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バトルに明け暮れて、ロロのところに戻った頃にはすでに太陽が完全に沈む一歩手前というところだった。

結局あれからは野生のポケモンと戦うことはなく、虫とり少年やたんぱん小僧とバトルを繰り広げていた。……正直言って、祈だけだとかなりキツイということが分かった一日だった。今日だけでも祈のレベルは2、3ぐらい上がったものの、それでもクルミルでさえ下手すると負けてしまいそうになる場面が多々あったし、マメパトなんてもってのほか。……大変、厳しい。

「今日はタチワキシティのポケモンセンターに泊まろうか」

特別に荷物は持ってあげる。、俺の腕の中で眠っている祈を見たロロがウインクをした。俺はゲロを吐く真似をして、歩き始めるロロの後ろをついてゆく。
そりゃバトルに負けるのはものすごく悔しかった。なんてったって年下のクソガキどもに何度も負けたんだ、悔しくないわけがない。それでもやっぱり俺がイオナを出さずに祈で戦い続けたのは、……たぶん。
誰が見ても分かるぐらい、真っ直ぐに頑張って戦っている祈の姿を間近で見ていたからだと思う。

「どう?いけそう?」
「……いけなそうでも、いくしかないだろ」

ポケモンセンターまでの道のりを歩みながら答える。繰り返しバトルをすれば祈だって絶対に強くなる。それに俺だって、もっと的確な指示を出せるし作戦も思いつくはずだ。……部屋を借りたら技の構成をもう一度考えてみよう。それにポケモンごとの戦法とか。久々に努力をする日が来たようだ。
俺の横、ロロが「ま、明日もがんばれー」とか暢気に言った。言われずとも、祈が頑張るなら俺だって頑張るさ。





レベル上げには予定よりも大幅に時間を取られた。誰が悪いわけじゃない。けれど事実、そうだった。
毎日少年たちとバトルする日々。始めのうちは気づきとかもあったものの、相手が毎日一緒ではだんだんと気づくことも無くなってくるものだ。……まだ目標レベルまで2ほど足らないが、祈だけでマメパトを倒すのにも余裕が出てきた。もうそろそろ、だけどもうちょっと。ここ最近気持ちがぐらぐらと揺れ動きまくっている。

「お前からみてさあ……俺、勝てると思う?」
「さあ。どうだろね。おれの専門、バトルじゃなくて虫取りだしい。でもまあ行くだけ行ってみたら?チェレンさん強いらしいけど、負けたら負けたでまた挑戦すりゃいいじゃん」
「他人事だな」
「他人事だもん」

随分と仲良くなった虫取り少年と手を振り別れた。今日も今日とて帰り道は夕日で赤く染まっている。……俺は、負ける戦は初めからやらない派だ。勝つか負けるか分からない勝負にも基本乗らない。確実に勝てる戦だけやる。そういうヤツだ。が、俺以外の仲間はそうではないらしい。

「少年の言う通りです。アヤト、明日こそジムへ行きましょう」
「でもなあ……」
「運も実力のうちっていうじゃん」
「実力だけで勝ちてえの!」

二週間ほど借りっぱなしの部屋に着くなり、馬鹿猫二匹が俺に向かってきた。たぶん、そろそろ二人も飽きてきているのだろう。俺とは違ってやることがないんだ、そりゃ飽きる。でもそんなの知らん。俺には関係ない。俺に関係があるのは、。

「おふろ、あいたよ」
「ああ、また濡れたまま……祈、こっちに来なさい」
「はあい」

ぽたぽたと髪と長い耳から雫を垂らしたままの祈に、イオナが手招きをする。祈がソファに座っているイオナの前にやってくると、タオルで丁寧に拭いてもらう。初めのうちこそ驚いたものの、この光景にも随分と見慣れたものだ。未だうまく手を仕えないのか、それとも拭くのが面倒なだけなのかは分からないが、いつも祈は濡れたままぶかぶかのワンピースを着て出てくる。何はともあれ、イオナに拭いてもらっているときはいつも嬉しそうにしているから別にいいけど。……傍からみたら、犯罪臭がする光景だというのは言わないでおこう。

「なあ祈、お前はどうなんだよ。不完全な状態でジムに挑むべきだと思うか?」

わしゃわしゃと拭かれて髪が乱れたままこちらを見る祈がやってくる。イオナはというと、ブラシを取りに洗面所まで向かったようだ。ああ見えて意外と世話焼きらしい。それとも職業病というやつなのか。
首に大判タオルをかけた祈が、俺を見る。飲みかけのペットボトルを渡すと嬉しそうに受け取った。

「わたしは、アヤトがあしたジムにいどむならがんばるし、まだれんしゅうをつづけるのならもっとがんばる」
「そ、そうか……」

献身的すぎ!アヤくんにはもったいない!、今晩の夕飯当番であるロロの声がキッチンから飛んできた。もちろん無視。……しかしまあ、一番困る答えを返されたものだ。結局は俺が決めることに変わりはないが、少しぐらい祈の意見も聞きたかった。

「はい、できあがりー。食べよっか」
「おう」

いただきます。今晩は祈のリクエストでカレーとなっている。甘口、最高。やはりカレーはうまい。飲み物だ。祈も目を輝かせながら食べている。

「悩める少年。人生の先輩がいいことを教えてあげよっか」
「あ?」

ふと、ロロが得意げに口を開く。ルーとご飯をぐちゃぐちゃに混ぜて食べている俺と祈の視線を浴び、またにこりと目元が垂れる。

「強くなるには適度な緊張感も必要だと思うんだけど、どう思う?」
「そりゃ……まあ、それもあるだろうけど」
「緩やかな練習に大きな成長は見込めないのでは?」
「う……」
「それに戦う中で強くなるってことも大いにあるんだよ。ま、これはその子の性格にもよるけど祈ちゃんなら大丈夫だと思うよ」

上手く誘導されているのでは。そう思ってはいるものの、ロロの言っていることに納得している俺もいる。思わず手を止めてしまう俺とは反対に、祈とロロはすぐにまた食べる手を進めていた。ついでに言うと、イオナにおかわりの要求もしている。

他人の意見に流されたくはない。けど、たまには自分から流されに行ってもいいのかもしれない。そうと決まれば、明日のためにも作戦を立てなければ。
ががががっ!とカレーを流し込んで立ち上がり。

……やっぱり誘惑に負けて、もう一杯おかわりをキメた。




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