monologue

昔の話だ。
どこか遠くの地方に、事故でなくなった愛娘を生き返らせるため遺伝子の研究をしていた科学者が居たそうだ。その過程で、とある幻のポケモン・ミュウの身体の一部の化石を元に人工的にポケモンを作ったという。ミュウツー。そのポケモンの存在は、今もなお確かに有る。

何故ミュウツーを作ったのか。光の集まりにしかできなかった愛娘のコピーへ友人を作ってあげたかったからなのか。それとも本当にただの偶然なのか。ミュウツーにより研究所は破壊され、科学者たちは全員死亡した上に詳しい資料も燃えて無くなっているため真相は分からない。

しかし、それでも私はこの話を耳にしたとき、希望を持った。
──……人間はポケモンを作れるのだと。新しい生き物を作る創造主にさえなれてしまうのだと。


一般人は立ち入り禁止となっている森の奥に、研究所はある。光は一切入らない。昼夜関係なく暗い。特殊な液体で満たされているカプセルが立ち並び、常に青白い光を放っている。
こう見えて綺麗好きなので、資料だってきっちりと仕舞ってあるのだ。長年に渡って色んな"彼ら"から採取したものだって、他人に見せられるぐらい綺麗に棚へ並べてあった。……ここは、最高の研究所である。

コーヒーを片手に、座りすぎて壊れかけの椅子から立ち上がる。
研究所の中央。"彼"のところへやってきた。隣のカプセルは未だに空いたままである。さぞ寂しかろう。でももう少しの辛抱だ。もうすぐで迎えにきてくれる。だからそこで、いい子で待っているんだよ。そう語りかけると、反応するように口元から水泡が生まれた気がした。ガラスに反射して映っていた、痩せこけた頬の男が笑みを浮かべていた。それが自分だと気付くまで、数秒かかる。

「……希望の、光。ふむ」

どこかの国の言葉らしい。彼らにとっての希望の光が彼なのだ。そして、私にとってもまた彼は、希望の光である。皆の期待を背負った彼が今後どんな素晴らしい未来を作ってくれるのか。楽しみで、仕方がない。

「リヒトブリック。いや、"彼"からしたら君は闇なのだろうか。ならばこう呼ぼう。"シュヴェルツェ"」

光と闇。互いになくてはならないものである。互いに惹かれあうものである。
──……数少ない情報と資料をかき集めて早数十年。遺伝子を研究し続け、ついにここまでやってきた。この子は、完璧に"彼"になるであろう。そしてこの子は、まだまだ増える。私が創造主だ。まだまだ増やしてみせてやる。

古ぼけた写真立てを手に取った。あの頃は普通だった、今ではまぶしいほど輝いている写真の中の世界は幸せで満ち溢れていた。はにかむ自分の隣にいる、笑っている彼女の姿……。

「──我々人間の力を、存分に見せつけてやるのだ」

写真立てを静かに置いて、人差し指で彼女を撫でた。……今の私を見たら、きっと彼女は悲しむだろう。わかっているが、いいや、どうしてこの気持ちを抑えきれようか。

あの日から、私は自らの存在意義に悩んだ。何度も自問自答を繰り返し続けた。その果てが、今に至る。まるでそう、自らを生み出した人間に逆襲を画策していたミュウツーのようだ。そうしてふと、思う。もしかすると、今の私は"あの時の私のコピー"なのではないのかと。
馬鹿なことを思いついたものだ。自嘲しながらカプセルを見上げ、デスクに戻る。
絶対に叶えるのだ、わが夢を。


"光"が"闇"に変わるその時は、少しずつ、しかし確実に、近づいていた。




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