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「だーから、奮い立てるを詰まれるとヤバいんだって!」
「だからね、目に向かって砂かけをして、」
「またオーラで弾かれたらどうすんだよ!?」
「……アヤトとロロ、なかよし」
「「じゃない!」」

両手で頬杖をして足をぶらぶらさせながら俺とロロを見ている祈は嬉しそうにニコニコしている。その表情にはこれ以上反論もできず、また言い合う気力も削がれたところで一旦椅子の背もたれに寄りかかって息を吐く。俺とは逆に、ロロは前のめりになって一つ息を吐いた。

祈がイオナと夜中にバトルの練習をしているということを知ってから、早三日が過ぎた。あえて俺もロロも知らないフリをして過ごしているが、多分すでにイオナは感づいているだろう。まあ祈にさえ知られなければそれでいいんだけど。
それはそれとして、俺もロロとの作戦会議を三日連続で行っている。……確かに。勉強になることは沢山あることにはあるのだが。しかし。やっぱり教えてもらうのがロロっていうところがいけないのか、どうしても一言一言に噛みつきたくなってしまってだな。もちろんその度に噛みついているから、今みたいに毎度ヒートアップしてはこうして疲れているわけなんだけど。

「……まあ、またやるだけやってみれば」
「お前毎度それで締めるよな」
「だってそうなんだもん。いくら話し合っても結局はやらなきゃどうなるかなんて分からないでしょう」

その通りである。反論もできず、横目で見ながら口を噤んだ。
手元にあったボールペンを右手に持って、指を軸に回してみる。暇な授業ばかりでペン回しもこんなに上手くなってしまっていた自分自身に驚く。そんな俺の手元に注がれている熱い視線に気付いた。祈が目を丸くしながら見ていたのだ。ちょっと調子に乗って別の回し方に変えてみると、ガタリと椅子が音を立てる。テーブルに前のめりになって、間近で見る祈。……悪い気はしない。

「なあ、祈」
「うん?」
「……お前は、どう思う。そろそろまたジムに挑むべきだと思うか?」

視線が手元から顔にやってきた。ちょうど、ペンが落ちてテーブルにぶつかり音を鳴らす。一度、二人してペンに視線が移動したが、また顔を見合わせて。……祈は無言で姿勢を正すと、目を横に動かしてから間をおいて口を開く。

「……もうちょっと、だけ、まってほしい……です。あと、3にち、アヤトといっしょにれんしゅう、してからがいい……」
「そっか、分かった。それじゃあ、そうしよう」
「うんっ!まっててね、もうちょっとなの……!わたし、がんばるから……!」
「おう」

尻尾をぶんぶん振って嬉しそうに駆けてゆく祈の背を見る。……さっきの言い方じゃあ、自分から特訓について言ってるようなものじゃないか。
面白くなって頬杖をしながら小さく笑うと、向かい側、つまりはさっきまで祈が座っていた椅子の隣にいたロロのニヤつく顔が視界に入ってしまった。咳払いをして顔を背けると「隠さないでもいいじゃん〜」とか浮ついた声が聞こえてくる。
……あー、ほんっと、ウゼェー。





今晩は月明りがいつもより明るいような気がした。
一人、屋上の柵に寄りかかって下を見る。イーブイと赤紫色のレパルダスが交差するたびに鈍い音がここまで聞こえてきていた。どうしてあそこまで頑張れるのか。何度も疑問に思っては、色んなことを思い浮かべる。しかし結局は、「俺のため」という結論に至ってしまう。ロロに言ったら思い上がりも甚だしいって言われそうだ。

「……」

祈が頑張っているなら俺も頑張ろう。何を。うまい指示を出すことか。何かが違う気がする。身体を張って戦う祈と、指示を出す俺は釣り合わない気がする。じゃあなんだ。俺はバトルを否定しているのか。祈に怪我させたくないなら戦わなければいい。……いや違う、そうじゃないだろ。

片手で頭をかき乱す。考えれば考えるほどわけがわからなくなってくる。毎度のことだ。両腕を柵の向こう側に放り投げてうなだれていると。──……つつつ、俺の背筋を気持ち悪くなぞる指にゾクリと肩を持ち上げて勢いよく振り返る。こんなふざけたことするヤツなんて、誰だなんて言うまでもない。

「やあアヤくん。月がきれいだねえ」
「……お前なあ、ほんとふざけんなよ。何で毎回足音消すわけ?」
「勝手に消えちゃうんだよ」
「嘘だな」
「いやあ、アヤくんのアホ面が面白くてさあ」
「…………しね」

ワザとらしく笑うロロに舌打ちをして背を向けた。そんな俺の隣になぜかロロも柵に寄りかかる。なんだコイツは。何しに来たんだ。あからさまに嫌味を出しながら横目で見ていたが、なんのアクションもなく。仕方なくそのまままた下に視線を向けた。

「三日後にジムに挑みに行くんだよね」
「おう」
「アヤくんもそれで大丈夫なの?もう、挑むことを怖いとは思っていない?」
「──……いや、」

何も言わずに黙り込む。ロロも追及はせず、二人して無言のまま二人が特訓している様子を眺めていた。そのままどれぐらい経っただろうか。俺が小さく欠伸をすると、ロロが俺の頭に片手を乗せてぐしゃぐしゃとかき乱した。素早く腕で叩き落として睨む。

「んだよ」
「三日後のジム戦、俺が戦ってあげようか」

ニコニコ顔のロロが言う。それを思いっきり睨みつけて言葉をぶつける。

「俺は祈で、祈と!勝ちたいんだよ!チェレンに見せつけてやるんだ、俺の祈は強いんだぞってな!」
「"俺の"?」
「っバッ、べ、別にそっ、そういう意味じゃないからなっ!?」
「わかってるわかってる〜ところでそういう意味ってどういう意味?」
「チッ、チクショウ嵌めやがったな!」

口が滑った。ロロの足元に蹴りを入れるが効果無し。どうしようもなく頭を抱えて柵に寄りかかると、今度は背中を二回軽くたたかれて。

「アヤくんの意気込みを聞いて安心したよ。次こそ勝てるよ」
「……何を根拠に」
「あれ、アヤくんはまた負けると思ってるの?」
「っぜっっっったい勝つ!!勝ってやる!!」

カッとなって言い切ってから、ハッとした。……この猫は伝えたいことひとつにどこまで遠回りしてくるんだ。なんだかよく分かんない気持ちになって人差し指で頬を軽く引っ掻いた。

「さて、それじゃあアヤくんももうひと頑張りだ。色んな状況を想定した対策を頭に叩き込もう」
「……なあロロ。俺、他にも何か、」
「君は、もうすでに君に今できることを精一杯頑張っている。変に悩むより、今はまっすぐに進む方が祈ちゃんのためになるんじゃない?」

釣り合わないのなら、上乗せできる何かを。
──……俺が、"祈のために"できることはなんだろう。

考えて、一つの答えに至った。
部屋に戻る前に、もう一度だけ下を見てから拳を握ってロロを通り過ぎる。それから振り返って声を張り。

「よおく見てろよクソ猫!もう"俺が戦ってあげようか"なんて言わせねえからなっ!!」
「あはは。後で泣きついてきても、知らないよ?」

おやすみ。手を振るロロに思いっきり中指を立ててから扉を閉めた。
三日後。……今度こそ、全部を出し切って絶対に認めさせてやるんだ。

俺と、そして祈の努力を。




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