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チェレンとのジム戦からどれぐらい経っただろう。
ふと気になって最新型の通信機能付き時計のボタンを押した。……3週間ぐらい経ってる。窓の外を見て、真っ赤に染まった葉っぱがひらひらと落ちていくのを見た。はは、そりゃあ季節も変わるよなあ。
頭を掻きながら苦笑が漏れた。……焦りはない。ゆっくり目標に向かって進んでいる結果がこれなんだ。それだけでも十分進歩したと思いたい。ああ、そういや少し袖口が短くなった気がする。もしやこれは身長も順調に成長しているのでは……!?

「……アヤト、じゅんびできた」
「おう。それじゃあ行くか。……?祈、それどうした?」
「?」

背を向けていた祈の後ろに座って足を見る。片足だけやっと靴と皮膚を分離できるようになった祈の、まだ分離できていない方の膝上あたり。大きめな痣が出来ていた。回復は昨日の練習終わりにしたから痣が残るはずはないのだが。

「……きのう、……おふろで、ころんだの。たぶん、それ」
「どうやって転んだらこんなとこに痣できんだよ……。風呂場は滑りやすいからな、今度から気を付けろよ」
「うん」

頷き、立ち上がると退けていた尻尾が足元を隠す。……しまった。つい痣に気を取られていたけど、そ、そうだな、足をジロジロ見られるのは祈でもイヤだったんだな。今度から俺も気を付けよう。

回復アイテムを沢山詰めたバッグを肩にかけて靴紐を結び直す。森を歩きまくっているからか新品だったスニーカーもだいぶ汚れてきている。それに少しだけ嬉しくなってから、あとで洗おうと思った。忘れなければ、の話だけど。

「祈、今日もがんばろうな」
「うん……!」

部屋の扉を開けて踏み出す。今日も絶好の練習日和だ。
もう顔なじみになってしまったタブンネに挨拶をして、ポケモンセンターを出た。それから森まで歩いて行って、ひたすらバトルの練習をする。指示を出すだけだった俺も、ついでと言っちゃなんだが体力づくりも兼ねて少しばかり筋トレを毎日するようになっていた。アニメじゃサトシだってポケモンと一緒に色んな事してたじゃん。それと一緒だ。

休憩を挟みながら、日が暮れるまで練習に明け暮れる日々。
祈のレベルは20近い。きっともう楽に勝てるぐらいのレベルではある。しかしまだ挑めずにいるのは、あの時のことがトラウマに近いレベルの出来事になっているからだと思う。……つまり。俺の心のレベルがまだ足りていないのだ。いや、そもそもどうやってレベルを上げればいいのか分からないまま3週間過ぎている。現状、ジム戦を思い出すだけで思考が停止しかけてしまう。そんな状態ではとてもじゃないが、また挑む気にはなれない。

「はあー……」
「なに、いきなりため息なんてついてどうしたの?ママが恋しい?」
「そりゃお前のことだろーが馬鹿猫が」
「あーあ、ひよりちゃん今何してるかなあ。あっ、もしかしてお風呂の時間かな!?」
「きっしょ……」

早めの夕飯も食べ終え、すべて片付け終わったテーブルに両腕を伸ばしてうつ伏せになる。俺の向かい側にはロロが座っていて片肘を立てて手を頬に添えている。視線が斜め上に向いているあたり、ガチで母さんが今何をしているのか考えているように見えた。ひたすらに気持ち悪い。
祈はテレビに夢中になっている。タイトルは忘れたが、ヒンバスがミロカロスになるまでを描いたドキュメンタリーものらしい。みすぼらしい姿でも必死に努力を重ねるヒンバスに自分を重ねているのか、祈お気に入りの番組である。……まあ、俺も嫌いじゃないけど。
ちなみにイオナは外出中だ。買い物に行くとかなんとか言っていたか。

「……」
「……」

テレビの音だけ聞こえていた。そんな中、俺は悩む。目の前のコイツに相談すべきか。
そりゃもうめちゃくちゃ悩んだ。というかここ最近ずっと悩んでいる。正直ロロなんかに頼りたくはない。けれど今までの出来事を思い出すと、案外頼ってもいい存在なのではとも思ってきてしまっている。そもそもロロの訳分からん性格のおかげで俺が悩む羽目になっているのだが。

「12回目」
「あ?」
「アヤくんが熱ーい視線で俺を見た回数」
「……しね」
「あは、俺が気付かないとでも?」

ニコニコ、じゃなくニヤニヤ。やっぱり俺はロロが嫌いだ。舌打ちをして少しだけ上げていた顔をうつ伏せに戻す。テーブルは硬くて胸元は圧迫されてるしで苦しい。そんな中でまた考えて、ため息を吐いた。
……多分、今のままではこの先もずるずると引き摺ることになるだろう。それじゃあ祈に合わせる顔が本当になくなってしまう。

顔をゆっくり上げると、ロロが先ほどと同じポーズのまま俺を見ていた。ニヤニヤは無い。……そういうとこ、ほんとズルいと毎回思う。一度視線を落としてから、痒くもないけど片手で頭を軽く掻いた。

「あの、……さあ」
「うん」
「…………俺が、強くなるには……どうすればいいと思う……?」

尋ねる。
ロロの目が細くなる。頬が上がり、口元がゆるやかなカーブを描いた。それから祈の方に少しだけ視線を向けてから、俺に手招きをする。この距離で手招きとは。耳を貸せということなのか。テーブルから身を乗り出してロロの方に傾ける。口元に手を添えて耳打ちをするロロが言う。

「今夜、アヤくんのところに行くから」
「……あのさあ。俺、真面目な話してるんだけど」
「俺だって真面目だよ。とにかく。起こすの面倒くさいから、ちゃんと起きててね」
「……本気で言ってんの?」
「もちろん」

立ち上がるロロに不審の眼差しを向けてみたが、表情は変わらずそのまま祈のところへ歩いてゆく姿を見た。
今夜何が分かるのか。果たしてそれで俺に答えが出せるのか。信じられないが、ロロが今までに嘘を吐いたことは今のところパッと思い浮かばない。信じてみる価値はある、か。

うつ伏せから態勢を戻して座り直す。椅子に座ったまま遠くテレビの画面を見てみると、ヒンバスが白い光に包まれていた。

……進化するの、早えっての。




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