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タチワキシティからヒウンシティに向けての船が、出港してから三十分ぐらい経った。大きな客船は全て個室となっていて、休むためのベッドやポケモンセンターに置いてあるような通信機器も設置してある。料金の割に合わないぐらい豪華で驚きと興奮が冷めない。さっきまではバカ猫共と一緒に船の一番上の階で潮風に当たりながら眺めを見ていたが、俺にはすることがあって一人部屋に戻ってきた次第だ。

通信機器の電源を入れ、自分の携帯の番号を入力してから通話ボタンを押した。ピ、ピと電子音が流れたあとに、コール音が流れる。別れてからこれが初めての通話だから、きっと今頃アイツはびっくりしているに違いない。にやける口元を抑えながら画面が明るくなるのを待ち。

『……あっ、アヤト!突然音が鳴ったからびっくりしたよ』
「はは、だと思った」

フードを後ろにゆっくり落とす画面の向こうのリヒトを見て笑うと、少しだけムッとしてから笑顔を見せていた。
通信機器の向かい側にあるベッドに座ってから、タチワキシティであったことやこれからヒウンシティに向かっていることを話す。生憎今ここにイオナはいないが、近々リヒトにも会わせてやりたいことも伝えるとはにかみながら「楽しみにしてるよ」って言っていた。俺はその言葉に驚きながら、ようやくリヒトの背景に気付いたのだ。……いつもの森じゃない。青い空と、広い土地が後ろに見えている。

「リヒト、もしかして、!」
『あ、……へへ、気づいた?いつアヤトが気づいてくれるのかなって思ってた』

画面が揺れて、直後、わっ!と出てきた何かで画面がいっぱいになった。誰だなんて言うまでもない。こんな子どもっぽいする人は一人しかいないじゃないか。

『やあアヤト!なんだよお、リヒトにだけこんないいもの渡しておいてさ!僕にも連絡できるなんかくれても良かったんじゃない?』
「ハーくん先輩と話すこと別にないんで、いらないかと」
『ひどい!』

ははは。笑い声が混ざる。画面の向こう、ハーくん先輩がリヒトの肩に腕を回して俺に色々話しかけてきていた。しっかり受け答えしていたけれど、それよりも俺はリヒトとハーくん先輩が仲良くなれていることが嬉しくて溜まらない。……んだけど、二人が仲良くしすぎているのはちょっと気に食わないから刺々しい答え方になってしまうのは悟ってほしいかな。

聞いたところ、リヒトは俺が旅立ってから言いつけた通りにタッパーを小屋まで返しに行ってくれたらしい。ただ、窓からこっそり入って戻しているところをハーくん先輩に見つかって、で、逃げようとしたところメリープたちに挟み撃ちされた後に捕まったということだ。聞いてると思わず「なんじゃそりゃ」って笑っちゃうような話ではあるが、リヒトにとっては真剣で大きな勇気のいる行動だったに違いない。

『リヒトのおかげで随分サボ……楽ができているよ!……あっ、まずいハーさんに見つかった。またねアヤト!』
「はい、また」

駆けだすハーくん先輩が瞬く間に画面から消えた代わりに、ハーさんの声が遠く小さく聞こえた。それからまた画面にリヒトが戻ってきて笑い声を漏らす。
俺が旅立った後どうなるのかと内心かなり気にかかっていたものの、どうやら無駄な心配だったらしい。

「なんか、……その、安心した。ちゃんとやれてそうで良かったよ」
『アヤトが繋げてくれたおかげでやっと一歩踏み出せたんだ。まだまだ色んなことが足りてないけど……でもおれ、精一杯頑張るよ。頑張ってみる』
「そっか。……それじゃ、また後でな」
『うん、それじゃあ』

プツン、と電子音が切れる音がした。口角が上がったまま固まっている頬を両手で挟んでぐりぐりしながらベッドに寝転びロイヤルブルーの天井を見つめてぼんやりする。……リヒトを取り巻く環境がガラリと変わったからなのか、たった数日間だけでも大きな成長を感じる。俺はというと、。

「……はあ」

放り投げていた両足を真っ直ぐ上に持ち上げてから、勢いよく降ろしてその反動で立ち上がる。……リヒトに負けてらんねえ。具体的に何が負けてるのか分からんが、とにかく闘志が燃え上がった。

鞄を肩にかけると、短い音楽と共に到着を知らせるアナウンスが船内に流れる。ナイスタイミング。ドアノブを握り部屋を出て、猫共の元へと走り出す。
……ヒウンシティ、楽しみだ。





「……あーあ、またこんなところに戻って来ちゃったよ」

船から降りて、背伸びをしているイオナと腰に片手を当てながらわざとらしく顔を歪めているロロの間、俺は一人ヒウンシティを見上げていた。大都会というのは聞いていた、というかゲームで見てもそう感じていたものの、……いや、実物は遥かに想像を超えていた。広い道路に沢山の人が行き交っているし、高層ビルが密集しすぎててヤバイ。テレビとかで見てた東京すらも上回る密集度では。

「そういやロロとイオナってヒウンシティ出身だったよな」
「ロロさんはそうですが、私の生まれは別です。長年ここに暮らしてはいますが」
「都会人……だからなんか冷たいのか……」
「それはアヤくんの感じ方の問題でしょ」

行きましょう。そういうとイオナが歩き出す。一体どこに行くのかは分からないが、着いていくしかない。イオナの後ろ、ロロと横並びになりながらコンクリートジャングルに足を踏み入れた。
キョロキョロするのは田舎者だとどこかで聞いたことがあるが、いやもう田舎者で結構。とにかく見たことの無い景色に興味深々だ。企業ビルが立ち並ぶ中にもゲーセンや本屋、お洒落なカフェとかファミレスっぽいのもあった。ここならしばらく飽きることはなさそうだなあとか思いながら歩く。

「なあロロ、なんか面白そうなとことかないの?」
「面白そう?……うーん、」

上に目線を向けて考える様子を見せた後、ニヤリといかにも怪しげな笑みを浮かべたロロが「あるよ」と答える。……嘘だ。絶対楽しくない場所だ。ロロに聞いた俺がバカだった。

「用が済んだら連れてってあげるよ。……折角だし、俺の過去も君に押し付けよう」
「?、どういうことだよ」
「それは行ってからのお楽しみってことで」

嫌な予感しかしない。別にロロの過去とか……どうでもいいけど。でももしかすると、過去からコイツの弱みとか掴めるかも知れないし。知って損はない……かも。

スーツ姿の人ともう何人すれ違ったのか分からない。昼前ということもあり、交通量が多いのだろう。俺よりはでかいロロを盾にして道を進んでいくと、ふと、あるビルの前で立ち止まった。一見普通の高層ビルではあるが、……見える。綺麗に磨かれた透明な分厚い回転式ガラス扉の向こう側。黒いスーツにサングラスをかけた、ガタイのいい男が二人立っている。その奥、受付みたいな場所があって綺麗なお姉さんがいた。実に高級そうな、俺みたいな学生なんかじゃ絶対入れない場所だ。

「イオナ、ここは……?」
「はい、ここがコスタス様のビルです。つい最近までの私の住居であり、過去のロロさんの住居でもありますかね」
「うっうわあ、ガチで二人そろって都会人の上に超金持ちかよ!?こえーっ」

イオナがガラス扉の淵に手を当てる。俺はというと回転式の扉は初めてで入り方を知らないから、ロロを見て真似ることで頭がいっぱいになっていた。挟まれないように素早く入る。よし。
……が、手本になるはずのロロが扉の前で立ち止まったまま動かない。俺は当たり前のように何も言わないし、イオナも無言のままロロが動くのを待っていた。ロロの気持ちも分からないでもないが、ただ、ここまで来たのは紛れもなくロロ自身だ。ここがきっと、最後の一歩。ふん、手伝ってなんかやるもんか。

「──……」

イオナがぐっと力を入れるとガラス扉がゆっくり回り始めた。ロロが黒いコートを脱いで片腕に掛ける。それから目線を上げ、踏み出して中へ。……俺から見ると一瞬のことだったが、きっとロロにとっては長く感じたに違いない。

ロロに続いて中に入った俺は、最後に入ってきたイオナに追い抜かされるぐらいその場に立ち尽くしてしまう。
高い天井に大きなシャンデリア。下に敷かれている絨毯は柔らかくて足元が何となくふわふわしているし、レッドカーペットがエレベータまで真っ直ぐ伸びている。……豪華絢爛。まさにその言葉がぴったりの内装だった。




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