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回復終わりの祈はイオナが迎えに行ってくれたらしい。……俺はと言えば、ずっと布団に溶けていた。布団と一体化していた。今までだってバトル練習で年下に何度も負けて悔しい思いをしていたのに、今日のジム戦で負けた時の衝撃といったら、もう今までと比較しようがないぐらいだったのは何故なのか。

まだいける。そう、思っていた。
……でもそれは、完全に俺の判断ミスである。ポケモンの言葉が聞こえる。それが当たり前になっていて、だからこそ祈"自身"をよく見ないまま言葉を鵜呑みにしていたのだ。今になって考えると、あの時旗を上げてもらえていてよかったと少し思った。

「……だめだなあ……、おれ、……っ」

毛布をまとめて抱きしめて、顔を思い切り埋める。あーちくしょう、声に出すんじゃなかった。目は濡れていて痛いし、ずびずび鼻水が容赦なく出てくる。
自分は果たして「トレーナー」だと言えるのか。まぶたの裏にはまだ映像が残っている。あの時浴びた視線は、とても厳しいものだった。あの時俺を見ていた祈の目は、完全に怯えていた。俺は、……俺は、一体なんなんだ。何でもないのか。別の世界に来ても何も変わらない俺なのか。

「やあ、アヤくん。気分はどう?」
「……」

音がしなかった。いつの間にかロロが部屋に入ってきていた。ベッド一つでいっぱいの狭い部屋、ロロの声が大きく聞こえた。咄嗟に喉をしめてみたものの、ばっちり聞こえてしまっていたようだ。……最悪だ。

「バトルは残念な結果で終わっちゃったけど、まさかこれで諦めるわけないよね」

コイツはいったいどういういう神経をしているのか。疑う俺がおかしいのか?いや違うだろう。コイツはやっぱおかしい。今日の今日で、もう前に進めといっている。人の心も知らないで、よく平然というものだ。

何も答えず、またあえてピクリとも動かないで狸寝入りを決める。早く出て行ってくれ。今思うのはそればかりだ。

「あと少し祈ちゃんのレベルをあげて経験を積めば、次はまあ勝てるんじゃない?」

テキトーなこと言いやがって。あと少しだって?あんなに差を見せつけられてそれをお前が言うか?そもそもこうなったのはロロが挑んでみたらいいと提案してきたからだ。……いや、でも結局挑むと決めたのは俺自身だ。ほらみろ俺の判断ミスだ。
でもついロロのせいにしたくなる。そういうの、みっともないからしたくないのにロロがいつまでもここにいるから。ってほら、またロロのせいに。あああーーっ……もうっ!

「ねえ、アヤくん、」
「……うっせーよっ!もう放っといてくれよッ!!」

このままでは、頭も心も今以上におかしくなってしまう。
恥も捨ててぐしゃぐしゃの顔のまま布団を弾き飛ばして飛び起きると、ベッドの端に座っていたロロの目が少しだけ丸くなってから細くなる。どうせ俺の顔を見て笑ったとかいうオチだ。また泣いてるう、やっぱり泣き虫だあってからかう表情。……に、なると思っていた。

そんな俺の脳内妄想に反して、ロロが手を伸ばして来たのだ。そのまま手が頭に乗っかり、左右に動く。何が起こったのか分からなくて一度固まってから慌てて腕を弾き落として睨むが、懲りずに距離を詰めてはまた同じことをする。

「っんだよ触んな!出てけ!!」
「……」

情けない。結局ロロに当たってる。でも俺だけが悪いわけじゃない。いつまでもここにいるロロが悪いんだ。
ふーっふーっと肩で息をしながら唇を思い切り噛んで睨みつけていると、ロロが少しだけ視線を横に逸らす。それから俺をまた見て、手のひらを頭の上に乗せてきた。何度同じことを繰り返すんだ。

苛立ちが最高潮に達しようとしていたとき。ロロの手を折ってやろうというぐらいの気迫で腕を持ち上げたとき。

「……よく頑張ったね。アヤトくん」

──……自然と、視線があがってしまった。
自分に伸びる腕と、慣れない表情にぎこちなく薄っすら照れを滲ませるような表情が見えた。

「アヤトくん、君は本当に、すごく頑張ったよ」

瞬間、俺の中で何かが外れて、ボロボロと目から涙が溢れて毛布に落ちてゆく。
……ロロなんかに、ロロなんかに弱みをあからさまに見せたくないのに。
プライドが必死で留めようとしているのに、頭の上で左右にゆっくり動いている手が心地よくて、優しすぎて、涙が止まらない。

悔しい思いを、沢山した。痛いぐらい、感じた。
あんなに努力して、作戦も沢山考えて、前日も対策を練ったのに。何一つとして実を結んではくれなかった。何一つとして、誰にも認めてもらえなかった。

「大丈夫、俺は知っている。分かっているから」

それをいま、初めて他の誰かに認めてもらった。
俺の努力を。俺と一緒に頑張ってくれた祈の期待に応えようと頑張った俺を、悩んだ俺を。……ロロが、認めてくれたのだ。

声を殺して泣いていたのに、認められたと分かった瞬間、口が開いて嗚咽が漏れた。それに呼応するように、撫でていた手が乱暴に動き出す。髪をわざと乱してからかうような動きに、大声で泣きながらがら空きの胸元に弱弱しい拳を何度もぶつける。

「っなんで、なんでお前なんだよばかああっ!!さいあく、さいあくだああっっ!!」
「よしよし、いつものアヤくんに戻ってきだぞ。その調子!」
「うっせーばかああっ!!なんでっ、なんで、がんばってた祈を恥ずかしく思ってたんだっばかは俺だばかあああっ!!」
「あはは。……根は本当に、いい子なんだよねえ」
「お前もばかだロロっ!!ばかやろおっ!」
「イタイイタイ、そろそろやめて!」

気にせず本来の力に戻りつつある拳をガンガンぶつけていると、頭を鷲掴みにされた。
痛い。瞬時に思って今度こそ腕を払い落として毛布をひったくってベッドに飛び込んだ。毛布を頭まで被って丸くなり、叫んで、……寝た。

正直、あれからもうロロの顔を真っ直ぐ見れる自信がなかったというのもある。しかしまあ、よく考えたら泣き顔を見られたのは二度目か、それ以上か。もういいや。開き直るレベルまできたわ。

「……仕方ない、俺が見ていてあげるから。焦らずゆっくり、やっていけばいいよ。きっとアヤト、君なら強くなれるから」
「…………」

眠りに落ちる手前、ロロに言われた言葉に少なからず救われてしまった俺。
……だめだ。ほんっとうに、どういう顔してロロと話せばいいのか分からなくなった。

そうして次に目が覚めた時。なぜこんな時間まで寝てしまったのかという後悔と、対照的に明るいであろう部屋を抜けた先を想像しては、真っ暗の部屋で一人ため息をひとつ吐いた。頭をがりがりと掻きむしり、床に足を降ろして立つ。

……もう考えるのもめんどうだ。いいや普通にしていよう。
部屋の小さな明かりをつけてから、枕元にそっと置かれていた小さな紙切れに気付く。読んで、静かにポケットに入れて部屋を出た。

ふにゃふにゃの下手くそな字で書いてあった、"ごめんなさい、がんばります"の文字。

祈に言ってやらなくちゃ。
「さっきの手紙、"一緒に"が抜けてるぞ」ってな。


また一から、一緒にゆっくり頑張ろう。




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