

じゃあね!、プツンと通信が切れる音がした。画面がまた真っ暗になって、持ち上げていた首をおろして抱えていた枕に顔を押し付ける。
……聞いてない。そんなこと、ひとっつも聞いてないぞ。というか本当にここ最近は忙しくて連絡してなかった。いやでもリヒトから俺にかけてくることもできるのに、向こうからの連絡も一切無かった。つまり、リヒトのやつは俺にまで隠してやがるということだ。……また実験が再開してしまったということなのか。キュウムが研究所を破壊してからまだそんなに経っていないじゃんか。もっとちゃんとぶっ壊せってーの。足をバタバタさせて、頭をがりがり掻きむしって。
……ともかく。リヒトと直接話さないといけない。

「バッジ自慢してから問い詰めてやる」

寝袋、どこに仕舞ったかな。また仰向けに戻ってから反動をつけて起き上がり、ベッドから降りてバッグを開いた。傷薬と包帯も用意して。

「アヤくん、イオナくんと祈ちゃん戻ってきたよー」
「わかった、今行く」

扉越しに返事をしてバッグを閉じた。立ち上がり、ドアノブに手をかけて一旦振り返る。……んな心配することないって。だろ?ほらバッジをもらったときを思い出せ。そうそうこのニヤけ顔だ。よし行け!

扉を開けると、回復終わりの祈がぱたぱたと駆けてきてバッジを見せてと目を輝かせて俺を見上げる。イオナも心なしかいつもより表情が柔らかい気がしなくもない。リヒトも大切だけれどもこっちも大切だ。余計な心配はかけたくない。

「今日は特別に、アヤトと祈が食べたいものを作って差し上げましょう」
「マジで!?じゃあ俺カツカレーがいいー!」
「わたし!おむらいす!イオナ、おむらいすがいい!」
「ふふ、かしこまりました」

腰にエプロンを巻きながら、シャツを丁寧に折って腕まくりをしているイオナの周りをぴょんぴょん飛び跳ねる祈は、まるでウサギのようだった。何はともあれ、今夜はいつにも増して豪華な夕飯になりそうだ。そりゃそうだよな!なんてったって、ジム戦に勝ったんだから!この!俺が!!

「では、少し待っていてくださいね」
「おう!」
「「はーい!」」
「何座ってるんですか。ロロさんは手伝ってください」
「……はーい……」

連行されるロロをしたり顔で見送る。それからソファに座ると、祈も隣に座ってリモコンのボタンを押す。画面にはスイーツが映し出されていた。ニュースの合間にやる夕飯前によくある食べ物の特集だ。ヒウンアイスを使ったパフェが大人気!……祈が食い入るように見ている。あとで連れて行ってやるか。
ふと、視線をキッチンに向ける。なんだかんだ上手くやっているように見えるロロとイオナの後ろ姿を見てから、祈に向けた。

「……あのさあ、祈、」
「?……なに?」

視線がゆっくり俺にやってくる。垂れさがっている片耳がテレビの方向に少しだけ立てられて向いていた。それに意識を集中させようと試みたが、ダメだった。や、やっぱりこう、真剣に言うとなると急に恥ずかしくなるな……。けど今がチャンスなんだ、今言わないでいつ言うんだ。行け俺。自分自身を奮い立ててから、向かい合う。

「……その、今日ジム戦で勝てたのは、祈のおかげなんだ。……ありがと、な」
「アヤト……」
「そっ、それだけだから、」

丸い目がさらに丸くなってから、はにかむように笑顔を見せる祈につい視線を下げてしまった。な、なに動揺してんだか。昼間は祈とあんなにじゃれ合ってたのに俺バカじゃねーのっ!?

「ほら見ろ祈、美味しそうなのやってるぞ!」

慌ててまた身体をテレビと向かい合わせてリモコンを手に取ったとき、スッと片手が添えられた。それもすぐに両手になって包み込まれてぎゅうと握られる。瞬きを繰り返しながら横に視線を向けると、さっきまで足を揺らしていた祈がソファの上で俺の手を握りながら正座をしていた。なぜ。これも技なのか。

「アヤト、」
「な、なんだよ」
「あのね、わたしががんばれたのはアヤトがいたからなの。だから、わたしもありがとうっていいたくて。……ありがとう、アヤト」
「……、……」

……こくり。何も返せず深く頷いて見せると、満足気に手を離して足をもとに戻すとテレビに視線を向ける祈。そのあとに俺もゆっくり視線をテレビに向けたものの、内容がうまく頭に入ってこない。
もしかするとたった今、祈はメロメロを使ったのではないだろうか。きっとそうだそうに違いない。でなければ、俺がこんなつるぺたに見惚れるわけがない。メロメロ、なんと恐ろしい技なんだ……。

身を持って体験した夕飯前。そして美味しい飯を食いあげた夜は、こうしてあっという間に過ぎていったのであった。




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