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ビルに戻ると、何やら騒がしい。後ろにいたトルマリンがすぐに俺の前に出て、次いで受付のお姉さんに何があったのかと状況確認をする。その間にも俺の視界には、ひっきりなしに無線を通じて情報交換を繰り返しているスーツ姿の男が入っていた。ときどきレパルダスが横切ったり、キリキザンが走ってたり。人間の姿しか見えなかったビル内が今では同じぐらいポケモンの姿も見られる。そうしてぼんやり眺めている俺の元、トルマリンが走って戻ってきた。

「なんだった?」
「イーブイが目覚めた瞬間に逃げ出してしまったそうで、現在ビル内を捜索中だと」
「アイツ……、ビルの外には出ていないんだな?」
「建物も警備も厳重っス。まず抜け出すのは不可能かと」
「よし、俺たちも探すぞ」
「アヤト様は、」
「ざけんな、俺が連れてきちゃったんだ。俺も探すのは当たり前だろ」
「……そうっスね」

苦笑いをしながらトルマリンが頷き、付けていた無線を俺につけてくれた。既に色んな声と一緒に情報が飛び交っている。これはどうやら部下全員が持っており、現在は全部の無線と繋がっているそうだ。こりゃ便利。別の無線を受付で貰っていたトルマリンも装着してから別れる。手前、「見つけたら必ず無線でお知らせくださいっス。衰弱していたとは言え、彼女も野生のポケモン。油断は禁物っスよ」なんて釘を打たれたのは、フラグではないだろうか。

路地裏で保護したイーブイはビルに向かっている間に気を失っていて、俺が応急処置をしてもらう前にビル内にあるポケモン回復装置がある部屋に連れて行っていた。ビル内にポケセンと同じような機械があることにすら驚いたが、その他俺にはさっぱり分からん医療機器も沢山あったのは流石金持ちって感じだ。……まあ、大半はあのおっさんの病気治療のための機械だったんだろうけど。

『アヤト様、そっちは行き止まりっスよ』
「あ?うわっほんとだ……ていうかなんで俺の場所、」
『GPS機能付きっス!オレンジ色のボタンを押せば、地図がでてみんなの居場所も分かるっス』

適当に走っていた俺の前には壁。トルマリンからの無線にすぐさまボタンを押して地図を出すと、たくさんの赤い丸印が動き回っていた。おいおい、こんな中で逃げ通してるって案外すごくないか?もしくはどこかに隠れているか。地図を見ながら探し始めるが、すれ違うのは当たり前のように部下たちだけ。どの階、どの部屋にも必ず赤丸印があるというのになぜ見つからないのか。
……いや、あった。赤い丸が一つもいない部屋が。

「あそこには限られたやつしか入れないっぽいし、多分あの部屋のどこかにいるはずだ」

一人、エレベーターで最上階を目指す。……元おっさんの部屋。つまりはロロとイオナがいるはずの部屋。そこだけ赤丸印が一つもなかった。にゃんころ二匹がいるならすぐにでも見つけられているはずなのがちょっと引っかかるものの、とりあえず行くだけ行ってみよう。
エレベーターを降りて、一人部屋に入る。……が、そこに居るはずのロロとイオナはいなかった。まあいい。猫共がいないのなら、余計イーブイがこのだだっ広い部屋のどこかに隠れている可能性は高い。一応無線の音声機能はすべて切って部屋の隅から隅まで探し始めると、早速奧の部屋から物音がした。できるだけ足音と気配を消しながら近づいて、ゆっくり扉を開ける。

「──……、」
『…………』

ほら見ろ、見事フラグ回収だ。
家具と家具の間。そりゃもう狭いとかそんなレベルじゃない隙間に無理やり尻尾を丸めた茶色の身体を押し詰めているイーブイの姿が見えた。家具の上に乗っかっている透明な花瓶の中の水面が小刻みに揺れている。かなり、追い込まれている。ゆっくり体制を屈めてから、四つん這いでイーブイに近寄る。

「……おい」
『──……さん、……おかあ、さん……、』

隙間の目の前に座る。それでもイーブイは俺なんかいない者のように、ひっそりと震えながら泣き続けていた。
……お母さん。ずっとそう呟いている。俺はというと、泣いてる女子の扱い方なんて分からなさ過ぎて困り果てるしかない。もしもこれが学校だったなら、俺は目すら合わせないようにひたすら避けるのだが、今はそうも言ってられない。トルマリンたちも必死に探してくれているんだ、早くこの隙間からコイツを出して無線で伝えなければ。

「……お前、迷子?母親とはぐれたのか?」
『……、』

尻尾に埋めていた顔をゆっくりと上げ、俺を見てから顔を力なく左右に振ってからまた顔を埋める。……隙間から出てくる気配はない。

「と、とりあえずさ、そんなとこにいないで出てこいよ。まだ体調も良くなってないんだろ?」
『…………』

ふるふる。今度は顔さえ上げずに左右に頭を振っていた。多分俺の力でもコイツを引っ張り出すことはできるが、無理やりやるのはいくら俺でも心が許さない。何故ならコイツが女子だからだ。
仕方なく、一旦イーブイに背を向けてから無線の音声機能を復活させてトルマリンに発見を報告する。無線の向こう、安心したような声が聞こえて次いですぐにこっちに向かうとも言っていた。トルマリンのことだ、大勢で押し寄せるなんて真似はしないだろうし、残りの部下たちのことは全部任せよう。

「……」
『……』

……辛い。無言。俺はしゃがんだままなんとなくこの場を離れられなくて、足が痺れる一歩手前あたりでケツを床にべったり付けて座った。イーブイは相変わらず隙間で丸まったままこちらに背を向けているし、もうどうしようもない。ていうか馬鹿猫どもは本当にどこ行ったんだよ。肝心な時にいないとか。
トルマリンが来るまで床に座ったままイーブイの様子を伺いながら、自分にくっついているガーゼを突いたり痣の部分を眺める。……ちくしょう。地味に痛くて、腹が立つ。

「──……アヤト様、」
「お、トルマリン。遅かったな」
「ちょっと、こちらに」
「?」

扉を半開きにしたまま俺を手招きするトルマリンに首を傾げながらイーブイを指差すと、「多分もうそこから動かないでしょう」なんて適当なことを言っていた。はあ?って返したものの、トルマリンの表情は変わらず俺を待っている。もう一度イーブイを見てから仕方なく立ち上がって扉を何個か抜けて最初の部屋に戻ると、ロロとイオナもいつの間にかそこにいた。ソファに座っているロロの横、俺もどっしり座ってから膝の上に肘を立てて頬杖をつく。

「お前らどこ行ってたんだよ」
「なになにアヤくん、俺がいなくて寂しかった?」
「んなわけあるかアホ」

隣でニヤついているロロを横目で睨んでから、イオナが差し出してきた紙を受け取る。標題は「交通事故日報」と書いてある。その下にはヒウンシティ内での交通事故発生件数、死者数、負傷者数が表になっていた。ご丁寧に地図まで載っていてどこでどのような事故が起こったのかが記されていた。
そういやゲームの中では移動がほとんど徒歩とチャリだからあんまり馴染みなかったけど、こっちの世界でも普通に車も走ってるしバイクだってある。ここなんか都会だし、そりゃあ事故も起こるわけだ。

「で、これって何かに関係あんの?」
「ええ。今アヤトが見ているのが対人なのですが、こちらが対野生ポケモンになります。道路による影響で野生ポケモンが死亡するロードキルの場合も、ヒウンシティでは発見し次第まとめて公表しております」
「なんで?めんどくさくね?」
「道路ってのはね、人間がより生活しやすい環境にするため勝手に作ったものだ。道路のせいで野生ポケモンが命を落とすというのは、同じポケモンである俺たちにとって痛ましいものでね」
「ですからこうしてまとめてロードキルが発生しやすい場所を特定して、対策をとっているのです。今のところ効果はそこそこありますよ」
「……そうなんだ」

ロロとイオナの話を聞きつつ紙に視線を落とす。それからちょっとだけトルマリンに目をやると、少しばかり困ったような笑みを浮かべていた。仕方ないって言葉では片付けたくないが、そうするしか今の俺にはできそうもない。

「そして、ここからが本題です。実はアヤトたちが出かけている間、私とロロさんであのイーブイについて調べていたのです」
「えっ」
「なに、その目?俺だって大人だよ。ここまできたらいくら嫌いだとしても上辺だけでも仲良くせざるを得ないでしょう」
「……ロロって結構言うよなあ」

どうせなら上辺だけじゃない仲良しになってくれねえかなあ。って俺が言っても無駄だろう。それはともかく、イーブイについて調べてくれていたのはありがたい。一刻も早くアイツをどうにかして隙間から出さないとだし、これでイーブイについて何か分かれば俺もなんて声をかければいいのかも分かるかもしれない。

「それで、何か分かったのか?」
「アヤトが持っている紙に書いてある地図、そこのピンク色の丸印のところ」
「ここか?……"早朝5時頃 事故発生、」
「ロードキルです。そこで一体、……イーブイが亡くなっています」
「──……え、」

口をぽかんと開けたまま顔をあげて直立したままのイオナを見上げるが、いつもと同じ表情をしていた。紙を握りしめる手が急に冷たくなってきて変な汗がじんわりと出てくる。

「目撃者の情報によると親子のイーブイが道を渡ろうとしていたところ、車が急に端へ逸れて事故に巻き込まれたって話」

……ロロの言葉に続くものがなく、部屋が静寂に包まれる。
絶句。そしてやっと今になって、俺の質問にイーブイが無言で頭を左右に振った意味が分かった。きっとアイツは、目の前で親を亡くしている。それに路地裏での出来事が重なり、どん底まで落ちたといっても過言ではないだろう。

そして俺は考える。イーブイに、なんと言葉をかけたらいいんだろう。
答えの無い問いを、ただひたすらに考えていた。




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