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「マジかあ……」

歩きながら祈のステータスを確認して、思わず声に出してしまった。片手で髪を掻き上げると、横からロロが半透明の画面を覗く。……ついさっき乗ってきた船から、遠く汽笛の音が聞こえている。

「レベルも文句なしで君に合ってる。何でそんな変な顔をしているのさ?」
「いや、そう……そうなんだけど……」

祈。イーブイ、レベル10。覚えている技で唯一打撃を与えられる技は「たいあたり」のみ。……確かに俺は、一緒に強くなれるようなポケモンを探していた。でもさあ、その……もうちょっと、強くても良かったんじゃないかなあ?ひっそり期待をしていたぶん、落ち込むのは当たり前のことだ。

現在、タチワキシティ。ここからまた歩いてヒオウギシティのジムを目指している。

「牧場には寄る?」
「いや、ジム戦に勝ったあとに寄るつもり」
「それはいい。アヤくんにとってはとても嬉しいご褒美になるね」

今日もどこか晴れない町をロロと共に歩いて通り過ぎる。祈とイオナはボールの中。なぜロロだけが出ているのかと問われれば、俺の手元にロロのボールだけ無いからだと答えよう。つまり、いくらロロが鬱陶しくても俺がどうこうできる問題ではないということだ。

「えーっと……ジムリーダーの手持ちポケモンは二体、レベルは最高で13……」
「対してこっちは祈ちゃんだけでしょう?できれば倍近くレベルは上げておいたほうがいいんじゃない」
「だよなあ……」

俺にはイオナもいる。けれど、俺は気持ち的な問題で祈だけでジムに挑みたい。そりゃあジムには勝ちたいけれど、だからといって育ち切っている馬鹿猫共で楽々勝っても意味がないじゃないか。……ま、まあ、それも祈次第ではまた考えてしまうところなのだが。

「……そうだ。ロロ」
「ん?」
「あのさあ、お前って母さんの最初のポケモンじゃないんだよな」
「残念ながら」
「じゃあ、母さんの相棒って誰だったんだ?」
「……おや。やっと興味を持ちはじめてきたって感じ?うん、いい傾向だ」
「いいからとっとと教えろクソ猫」

わしわしと頭を撫でてくるロロの腕を叩き落として睨んだが、相変わらずロロは楽し気に笑みを浮かべている。……ロロのいいところ、なかなか見つからないものだ。寧ろ嫌なところばっか見つかる。ほんとそればっかり。勘弁してほしい。

「ひよりちゃんの相棒はシママだよ」
「シママ……ゼブライカ……いいなあ、カッコいい……」
「ついでに言うと、なんか群れの中でもトップだったらしくて初っ端からそれなりに強かったねえ」
「うわあああ、またさらに差が広がるうう」
「あれ、ひよりちゃんと比べるな!って俺に怒ってたのに自分で比べちゃってる。馬鹿かな?馬鹿なのかな?」
「うっせー!言っておくが俺は頭"も"いい方だ!」

ああそうだよ他人には比べられたくないけれど、自分では比べちまうんだそういうもんだろう!?……にしてもシママか。そういえばキュウムが言っていた「シマシマ野郎」っていうのはそいつのことだったのかも知れない。それでまたパーティで集まった日のことを思い出してみたものの、やっぱり当てはまるような人がいない。ゼブライカなら黒髪か白髪、目の色は黄色か青といったところか。……あーだめだ。白っていうとレシラムしかでてこないし、酒のせいで記憶が曖昧になっている。チクショー。どんな人なのか会ってみたかったのに。

「さて、そろそろ雑談も終わりにしよう」

コツ。靴の音が鳴って立ち止まる。……ゲートまで来た。ここを抜ければ、もうそこには草むらが広がっている。傷薬もぱんぱんに詰め込んできたし、準備は完璧だ。
ベルトに付けていたボールを一つ握って、真ん中のボタンを押した。開き、閃光が走って弾ける。イーブイが背伸びをしてから俺の足元までやってくる。抱き上げ、目線を合わせて。

「準備はいいな」
『うん。がんばる。がんばって、つよくなるね』
「おう。頼むぞ、祈」

思いっきり撫で回してから、地面に降ろして草むらへ向かう。後ろから「がんばれー」とロロの声が聞こえてた。荷物は必要最低限にして、残りの大量の傷薬はロロが待機しているところに置いてきた。ベルトには一応イオナのボールがあって、いざという時に対応できるようにしている。俺、完璧すぎる。

『……アヤト、いるよ』
「あれはミネズミだな。丁度いい。早速バトルだ!いくぞ!」
『うん、!』

駆け出し、顔を上げてこちらも睨んでいるミネズミの前までやってきた。相手のミネズミはすでにいつでも戦える状態である。
祈も前傾で構え、待機している。画面を見る。野生のミネズミのレベルは6。レベル的には祈が上だ。物理攻撃で勝負だ。

「祈、たいあたり!」

ブイ!、返事と一緒に走り出す。あっという間に距離が縮まり、ミネズミにぶつかる寸前。……ミネズミが、避けた。身軽に飛び上がると大きく口を開けて、前歯を突き立て噛みついた。そのまま頭を振ってダメージを与え続ける。祈が地面に転がりミネズミを振り落とそうともがいている。砂埃が起こる中、暴力的な音が聞こえる。

「っ祈、すなかけだ!ミネズミの目元に向かってかけろ!」

苦し紛れにかけた砂がミネズミに直撃する。ここでやっと歯が離れるが、そのぶん祈の出血も気になる。は、早く決着をつけなければ。

「たいあたり!」

目元を手で擦っているミネズミに、今度こそ体当たりは成功した。ついでに木に叩きつけられる形になって、ミネズミが動かなくなった。
そうしてふらつく祈を見て、慌てて駆け出す。……手汗がやばい。ついでに心臓もばくばく言っている。こっちの世界に来てからテレビであんなにもバトルを見ていたのに、いざ自分の番となるとこうも上手くいかないなんて。

「大丈夫か祈!?」
『……へい、き』
「待て動くな。傷薬を、」

祈が俺を通り過ぎて顔を上げる。気になって目で追うと、……ミネズミがいた。小さな、子どものミネズミだ。震えながらこちらを見ている。これはマズイ。咄嗟にそう思った。祈も動かない。
どうするべきか。停止しそうな脳みそをフル回転させ、俺は弾かれたように祈のそばを離れて倒れているミネズミの元へ向かった。すでに気が付いているようで、何とか立とうとしているところだった。俺が行くと当たり前のように警戒され、尚も戦おうと態勢を低く構えている。

「ちっ、違う!もう戦う気はない!」
『……』
「すまん、突然攻撃して悪かった。お前のことも手当させてくれ、ついでに木の実もやるから」

手を差し伸べた瞬間、ミネズミは俺を飛び越えて子どものところへ向かうとそのまま森に溶けるように姿を消してしまった。
仕方なく、木の実を多めに置いてから祈のところへ向かった。……初戦からこんなのってありかよ。

「──……い、祈、」
『……すこし、びっくりしただけだよ。かのじょは、こどものためにたたかった。わたしは、アヤトのためにたたかった。これからもそう。だから、だいじょうぶ』
「……そう、か……」

返す言葉も見つからず、黙したまま傷薬を振りかけていた。祈もまた同じく。いや、祈の場合はただ他に話すことが無かっただけかもしれないが。回復が済んだところでなんとなくここでバトル練習をすることに抵抗を感じてしまい、場所を変えることにした。
俺もそう、祈と同じく少し驚いてしまっただけ。当たり前のことを忘れていて、それをまた思い出したっていうだけだ。野生のポケモンと戦って、経験値を得る。この世界は、そうやってできている。

『アヤトはやさしいね』

先を歩く祈が言う。
優しいってなんだ。優しさって何なんだ。
祈の言葉に素直に頷くことが出来ず、無言で歩いていると祈が再び同じ言葉を呟いた。
……俺はただ、甘いだけなんじゃないか。そう思って、また何も答えなかった。俺にはよく、分からない。




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