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ミニスカートにもロロで難なく勝利して、バトルフィールドまで歩いてくるチェレンを見た。
すでに俺の手には、祈のボールが握られている。先ほどまでのように上手くいくとは思っていないが、ここまで来たんだ。勢いに乗って勝ってやる。審判も立ち、チェレンも所定の位置に着く。

「君にとっては初めてのジム挑戦だね」
「……はい」
「だからといって僕は手加減しないよ。お互い悔いを残さないよう、ベストを尽くそう!」

バトル始め!、旗が上がる。俺は祈で、チェレンはミネズミを繰り出してきた。ゲームと同じだ。ということは、もう一体はヨーテリーで間違いないだろう。どくどくと身体中に血を巡らしている音を背後に口を開く。

「祈!でんこうせっか!」

祈が飛び出し、目の前に砂埃が舞う。ミネズミと距離を縮めるまでの時間は瞬きほど。ガッ!と鈍い音がして、祈が着地するのと同じくミネズミが後退して足元から砂が立ち上がるのを見た。技が当たったことには当たったが、全くと言っていいほど聞いていない。今まで練習に付き合ってくれていた少年たちのミネズミと比べると、圧倒的な差があった。思わず舌打ちをする。

「ミネズミ、奮い立てる!」
「なきごえ!」

チェレンの戦法はゲームやってて知ってるんだ。「ふるいたてる」を詰ませるものか。赤いオーラを身に纏うミネズミに向かって祈が声をあげる。キイィンと耳に響く音に俺も耳を手で覆った。ミネズミの表情が歪む。……が、オーラは未だ目に見えている。
──……どういうことだ?「なきごえ」で攻撃力は下がっているはずだが、「ふるいたてる」が成功しているようにも見える。ゲームのように相手のステータスが見えないから、どの判断が正しいのか分からない。まずい。そうだ。今この場に立ってみて分かった。序盤レベルのミネズミで「ふるいたてる」を使えるのはチェレンのミネズミだけだった!だから今まで気付けなかったんだ!

「もう一度、奮い立てる!」
「つぶらなひとみから、しっぽをふる!」

祈はからだが小さいぶん、体力もない。それは今まで練習をしてた中で感じて分かったことだった。それに加えて一応女の子だし、本人は平気だと何度も言っていたけれど、俺的にはあまり傷の残るようなことはさせたくない。
だからバトルでも気を遣わなくちゃいけないんだけど、しかし、実際こうなるとそれよりも勝ちたい気持ちが真っ先に出てきてしまう。つまり、そう。……気にする余裕すらなくなるってことだ。

「ミネズミ目を閉じろ!惑わされるな!」
「そっ!?そんなのありかよっ!?っ距離を置け、祈!」
「尻尾をつかんで逃がすな!」
「なっ、」

目を閉じていたミネズミがカッ!と見開き、祈の尻尾を掴んだ。そのまま空中で振り回すと地面に向かって叩き付け投げた。目の前で鈍い音と一緒に激しく土埃が舞い上がる。……ゲームと全然違うッ!なんだこれなんだこれっ!?
焦る俺と、なんとか立ち上がる祈。

「祈っ!まだいけるか!?」

急く気持ちに、何とか今を打開したいと思う前のめりな姿勢。まだいける。まだだ、まだまだだ。
俺の言葉に、砂埃の中踏ん張りながら無言で頷く祈。いける。一瞬でそう判断し、すぐさま目線を前に戻す。ミネズミはまだ平然と立っている。どうすればいい、こっちが繰り出せる攻撃技は未だ三つしかない。

「スピードスター!」

必ず当たる技を選ぶ。祈が飛び上がり、宙でぐるりと回転すると尻尾のあたりから手裏剣のように尖った星がいくつもミネズミ向かって勢いよく飛んでゆく。最初こそ驚いたものの、練習で何回も見ていたからか今はさほど何も思わない。
さて、避けられない技をチェレンはどう返すのか。これは避けられねえぞ。そう思っていた、俺がバカだった。"避けられる攻撃は全て避ける"、いつだったかロロがそういっていたのを思い出す。

「奮い立ててから、たいあたり!」

スピードスターが、「ふるいたてる」の赤いオーラで全て粉々に打ち砕かれた。いや、砕ける音すらせず、瞬きをした次の瞬間には鱗粉のようにキラキラ光りながらミネズミに優しく降り注いでいた。絶句。
そうこうしている間に、祈に向かってものすごい速さで真向から走ってきたミネズミが小さな巨体を思いっきりぶつける。避けられず、またふっ飛ばされて地面に伏す祈の姿を見た。
──……どうしよう。頭が真っ白で、口から言葉が出て来ない。というか今、一体何が起こっているんだ。一体何が、起こったんだ。

『っ、まだ、っ!まだ、……!』
「──……まだ、……まだ、いける……のか?」
『アヤトが、のぞむなら……っ!』
「そっ、そうか……!よし!いけ、祈!!」

震える指先を真っ直ぐに伸ばして示した先。
……審判の旗が、上がる。

「イーブイ、戦闘不能。よって、ジムリーダーチェレンの勝利です!」

俺の指先は、未だにミネズミとチェレンに向いていた。
向こう側、チェレンが静かな怒りをうっすらと表情から滲みだしているのが分かった。ミネズミがするどい目で俺を見ている。審判の旗が、俺の方の下がったままの旗の隣、チェレンの旗が上がるのを見た。ゆっくり、ゆっくりと上がっていた。俺の目には、そう映っていた。

急激に、時の流れが遅くなる……。

「…………」
『……、……っ!』

ふらつく身体を震える四本の手足が支える。態勢を低く構えてミネズミを睨み続ける祈は、俺の方へ振り返ることは一切なかった。風に吹かれただけで倒れてしまいそうな小さな身体が少しだけ大きく見えて、それから急に恥ずかしくなって、唇を思い切り噛みながら早足で祈のところへ向かった。

「……行こう、」
『まだ、っまだ、たたかえるっ……のにいっ……!』
「っ、行くぞ!」

いつまでもその場に居ようとする祈を無理やり抱え上げて、一礼をしてから走り出す。
……いや、一目散に逃げだした。
暴れる祈をきつく抱きしめながら、俯いたままとにかく走る。後ろ、チェレンの声が聞こえた気がした。しかし今は、例えば万が一にでも「いいバトルだったよ」とか言われても全部叩き落として叫び散らすという最悪の未来しか想像できない。だから無視して正解だったんだ。そうだと思う。……絶対そうだ。

教室を全速力で抜け、ロッカーにぶつかりそうになりながら曲がって、入り口にまだいたお姉さんの横を俊足で駆け抜けた。金髪がなびく風景ですら、今は俺の敵のように見えた。

走る、走る。
今は世界の全部が俺の敵だ。
走る、走る。
ちくしょう、ちくしょう。ミネズミなんかに負けるなんて!!


足を思い切り持ち上げて、階段を駆け抜けた。背中を丸めたまま肩で息をする。腕の中にいる毛玉が熱い。それとも走った自分の身体が熱いのか。どちらにしても鬱陶しい。

──……顔をゆっくりあげると、風が頬を撫でた。見晴台には誰もいない。ゆっくり整備された白い手すりのところまで歩いていく。目下、木が騒音を鳴らしている。ガラクタのような人たちが歩いている。一蹴りで壊れそうな建物がある。

「……っくそぉぉおおっっ!!ちくしょおおぉぉおおっっ!!」

自分の声で鼓膜が震えた。いっそ破けてしまえと思った。俺の声に共鳴するように、木々が今度は心地いい音を奏で始めた。両手で交互に白い手すりを殴りつければ、人が人に見えてきた。積み木が建物に戻った。それから。
荒い息を吐き出しながら真っ赤に腫れた拳に気付いて、パーカーの袖先の赤色にハッとした。

『っごめんなさい、ごめんなさい!わたしが、よわいから……っ!」

いつの間にか落としていた毛玉が、いのりに戻った。ぶるぶる震えながら、見晴台の隅っこで丸くなっている。呪文みたいにずっとごめんなさいごめんなさいって言っている。砂が混じったぼさぼさの毛並みと、それに埋もれている傷口から血が出ていた。
その姿を見て、今までの怒りと悔しさに罪悪感が加わって一気に溢れてきやがった。喉元までもうきている。どうしようもない黒い塊。

「いのり、」
『……っ!』

ゆらり。名前を呼んで近づくと、大きく体を飛び上がらせてから化け物をみるような目で俺を見ていた。ぶるぶる震えも大きくなって、さらに隅へと身を寄せる。目の前でしゃがんで手をゆっくり伸ばすと、顔を尻尾に埋める姿が目に映る。

──……俺は、何をやっていたんだ。

唇を噛み締めて、そっといのりを抱き上げた。腕から落ちるように逃げるいのりを見て、また手を伸ばして抱きしめる。ところどころ毛同士が固まっている毛に顔を埋めると、埃っぽい匂いと鉄の匂いが混ざっていた。

「ごめん……っ!ごめんなあ……っ!祈ぃ……ほんと、ごめん……ッ、」

膝から崩れ落ちてうずくまる。影と涙でコンクリートが模様を描く。
祈は、優しいぐらいにあたたかかった。




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