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朝。目が覚めたら母さんと寝ていたはずのイーブイが毛布の上、ちょうど俺の腹のあたりで丸くなって寝ていた。俺が動くのと同時に長い耳がぴくりと動いて顔を少し上げたものの、またすぐ尻尾に埋める。……なんだか微妙な感じ。でもまだ隅っこで丸くなってないだけマシか。
下手に触れず、そのままゆっくり布団から這い出て着替える。それからイーブイはそのままにしておいて一人で部屋を出た。
「おはようございますっス、アヤト様!」
「はよ。お、それ朝飯?うまそう」
「はいっス!皆さんすでに食べているっスよ」
「母さんたちも?」
「いえ、ひより様とキュウム様は既に発たれました。伝言も特にありません」
……やっぱりそうだと思った。母さんがいればイーブイだって俺のところにいるわけがない。
料理を持ったままのトルマリンに礼を言ってからすぐ行くと伝えた。先行く背を見ながら、ふと、気付く。……あれ、なんでイーブイは俺のところにいたんだ?母さんと一緒に行けばいいのに。まさかまた母さんが余計なことを言ったのか。気になって気になって、朝飯の前にイーブイのところに戻ることにした。
静かに部屋に入ると、イーブイはさっきと変わらずもぬけの殻となった布団の上で丸くなって寝ている。一旦立ち止まり、悩む。果たして俺が話しかけたところで、イーブイから返事がもらえるのか。昨日の夕飯の会話は、奇跡だったのかもしれないし、母さんが来る前の出来事が俺の中では結構心にキテいた。
……考え、考え。ゆっくりイーブイの前に胡坐をかくと顔をあげるイーブイと目が合う。しっかし目がでかい。ちっこいキツネみたいなリスみたいな……そりゃ可愛くも見えるよなあ。
「あー……あのさあ、」
『…………おは、よう』
「おっ!?お、おはよう……」
喋らないものだとばかり思っていたらなんという不意打ち。地味にびっくりした。目の前、イーブイが立ち上がって前足を延ばして背伸びをしている。それから、俺の方を向いてちょこんと座った。言葉はない。俺から話せということか。
「なんでお前、母さんと一緒に行かなかったんだ?あんなに懐いてたのに」
『……ここに、いたいから、』
「母さんに頼まれてるんだろ。ならそんなの気にしないで自分の好きなようにしろよ。また変な奴らに目付けられないように森まで送ってくから先に朝飯食いに、」
『たのまれて、ないよ』
「……え?」
俺の言葉の途中、イーブイが頭を左右に振って見上げてきた。俺はというと、まだちゃんと言葉を飲み込めずにいる。……つまり、イーブイは自分の意思で"ここに居たい"と言ったのか。なぜ。どうして。疑問ばっかり浮かんでくる。
『ひよりさん、いってた。"このままやせいでくらすか、にんげんといっしょにくらすか。どうするか、じぶんできめていいんだよ"って。……わたしは、いっしょにくらしたい』
「……」
イーブイだけが残っていた時点で薄々こうなるんじゃないかとも思っていたけど、まさか。……い、いや、騙されるな俺。今の話の流れだと俺の手持ちになりたいって言ってるっぽく聞こえるけど、今までを振り返ってみろ。今俺の手持ちは、結局のところ俺以外でもいいってヤツしかいない。もしかするとイーブイもそれなのでは。
「な、ならトルマリンにお前に合いそうなトレーナ探してもらうよ!きっとすっげーいい奴見つけてもらえ、」
ぼふん。またもや言葉を遮られ、今度は前も見たことのある突然の煙が目の前に現れる。即座に頭を過ったクソ猫のことを思い出し、今何が起こっているのか理解する。
すぐに消える煙と突如現れた少女に思わず身体が強ばった。案の定……イーブイが、擬人化をした。大きいなこげ茶色の目には俺しか映ってなくて、白くて細い小さな手が俺の手の上にそっと乗せられる。見つめ合って……ってな、なんだこれは。
「……わたしは、あなたがいいの」
「ぃええっっ!?」
思わず声が裏返ったけどそういうのとかもうどうでもいい。もう一回だけ言わせてくれ。なんだこれ!?!?言っておくが俺は断然巨乳派だ。こんな胸平なんて眼中にもない。……はずなのだが。小さい顔と手、なにこれめっちゃ可愛い。丸くて大きな目、うるうるしてて可愛い。イーブイの耳とふわふわの尻尾、最高かよ。こうしてよくよく見てみると胸さえ脳内で補正すればクリーンヒット。そんな子に、今、俺は近距離で告白らしきものをされている。
どうしてこれまでの俺の旅はつらいことが多かったのか、今やっと分かった。すべてはきっと、今この瞬間のためだったのだ……。
「わたしをあなたのポケモンにしてほしいの。……おねがい、」
「……お、お前がそこまで言うなら、仕方ないなっ!」
ニヤつく顔を唇を噛みながら必死に抑えて、バッグを手繰り寄せてから空のボールを取り出した。すると俺がボールをいじる前にイーブイが自らボタンを押して中に入っていった。ボールは一度も揺れることはなく、すぐさまカチャリと何かが嵌るような音がする。
……とうとう、俺にも手持ちポケモンができた。さらに女子。クソ野郎たちとは大違いで、物静かな可愛いイーブイ!最高かよーっ!
両手でボールを持ったまま立ち上がって上に持ち上げたまま部屋をくるくる踊りまわっていると、ボールが勝手に開いた。……アホみたいなポーズをしている俺の横、イーブイが真顔で見ている。
「よ、よう、イーブイ。どうした……?」
「ありがとう、アヤト」
「は、はあ?別にぃ、俺はお前が"俺の"ポケモンになりたいって言ってくれたからゲットしただけであってぇ」
「これでまた、ひよりさんにもあえるかなあ」
「………………ん?」
初めて見た笑顔は、俺ではない他のことを考えながら向けられたものだった。
イーブイが俺の手からボールを掴むと扉を開けて一人飛び出す。開けっ放しの扉の向こう側、ロロとイーブイが鉢合わせたようで声が聞こえてきた。
「おや、その顔はうまくいったみたいだねえ」
「うん。ロロさんが、いったとおりだった」
「いいかい、ああいうのを"ちょろい"っていうんだよ」
「ちょろい……アヤトは、ちょろい?」
「そう!」
「俺はちょろくねええええっっ!!」
ガッ!と扉の端を両手で掴んだまま顔を出すと、イーブイが素早くロロの後ろに隠れながら俺を見ていた。対するロロはクソみたいにムカつく顔をしている。
「またロロの入れ知恵か!?なあ!?こんなに期待させておいてまたこれ!?」
「勝手に期待するほうが悪いんだよ」
「……えっと、よくわからないけど、……アヤトのポケモンになれば、ひよりさんにもおれいがいえるってきいたから……」
「あーあーやっぱりそうですか、また母さんかよちくしょう!!ほんっと損した!!なんだ今の時間は!」
「あはは、とうとうアヤくんが壊れたぞ」
「うっせーバカ!!しねっ!!!」
力任せに思いっきり扉を閉めて、足音を大きく立てながらベッドにダイブしてうつ伏せのまま「ああああ」を叫び続ける。両腕もバンバン上下に動かしてスプリングマットを殴りまくる。
物だってぶん投げたいし、マットよりも壁を殴りたい。でもここは俺の部屋じゃないし、トルマリンにはこんなの知られたくない。今日はまだ、その辺のことは考えられる頭らしい。
母さん母さん。こっちの世界に来てから本当にそればっかりだ!!昨晩は母さんの話を聞いて、英雄には英雄なりの苦悩もあるんだと知ったから、一応俺自身の心の整理はできたものの。その翌日にこれだ!英雄の苦悩??……そんなの知るか!!俺だってなれることならなりたいさ!どんな思いをしたっていい、強いポケモンと一緒にゲームの主人公みたいなことが出来るのならしたいに決まってる!なのにどうして、俺ばっかり比べられてこんな目にあって……ちくしょう、チクショウ!
「…………」
……ひと通り叫んで暴れたら落ち着いた。けどやっぱりムカつく。だから母さんの力は借りたくなかったんだ。もう絶対母さんは呼ばない。呼ばせないようにしなければ。
背後、足音が聞こえた。……ああもう、これじゃあ昨日と立場が逆だ。あんなに警戒してたくせにコロッと変わりやがって。ちょろいのはお前の方だってーの。
「……あの、」
「うっせー話しかけんな」
「……」
ほらでた、俺の悪い癖。後で後悔するやつ。……イーブイに八つ当たりしたってどうにもなんないのに。ベッドに寝っ転がったまま見向きもしないでいると、足音がゆっくり近づいてくる。もうぜってー可愛いとか思わねえ。
「……あのね、ひよりさん、わたしがかんでも、なにもいわなかったの。おこらないし、やめてともいわない。かまれながら、ずっとみつめてわたしをおもいっきりだきしめてくれて、"こわかったよね、よくがんばったね、ひとりぼっちになってさびしかったよね、がまんしないでいいんだよ、いっぱいないていいんだよ"って、いってくれた。……わたしがほしかったことば、ぜんぶくれたの」
「…………」
──……あの時。俺は、イーブイを隙間から出すことで頭がいっぱいだった。「いつまでそこにいるんだよ」「早く出てこいよ」。思い返せば俺の投げていた言葉は、一方的なものしかなかったのかもしれない。だからイーブイは俺の言葉には一切耳を貸さなくなっていたのか。今になって、じわじわと痛感する。
「すごく、うれしかった。ひよりさんとも、これだけでおわかれしたくないっておもったの。そしたらロロさんが、」
「……本当は母さんのポケモンになりたかったけど母さんは旅をしていない。だから夢のため妥協して俺にしたってことかよ」
「ちがう……!」
うつ伏せで死んだようにベッドに横たわっている俺の横、ギイとスプリングが鳴った。どうやらイーブイが座ったらしい。もはやそれを確認する気力もない。
「やさしくてあたたかいひよりさんがすき。でも、それいじょうにわたしは、アヤトのポケモンになりたかったの」
「はっ。どうせそれもロロに言えって言われたんだろ。もういいよそういうの」
「ちがう!ちがうよ、!ちゃんときいて……っ!」
今まで小さい声で喋っていたイーブイが大声をあげた。これには思わず顔をあげてしまったものの、なんとなく俺のプライドがすぐにまた顔も併せてうつ伏せに戻してしまった。直後、そろりと手が俺の背に乗せられ、続いてさらに重くなる。堪らず顔を横に向けて目線だけ下に向けると茶色のワンピースの裾が見えた。……まさか、俺に寄り添っているのか……?
「ここにきたばかりのときは、アヤトのこともすこしこわかったけど、でもわたし、ほんとうにアヤトにかんしゃしてるの……!みんな、みないフリをしていたなかで、アヤトだけはわたしをたすけてくれた。たたかってくれた。だから、アヤトにおんがえししたいと思った。いっしょうかけても、ぜったいにかえしたい。でも、わたしはよわいから。トレーナーってバトルをするんでしょう……?だからアヤトのポケモンにしてもらえないかもっておもったから、ロロさんにそうだんしたの」
「……まて、?どういうことだよ?」
「アヤトなら、ぎじんかして"おねがい"っていえばなかまにしてくれるよって、ロロさんがいってたから、」
「違う違う。お前さっき、これで母さんと会えるって……」
両腕でマットを押して上半身だけ起き上がると、俺から離れたイーブイがすぐ真横で不思議そうな表情で首をかしげている。そりゃ俺がする顔だってーの。
「いちばんはアヤトだよ。あとからひよりさんともまたあえるかもしれないってきいて……」
「……俺が?お前の一番?なんで?」
「アヤトは、わたしの、いのちのおんじんだから。あとね、……あのときのアヤト、……すごく、かっこよかった」
少しだけ顔を俯かせて頬をほんのり染める姿を、ぼんやりと眺める。
こんな俺が、かっこよかったとか。……ほんとかよ。それよりも……その、本当に嬉しかったから、また危うく目から雫がこぼれそうになっていた。だって、こんな上げて下げてまた上げるなんて、卑怯すぎる。
「アヤト……?」
「……なんでもない。……いいよ、お前は俺のポケモンだよ」
「ほんと……!?うれしい……っ!」
鼻水を啜って頷きながら立ち上がる。そういや朝飯、まだだった。そう思った直後、腹が鳴る。ばっちりイーブイにも聞かれていたらしく、目を丸くしたまま俺を見てからゆるゆると口元が緩んでいた。……食べ盛りなんだ、仕方ないだろ。
俺に続いてベッドから立ち上がるイーブイが、持っていたボールを差し出す。
それをしっかり受け取ってから、ベルトへ大事に付けた。