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ビルの外へ出る直前。トルマリンが少し時間が欲しいと言ってきて、俺が頷くのを見届けてからとある一つの部屋に入っていった。待っている間、仕方なくスーツの男が立ち続けている入り口の外を眺めていた俺は、常に通行人が見える景色にやっと大都会っぽさをじわじわ感じる。
ふと、扉が開く音がした。トルマリンが入った部屋だ。いやはや、待たせる時間も短くて結構結構。

「アヤト様、申し訳ありませんでした、お待たせしましたっス……!」

そう言いながら俺のところまで駆け足でやってくる。……先ほどまでのきっちりとしたスーツ姿から一変、大きめのロングカーディガンにスキニーパンツ、それにメガネもかけている。メガネはレンズが抜けているし、どうやら伊達らしい。あーあ、俺も一着ぐらいラフな服欲しいな。

「それお前の私服?」
「ええ。いつもスーツなんスけど、こういった護衛のときは私服の方が目立たないので」

確かにスーツよりかは目立たないが、トルマリンの私服は俺より目立つ。なぜなら羽織っている服がペンドラーという種族と同じ赤色だからだ。ま、スーツよりはこっちの方がいいけど。

それじゃ、行きましょう!、にっかり笑って俺の先を行くトルマリンに続いて外に出た。
コンクリートジャングルだからなのか、今までの場所で一番暑く感じる。色々なことを話しながら歩き、行きたいところがあれば案内してくれるということで、とりあえずゲームショップから教えてもらった。が、目ぼしいものは無く。それから本屋に行って、軽く立ち読みしただけで出た。スポーツ用品店では一応こっちでは有名なスポーツブランドのシューズを一つ買う。そして今。

「アヤト様にはあれと、これとー」
「……有能すぎかよ」

ありすぎる服を目の前に、自分で選ぶのも面倒になったからトルマリンに全身コーディネートを頼んだ。俺の目に狂いはなかったらしい。コイツのセンスは俺好みだ。悩みつつも手早く選んでくれた服を試着せずに即決で買う。案の定、サイズもぴったりだしお洒落だしで文句の付けようがない。最高。

「あ、そうだ。アヤト様、ヒウンアイスは食べたことあるっスか?」
「ある!すげー美味かった!何、この近くに売ってんの?」
「はい、一本向こうの道にあるっスよ。行きますか!」

トルマリンと二人して、意気揚々とヒウンアイスが売っているという店へと向かった。……が。俺は絶望した。その、長蛇の列に。ゲームで見たのと同じようにピンクと白の可愛らしい色合いの小さい露店に人がずらりと並んでいる。時間帯のせいもあるが、いやいやそれだけでこんなに並ぶなんてあり得ない。それに見ろ、今まさにヒウンアイスを買ったデブの購入量。ハンパねえ。確か一日に買える個数も決まっていたはずだが、これから並ぶというのに一度にあんなに買われたんじゃ並んでても気が気じゃない。
サンギ牧場でチョンさんからもらった、あのアイスの味を思い出して一つため息をついた。せっかく案内してくれたトルマリンには悪いが今回は諦めよう。並ぶ時間とアイスを天秤にかけた後、平行線からちょっとだけ下がった時間に一人頷いてから口を開こうとすると。

「よっしゃ。そんじゃオレ、並んで来ますね」
「……え、……」
「あそこにベンチがあるので、アヤト様は座って待っててくださいっス!」
「で、でもトルマリン、俺だけ座ってんのもなんか……」

今まで持ってもらっていた荷物も全部俺のだし、……なんかこう、その、あれだ。
すでにベンチへ足が向いてしまっていた手前何を言うって感じだが、やっぱり気にせずにはいられなかった。トルマリンはというと何故かきょとんとした表情をしながら俺を見ていて、直後、目を細めると照れ笑いみたいなのをする。

「……へへ、気にしないでくださいっス!これがオレの仕事でもあるんスから」
「そう……か?」
「そうっスよー!ほら、早く座らないと他の人に取られちゃうかも知れないっスよ?」
「う……、じゃ、じゃあ荷物は預かるよ。頼んだぞトルマリン!限度数まで買ってくれ!そんでお前だけ好きなだけ食っていい!」
「ほんとっスか!?わーい!品切れにならないよう睨んでおくっス!」
「おう、任せた!」

列に並びだすトルマリンと別れて、荷物を持ったままベンチまで走る。なんだよ睨んでおくって。先に並んでる客をか?それとも販売員をか?どちらにせよ面白くて、ひとり小さく笑った。
それから何事もなくベンチ取りに勝利して、荷物を脇に置いてから座る。トルマリンが並んだあとにも人が並び、列はさらに長くなっていた。ただ、少し離れたところから見て分かったんだが、販売員の客さばきが素晴らしくて意外と進むのが早い。これは思っているよりも待たずに済みそうだ。

しばらくして、ようやっと並んでいたトルマリンの姿が俺からも見えるようになった。その前までも俺の身を案じてなのか、ちょこちょこ列から顔だけ出してはこっちを見ていたがあちらからも俺の姿が見えるようになったらしく、もうそれをする必要もなくなったようだ。

「──……あ、まただ」

ぼんやり人の波を眺めていた俺は、先ほどから何度か見かけていたポケモンをまた見かける。
当たり前のように尻尾やら耳を生やしている人間が歩いている街の中では、彼女もまた普通の通行人であるはずなんだけど。長い耳は後ろに垂れ下がったまま、先ほどから見かける度に全速力で走っては裏路地に入っていっていた。見ている限り、裏路地を行ったり来たりしているようだ。小柄で細く、膝上までの茶色のワンピースと太い尻尾を風になびかせている少女。
確かイオナが言っていた。この街は人が多い分、治安もあまり良く無いと。付け足して、特に裏路地にはくれぐれも近寄らないようにとも。

「もしかして、アイツもここに来たばっかりで知らないのか……?」

再び裏路地に全速力で入って行く少女を目で追いながら、ゆっくり立ち上がる。トルマリンは……あと二人で買えるっぽいな。ほんの少し見に行くだけだし、荷物は重いから置きっぱなしでもいいか。
トルマリンがこまめに見てくれてはいるけれど、やっぱりスラれるのも嫌だから荷物はベンチの下に隠すようにまとめて置いておいた。堂々と置きっぱなしにするよりはマシだろう。
曲げていた腰を元に戻したとき、目ざとく俺に気づいたトルマリンが、列に並んだまま目をかっぴらいて声をあげる。

「……あっ!?アヤト様!?」
「ちょっとだけ!すぐ戻るからー!」
「えっ、あっあっー!?」

片手をあげて少女の跡を追う俺と、購入目前のアイスショップの間で顔をぶんぶん振るトルマリンが面白かった。
そりゃ護衛を頼まれているんだもん。もし俺の身に何かあったらトルマリンの立場が無い。それは十分わかっていたし、あんなにいい奴に迷惑はかけたくなかったから、俺だって本当にすぐ戻る気でいたんだけど、。
──……本っ当に、申し訳ない。トルマリンにヒウンアイス全部やろう。

「……っ、」
「──……、」

大柄な男越し、冷たいコンクリートに押さえ付けられている少女と目が合う。きつく細められた茶色の目が、ぼろぼろと零れている涙が、俺に向かって必死に助けを乞っているようにみえた。それに足を少しだけ動かすと、コンクリートの欠片が擦れて音が鳴る。

……俺がたどり着いた路地裏は行き止まりで、高層ビルに囲まれて薄暗い。少女に跨っている男の横には小型のナイフが転がっていて、ギラリと妖しい光を反射していた。また、切り裂かれたワンピースの上で裸体を晒している少女の頭上にはもう一人男がいて両腕を力いっぱいに押さえつけている様子が窺える。

「なんだ、ガキかよ。ビビって損したぜ」
「オイ、いつまでそこに突っ立ってる気だ?とっとと失せろ」
「いやっ、やめ、っ……っ!」

こちらに視線を向けていた男たちが俺が去らずとも事を再開し始める。知っている。こういうの、"強姦"っていうやつだ。力ずくで固く必死に閉ざしている少女の足を開こうとしているし、きっとそう。
……助けるならば早く手を打たなければ。……けど、だけど。……ちょっと待ってほしい。お願いだ、時間がほしい。ちょっとだけ時間をくれ。あいにく俺は、すぐさまでかいスキンヘッド二人に立ち向かっていく勇気は持ち合わせていない。

「んだよ、まだ居んのかあ?いくら待っててもガキの番は回ってこないぜ。ポケモンっつっても、俺たちだけでぶっ壊れるだろうしなあ」
「今なら見逃してやるけどお?見ていくなら、全額置いていけよ」
「……っ、」

見たところ、二人ともボールは持っていない。これでポケモンを出されちゃ全く勝ち目はないけれど、──……いないなら、勝てるかもしれない。
大きく深呼吸を数回繰り返してからスポーツバッグを静かに降ろし、再び息を深く吸い込んだ。乾いた唇を舐め、手汗を残したまま拳を握る。歩幅を大きく取ってから低く構え、拳を前後に固定する。カラカラの口内で舌をさらに奥に仕舞い、声を出す。

「──俺。金を置いていく気も、立ち去る気もないっすよ」
「……ああ?」
「……かかってきやがれ、クソ野郎」

ぴたり。男たちの動きが止まって、ゆらりと立ち上がる姿が見えた。穴だらけの変なズボンを履き直し、緩めていたベルトが締まると腹の肉が乗っている。ガキの挑発に乗るなんて、バカな奴ら。けどまあ、そのおかげで少しでも時間稼ぎはできそうだ。
俺の前に立ちはだかる男たちの向こう、涙でぐしゃぐしゃに濡れた顔を驚きに染めている少女が見え、俺は必死に目で訴えた。俺にはどうにも出来ないから、早く自力で逃げてくれ、と。

「ガキが粋がってんじゃねえぞコラァ!」

……頬に伝う汗と、冷えて震える拳にさらに力を入れる。ここまできたら、俺はもう引き返せない。最悪、俺を探し出してくれるであろうトルマリンに賭けるしかない。

別に彼女と面識があるわけじゃないし、俺がここで戦う理由もないんだけど。……先に進むリヒトに負けるわけには、助けを求める少女のためにも逃げるわけには、いかない。

震える身体は武者震いだと思って、かっこよく、余裕ぶって笑ってみせて。

「そのガキにやられる覚悟、できてんだろうな」




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